アジア・マンスリー 2009年8月号
【トピックス】
新たな成長基盤の形成につながるプロジェクト
2009年08月01日 向山英彦
アジア各国では大規模な公共プロジェクトが推進されている。これらは景気対策としてだけではなく、将来の成長基盤を作るという意味で今後の進展が期待される。
■産業の高度化をめざす韓国と台湾のプロジェクト
アジア各国では世界同時不況による輸出の低迷を補うため、消費刺激策や公共投資の拡大などを通じて内需の拡大が図られている。韓国と台湾で実施されているプロジェクトは産業の高度化と環境の調和を実現するという点で注目される。
韓国の李政権は当初、減税と規制緩和による投資の活性化を公約に掲げた。景気の急速な悪化を受けて景気対策が優先されるなかで、投資の拡大は「グリーン・ニューディール事業」と新たなサービス産業の振興として具体化され始めた。「グリーン・ニューディール」とは、経済活動による環境への負荷を軽減するのに貢献する事業を推進していくことで、具体的には、エネルギーや水の消費、温室効果ガスなどの削減、経済の低炭素化の促進につながる事業である。
2009年1月6日に発表された「グリーン・ニューディール事業」(総額50兆ウォン)には、4大河川周辺を整備する土木工事、エコカーの普及、風力、太陽光発電、バイオマスなどの再生可能エネルギーの開発推進、快適なグリーン生活空間の形成などが含まれた。環境関連ビジネスを拡大させることにより、4年間で96万人の雇用創出を図る計画である(右表)。「グリーン・ニューディール」が発表された当初、それによって創出される雇用の多くは「単純労働」ではないかという批判がなされた。たしかに、短期的に期待できるのは河川整備やインフラ整備に関連した土木、建設労働であろうが、エコカーや再生可能エネルギーなどの分野では今後需要の拡大が見込まれるだけではなく、その開発に多くの高度専門人材が必要とされる。また、快適なグリーン生活空間や都市づくりの整備に伴い、デザインやITサービスなど新たなサービス産業が成長していくことが期待される。
台湾では韓国よりも早くグリーン産業の振興が打ち出された。2006年に策定された「2015年経済発展ビジョン」の第一段階である2007年から2009年までの3カ年計画は、産業発展策は「優良な投資環境の形成」と「産業発展の新局面の開拓」の二つからなる。新産業の育成に言及しているのは後者で、そこで列挙されたのが無線ブロードバンド・同関連サービス、デジタルライフ(IT技術の活用による生活の質向上)、ヘルスケア(医療サービス、医療機材、医薬品、健康食品ほか)、グリーン産業(再生エネルギー、資源リサイクル、省エネ産業ほか)などである。
グリーン産業に関しては、2009年からの5年間で太陽光発電、LED(発光ダイオード)、風力発電などの産業に450億台湾ドルを投じる計画である。さらに、台湾政府は現在「愛台十二建設」計画にもとづき、環境との調和を図りながら、台湾全島における交通ならびに情報のネットワーク化、高雄国際空港を含む空港、港湾の物流機能の強化、既存サイエンスパークの連携などを推進している(前頁下表)。
■物流インフラの整備を推進するインド
他方、近年高成長が続いてきたインドでは、電力不足や港湾、道路などの物流インフラの未整備が持続的成長を遂げる上での足枷となっている。インドのインフラ整備に対する評価をみると、NIEsやタイ、マレーシアと比較してかなり低い。空港と鉄道は相対的に高い評価を受けているのに対して、港湾と道路に対する評価が低い(右図)。例えば、ニューデリーとムンバイ間には高速道路がないため輸送に時間がかかるほか、ムンバイでは貨物輸送量が取扱い能力を超えたためコンテナが山積みされるなどの問題が生じている。
政府もこの点を踏まえ、近年インフラの整備に力を入れている。物流インフラに関しては、ニューデリー、ムンバイ、チェンナイ、コルカタを4車線で結ぶ「黄金の四辺形」がほぼ完成したほか、港湾能力(とくにコンテナターミナル)の拡充、各港湾と主要生産拠点を結ぶ道路網の整備などが進められている。こうしたなかで注目されるのが、デリー・ムンバイ間産業大動脈構想(Delhi Mumbai Industrial Corridor:略称DMIC)である。これは日本政府が2006年12月に提案したもので、日本を含む海外諸国の対インド直接投資とインドの輸出を促進するため、ニューデリー・ムンバイ間の6州に存在する工業団地と港湾を貨物専用鉄道や道路でつなぎ、一大産業地域にする構想である。
2008年10月21日には、国際協力銀行とデリー・ムンバイ間産業大動脈開発公社およびインドインフラ金融公社との間で、DMICの推進を目的としたプロジェクト開発ファンドに対する融資(最大7,500万ドル相当)の実現に向けた覚書が締結された。
インドの2009年1~3月期の実質GDP成長率は前期と同じ5.8%(前年同期比、以下同じ)になった。輸出依存度(輸出/名目GDP)が低いため海外経済の影響を受けにくいことに加えて、総固定資本形成が6.4%増となったことが成長を支えた。これにはインフラプロジェクトの進展も寄与している。7月に発表された2009年度予算案でもインフラ関連支出を増加させている。インフラ整備に必要な資金は膨大であり、インド政府は国家予算、ODAなどに、民間資金を組み合わせていく予定である(上記のDMICも官民連携によって推進)。
以上、アジア各国の公共プロジェクトは景気対策としてだけではなく、将来の成長基盤を作るという意味で今後の進展が期待される。