Business & Economic Review 2009年10月号
【特集 環境制約下での新しい経済・社会】
電気自動車が引き起こすパラダイムシフト
2009年09月25日 創発戦略センター 研究員 宮内洋宜
要約
- 金融危機の発生以降、自動車会社による生き残りをかけた業界再編の動きが見られる。消費者の節約志向や低炭素社会実現の要請が高まるなかで、燃費や環境性能の高い車を開発することは非常に重要な要素となっている。そのような状況のなか、いよいよ本格的な電気自動車が登場した。電気自動車は外観こそ内燃機関自動車と同じであっても中身は大きく異なるため、その登場と普及は業界の構造を変えていく可能性を秘めている。
- 自動車会社は、作り手によって大きく性能が異なる複雑な工業製品であるエンジンを内製化し、差別性の源泉としてきた。出力や燃費、環境性能を高度にバランスさせなければならないエンジン開発は多大なノウハウを要するものであり、莫大な研究開発投資を必要とすることから新規参入に対する大きな障壁となっていた。また、日本企業が得意としていたのは、多数のパーツや変数を細かく調整することによって全体最適を実現するすり合わせの技術力や軽自動車に代表されるようなコンパクトな車体を実現するパッケージ技術である。自動車産業が日本を代表する産業となった要因の一つは、このような差別性をもとにした高い競争力であった。
- 内燃機関自動車におけるエンジンと対応し、電気自動車にとってコア技術となるモーターは、方程式で記述できる物理法則を応用したシンプルな製品であるため、作り手による性能差が少なく、もともとの効率も高いことから性能向上の余地も残されていない。内製化することの投資対効果に疑問が残るため、外部から調達することが自然な流れとなる可能性が高い。もう一つのコア技術である蓄電池は、工業的なノウハウだけではなく化学的なノウハウを要求されることもあり、現状でも電機・電池メーカーとの協力関係に基づいて開発や生産を行っている。
- 電気自動車が登場・普及することにより、コア技術のモーター・蓄電池は外製化され、従来の垂直統合型のサプライチェーンからは外れた形となる。モジュール型の製品であり、部品点数も少なくなることからすりあわせ技術の重要性は下がる。さらに、取り回しの容易なハーネスの採用によって設計の自由度が高まることから、パッケージ技術の優位性も失われかねない。電気自動車は誰でも作ることができるようになり、結果として価格競争に陥る可能性さえ存在する。日本企業が電気自動車の市場で勝ち残るためには、差別化のための注意深い戦略が必要である。加えて、得意としているすり合わせ・パッケージの技術を活かすことのできるハイブリッド車への注力も有力な選択肢となる。運輸部門全体を考えればすべてが電気自動車に置き換わることは考えにくく、ハイブリッド車での競争優位を保つことが重要である。