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Business & Economic Review 2001年07月号

【OPINION】
自治体はケーブルテレビを活用し、高度な在宅医療・介護を実現せよ

2001年06月25日 調査部 メディア研究センター 西正


日本は、先進諸国のなかでも他に例を見ないほどの急速な勢いで高齢化が進んでおり、2005年には5人に1人が65歳以上という先進国で最も高齢比率の高い「超高齢社会」になることが確実である。2005年といえば、本格的なデジタル放送が普及し、ケーブルテレビのデジタル化も進行して、それによる各種双方向サービスもかなり実現に向かっていると予想されている。

ところで、高齢者ほどテレビとの接触時間が長いという事実が報告されている。 そこで、使い慣れた機器であるテレビを、高齢者向けの双方向サービスの窓口として、もっと積極的に利用すべきことを提言したい。なぜなら、双方向サービスはデジタル放送普及の切り札であると同時に、超高齢社会を乗り切るための切り札ともなりうるからである。双方向サービスのコンセプトとして「家に居ながらにして〇〇できる」ということが指摘できるが、これこそ体の自由がきかなくなってくる高齢者にとっては重要なものになる。介護や簡単な医療サービスが、「家に居ながらにして」行われるならば、望ましいことは言うまでもない。

某電機メーカーのコマーシャルに「高齢化社会では介護する人も高齢者になる」というものがあったが、まさに、在宅医療・介護サービスは、高齢者が高齢者のために利用するサービスであることについても、十分に認識されるべきである。ケーブルテレビによる双方向機能を使った在宅医療・介護サービスは、医師やホームヘルパーや看護婦(士)、介護施設などの不足を補い、 また在宅医療を求める患者のニーズに応えるものであるが、家族が対応するには、どうしても専門家のアドバイスや指導が不可欠であろう。体温、呼吸数、脈拍、血圧程度ならば家庭でも測ることができるし、尿検査も試薬があれば可能である。そうしたデータを医療機関に送ることによって、医師の診断を仰ぐということになる。当然のことながら、家庭の方にもテレビカメラやマイクがないと、医師と対話ができないので、そうしたシステムも用意しておかなければならない。

そこで注目されるのが、兵庫県淡路島の津名郡五色町(約3,600世帯、人口約1万人)が淡路五色ケーブルテレビを活用して展開している、「五色町在宅保健医療福祉支援システム」である。これは、ケーブルテレビ網を介して診療所と在宅医療・介護を要する患者宅を結び、映像と音声を双方向にやり取りする、新しい在宅療養支援システムである。医師と患者・介護者は、互いに顔を見ながら相談・指導することができるうえ、重度の疾患で通院治療や入院が困難な患者、およびその介護者にも利用可能なシステムとなっている。重症疾患のために通院・入院医療を受けることが困難で、在宅療養を希望する患者およびその家庭への療養支援の一環として、在宅ケア支援システムが開発されており、据え置き型のケーブルテレビ端末機、バイタルセンサー(血圧、脈拍または心拍数、体温などの測定器)等を家庭に設置し、患者や家族の相談に随時応え、看護・介護指導や心のケアを行っている。患者宅からバイタルセンサーによる患者の血圧や心電図等のデータを病院に送るなどして、医師が患者や家族の相談に随時応じながら適切な介護の指導をしている。

また、ホームヘルパーや国保診療所看護婦、保健婦、理学療法士などの派遣介護人のために、在宅介護を支援するシステムも開発されている。これらの介護人が在宅ケアを行う際に、患者や老人の異常個所を診療所に報告し、主治医の指示により適切、かつ速やかな処置が行えるようになっている。
五色町では保健医療福祉ICカードシステムが構築されていて、住民一人一人の健康医療情報をICカードにデータとして記録させ、ケーブルテレビ網内のどの病院、診療所、保健所からでも引き出して、医師や保健婦が、健康指導に役立たせることができる。

さらに、寝たきり老人の家庭にカメラを設置したり、ホームヘルパーが携帯カメラを持って訪問し、ケーブルテレビの回線を通じて、映像を中心とした各種医療情報データを、医療機関に送るシステムも構築中ということである。
この五色町の施策は、全国の他の自治体でも取り組み可能と考えられる。そこで、具体的にどうしたら実現できるのか、考察を進めよう。

まず第1に、保健医療福祉の総合的な対応を図るため、行政の窓口の一本化が必要不可欠である。それぞれの分野で働くスタッフが、諸問題について共通認識をもち、在宅介護・医療支援のためのチームを結成するなどして、相互に協力して事業を推進していくことが重要である。この点、五色町では、五色町健康福祉総合センターを設置し、保健と医療と福祉の部門を集中化して、一体的な取り組みを行っている。

第2 に、システム構築および運営していくためのコスト負担についても考えておく必要がある。
五色町の場合は、ケーブルテレビが既にあったため、初期投資コストはほとんどかからず、年間のランニングコストも数十万円にとどまるということである。では、ケーブルテレビの無い自治体はどうしたらいいのか。ケーブルテレビを新設するには、どんなに低く見積もっても20 億円近いコストがかかる。在宅医療・介護サービスを実現するために、今から、それだけのコストをかけて、ケーブルテレビを新設することは無意味である。NTTは2005年までに全国に光ファイバーを張り巡らせると言っている。それを利用すればいいのである。

第3 番目の大きな課題はケーブルテレビの加入率を高める必要があるということである。五色町のケーブルテレビの加入率は、98%と非常に高い。このことが、医療福祉支援システムの円滑な運用を支える基盤になっている。ケーブルテレビの利用が娯楽目的にとどまっている限り、加入率の上昇には限度がある。そこで、自治体が率先してケーブルテレビの機能を多目的に活用し、このことを通じて、加入率を少なくとも70%程度にまで引き上げていく努力が必要になる。 活用の具体例をあげると、長野県諏訪地方のケーブルテレビ局であるLCVは、ケーブルテレビの双方向機能を使った水道料金の自動検針システムを構築している。電気、ガス、水道など、通常は検診員が各家庭を訪問しているが、ケーブルテレビによる自動検針システムを採用すれば、人件費の面でもプラスに働くことは間違いない。また、ケーブルテレビを使ったホームセキュリティ・サービスも注目されている。電話回線を使うものとは違って、話し中ということにはならない。万が一、回線が切断された場合でも、電話回線ではそれが判明するのに一日程度かかるが、ケーブルテレビでは瞬時に局側で把握することができる。ホームセキュリティ・サービスも、高齢化が進むにつれて、存在意義を高めていくこととなろう。
こうしたケーブルテレビ利用のメリットをアピールすることにより、自治体とケーブルテレビが連携を深めていけば、加入率も高まり、在宅医療・介護サービスの実現と円滑な運用に結びついていくことになろう。ただ利用度を高めることについては、自治体の努力ばかりでなく、メーカー・サイドにも一工夫が望まれる。家庭と医療機関との窓口となるデジタルテレビの開発に当たっては、それを使う人が高齢者であることを意識してほしいものである。

しかしながら、本当にこのことを分かってデジタルテレビが開発されつつあるかどうかは疑問である。家電メーカーは、デジタルテレビを業界再活性化のための切り札として位置づけている。現状を見る限りでは、新機能を付加することにばかり気を取られて、メカに弱い人たちにも使いやすいものにしようとの意識があまり感じられない。双方向が可能となるデジタルテレビこそ、ユーザー・オリエンテッドな姿勢が求められるのである。この点、いち早く登場したBSデジタル放送対応のテレビでは、双方向サービス機能を使うためのリモコンに、青、赤、黄、緑の4色ボタンを使用している。4色のボタンで対応することが可能ならば、高齢者にとっても使いやすい機器として受け入れられるだろう。さらに進んで、リモコンの操作すら苦手な人のために、テレビの大画面化を生かすかたちで、画面に触れるだけで病院につながったり、救急車を呼べるようなタッチパネル方式を採用すれば、高齢者にも扱いやすいものとなり、ケーブルテレビを使った在宅医療・介護を普及させていくことができよう。まして、デジタルテレビでは、ハイビジョン映像が主流になっていく。鮮明な画像で、医師と患者が向かい合うことができるようになることも、このシステムを使いやすいものにしていくのに役立とう。

最後に、重要なことは病院等の医療機関と連携し、その協力を得ることである。五色町が年間のランニングコストを数十万円に抑えることができたのも、町営病院との協力関係が確立できたからである。そこで、全国の自治体がケーブルテレビを使った在宅医療・介護サービスに取り組むにあたっては、まず町営、市営の医療機関との連携を構築することから始める必要がある。ただ、町営、市営の医療機関との連携によるサービスにとどまっているだけでは、これから訪れる超高齢社会に対応していくには十分とは言えない。大学病院や開業医まで幅広い協力を取り付けるために、行政サイドの積極的な働きかけが必要である。全国各地の医療機関や医師の協力を得ることができるならば、ケーブルテレビを活用した在宅医療・介護は大きな前進を遂げることができ、ひいては、わが国の高齢化問題を緩和するための突破口となるであろう。
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