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アジア・マンスリー 2011年10月号

【トピックス】
タイ新政権の政策の特徴と課題

2011年10月03日 大泉啓一郎


先進国経済の低迷と東日本大震災の影響を受けて景気が減速するなか、インラック新政権が発足した。当面の課題は景気対策とインフレ抑制であるが、選挙公約といかに整合性を保てるかが注目される。

■景気減速と高まるインフレ懸念
タイの4~6月期のタイの実質GDP成長率は、先進国経済の低迷と東日本大震災によるサプライチェーン寸断の影響を受けて、前年同期比2.6%と低水準にとどまり、季節調整済前期比では▲0.2%となった。
年後半に入ると、震災による影響は徐々に解消に向かい、自動車関連輸出は回復基調にあるが、日米欧への輸出依存度が高いタイでは、これらの国の景気低迷の影響は避けられない。NESDB(国家経済社会経済開発庁)は8月、2011年の成長率見通しを3.5~4.0%と前回(5月)の3.5~4.5%から上限を下方修正した。
他方、8月の消費者物価上昇率は前年同月比4.3%と3年ぶりの高水準を記録した。なかでも食料・飲料水は同8.4%と、市民生活を圧迫している。
このようななか7月3日に実施された下院選挙で、タイ貢献党(プアタイ党)が500議席中265議席を獲得し、第1党となった。首相にはタクシン元首相の実妹であるインラック氏が就任し、タイ貢献党を中心とした連立政権が発足した。タイの歴史上初めての女性首相となったインラック政権の当面の課題は、景気対策とインフレ抑制である。

■インラック政権の取り組み課題
インラック首相は、8月23日、所信表明演説を行い、16の緊急取り組み課題をあげた。注目されるのは、「ポピュリズム(大衆迎合的)」の色合いが強いと批判された選挙公約のほとんどを盛り込んだことである。緊急取り組み課題は1年以内の実施を目標とするものであり、現在の景気減速や物価上昇への影響を回避しながら実施していくことになる。
この点について、インラック政権はすでに壁に直面している。
たとえば、①最低賃金・給与の引き上げ(一日300バーツ)、②大学卒業者の最低給与の保障(月1万5,000バーツ)については、最低賃金の水準がすでに高いバンコク首都圏やプーケット県の7都県で先行実施するとともに、大卒者の所得保障対象を絞込む(公務員から実施)など、一律引き上げを断念することになった。段階的な引き上げとした背景として、一律引き上げが景気減速と物価上昇に拍車をかけることへの懸念があげられる。インラック政権は、賃金・給与の引き上げにより発生するコスト増加分は、法人税率を現行の30%から2012年度に23%、2013年度に20%に引き下げることで相殺できると主張したが、一律引き上げは、タイの競争力の低下につながるとの産業界からの強い主張を受け入れざるをえなかった。
他方、インフレ対策については、公約であった石油基金への拠出金の廃止が実施され、燃料価格は低下しているもののその効果は限定的であり、政府は、燃料価格の低下を理由に、製造業に価格を引き下げるよう直接要請しているのが実態である。
むしろ、最低賃金・給与の引き上げを含む公約の実施が、インフレをかえって進行させるとの批判は多い。その一つに、アピシット政権下で廃止されたコメ担保制度の復活がある。これは、普通米については1トン当たりにつき1万5,000バーツ、香り米には同2万バーツの担保価値を認めるものであるが、担保価格が市場価格よりも高く、実際には政府系銀行から融資を受けても返済する義務が発生しないことから、同価格での買い上げ保証制度といえる。10月から実施される予定であるが、これによりコメの価格は25%上昇すると見込まれている。コメの価格上昇は、インフレ加速の要因となるだけでなく、コメの輸出競争力を低下させ、ひいては景気減速の要因となりかねない。
その他、所信表明演説では、①零細農民と低所得者の50万バーツ未満の債務の元利金支払いの3年間猶予、50万バーツ以上の債務再構築、②高齢者の生活手当支給額の引き上げ(月一律500バーツから60~69歳:600バーツ、70~79歳:700バーツ、80~89歳:800バーツ、90歳以上:1,000バーツへ)。③初めての持ち家購入と自動車購入についての減税措置、④村落投資基金の資金の100万バーツ上乗せ、⑤各県に1億バーツの女性基金の設立、⑥小学生へのPCタブレットの配布などの公約が緊急取り組み課題として示された。

■懸念される公的債務の増大
これらの政策を実施するためには、アピシット政権下で作成された3,500億バーツの赤字を見込んだ2012年度予算(2011年10月~2012年9月)を再編する必要がある。すでに補正予算も検討されており、財政赤字はさらに膨らむ見込みである。
財政赤字を抑制するなかで、公約の実施を急ぎすぎれば、公共投資を抑制し、結果的には景気を押し下げる可能性がある。アピシット政権下においても、洪水の損害補償やインフレ対策の補助金などの経常経費がかさんだため、公共投資は抑制された。ちなみに4~6月期の公共投資は前年同期比▲9.9%と落ち込み、景気の足を引っ張った。
他方、中期的にみて総額約2兆バーツが必要とされる公約の実施を国債発行で賄えば、公的債務残高のGDP比率は現在の45%から60%に上昇することになる。NESDBは60%の水準は途上国において容認できる範囲の上限であり、可能な限り50%にとどめるべきであると釘を刺した。5年後には70%に上昇するとの試算もある。
選挙戦を勝ち抜く上では、プラスに働いた公約であるが、その実施がインラック政権の不安材料になる可能性を秘めていることには注意したい。景気減速と物価上昇への影響を回避するためには、公約実施の優先順位付け、実施のスケジュールが重要な鍵となる。
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