Business & Economic Review 2001年02月号
【INCUBATION】
21世紀は知的財産の時代(前編)-これから何が起こるのか
2001年01月25日 創発戦略センター 金子直哉
要約
21世紀は知的財産の時代になる。ウルグアイ・ラウンドでTRIPS協定が成立し、世界貿易機構(WTO)が設立されたことが大きな背景になっている。これまで先進国のみに適用されていた特許のルールが、開発途上国と市場経済移転国を含め延べ148カ国、約51億人に適用されるようになる。世界の90%をカバーする地球規模のルールができあがり、自由貿易を行う全ての国が知的財産を守る時代が始まる。
これからの時代を生きぬくために、知的財産を“開発”、“移転”、“事業化”する力を高めなくてはならない。今、世界で最も新事業創出が活発な地域はアメリカである。しかし、アメリカも1970年代は未曾有の不況に苦しんでいた。こうした事態を打開するためにアメリカが打ち出した重要な政策が「プロパテント政策(知財重視政策)」であり、知的財産を重視し、その創出を制度的に支援する政策をとった。そしてこの政策は成功した。
アメリカに遅れること10年、80年代バブルの後遺症に悩む日本経済において、現下の不況を克服し新事業創出へとつなぐ切り札が“知的財産”である。国、企業それぞれの立場において、知的財産を核とした新事業創出のための新たな戦略が求められる。
知的財産による新事業創出力を高めるには3つの戦略を実行しなければならない。第一が「知財の流れを生むルールを作る」こと。アメリカに知財の大きな流れが生まれた理由は、プロパテント政策により知財を自由に売買するためのルールが強化されたことにある。第二が「知財活用のインセンティブを高める」こと。プロパテント政策のもと、アメリカが1980年以降に打ち出した政策と制度は、知財の売り手と買い手に大きなインセンティブをもたらした。そして第三が「シーズ、ニーズ、インフラを集める」こと。アメリカでは「知財を生み出す研究開発力」、「知財に対する企業ニーズ、市場ニーズ」、「知財の事業化を支援するインフラ」の全てが集積した地域において、新事業創出の大きな流れが生まれている。
日本の現状を見ると、アメリカに比べ知財重視政策(日本版プロパテント政策)を推進するための法制度への取り組むが15年程度遅れたものの、1995年以降、重点的な整備が進められている。知財を新事業創出につなぐ第一の戦略である「知財の流れを生むルール作り」は、日本においても着実に進められている。問題は第二の戦略となる「知財活用のインセンティブを高める」ことにある。現状では、日本の企業は大学や研究機関の知財に大きな魅力を感じていない。したがって知財を新事業創出につなぐためには、知財活用のインセンティブを一層高める必要がある。そのうえで、第三の戦略となる「シーズ、ニーズ、インフラを集める」ための方策を推進していくことが求められる。
日本における知財活用のインセンティブを高めるには3つのポイントがある。第一のポイントは、知財の事業化には「一定レベルの知財の集積が必要になる」ということ。知財(技術)を事業化するプロセスは本来ハイリスクなものであり、数多くの知財から市場ニーズに合った数少ないビジネスシーズを選抜するプロセスになるからである。したがって知財活用のインセンティブを高める第一の戦略は「いかに知財を集積していくか」にあり、知財集積の核となる“大学や研究機関”の役割、これを支援する“学官”の連携が鍵になる。
第二のポイントは、「投資家は近くにいる起業家にしか投資したがらない」ということ。やはり知財(技術)を事業化するプロセスがハイリスクであることがその理由である。したがって、知財活用のインセンティブを高めるための第二の戦略は「いかに投資家と起業家を近づけるか」にあり、起業家を輩出する“大学や研究機関”と投資家の機能を担う“産業界”の連携が鍵になる。
そして第三のポイントが、「ビジネスインフラをパッケージとして提供する」こと。技術能力、経営能力、法務能力、財務能力など、新事業創出のための様々な専門能力を一組のパッケージとして提供することが起業家に対する最も効果的な支援になる。地域がビジネスインフラをパッケージとして提供することにより知財の流れが最大化していく。したがって、知財活用のインセンティブを高める第三の戦略は「いかにビジネスインフラのパッケージを創出するか」にあり、そのための“産学官”の連携が鍵を握る。
本稿では、上記戦略を実行するための方策として、「公的支援方式」、「ミドルマン方式」、「異業種連携方式」の“3つの方式”を取り上げた。そのうえで、産学官の連携をもとに「知財活用のインセンティブを高めていく」ための“24の仕組み”を具体的に提示した。本号と次号の2回に分けて、その内容をまとめる。