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アジア・マンスリー 2009年9月号

【トピックス】
先進国化する上海市と人口政策の課題

2009年09月01日 大泉啓一郎


上海市は外資企業の誘致と輸出拡大をテコに急成長し、2008年に一人当たりGDPが1万ドルを超えた。少子高齢化が先進国並みに進展するなかで、いかに国内外から優秀な人材を集めるかが今後の課題となる。

■2008年の一人当たりGDPは1万ドルを超える
1990年代以降、上海市は目覚しい経済発展を遂げてきた。1990~2008年の同市の年平均実質成長率は12.1%と高く、1人当たりGDPは1990年の1,225ドルから2008年には10,437ドルへ増加した。

世界銀行は、1人当たり国民所得(GNI)が935ドル以下の国を「低所得国」、935ドル超11,456ドル以下を「中所得国」、11,456ドル超を「高所得国」と区分しているが、GDPをGNIに置き換えれば、上海市は20年足らずで「低所得地域」から「高所得地域」へと移行したことになる。

この急速な経済成長には外国企業の進出が大きく寄与した。とくに1992年に鄧小平氏が、経済格差が生じても改革・開放路線を加速させるという姿勢を示し(いわゆる「南巡講話」)、江沢民総書記(当時)が上海市を金融・貿易の中心地とすることを明言したのを契機に、外国企業の進出が加速した。2008年の外国直接投資受入れ額は100億ドルを超えている。このような外資企業の進出を背景に、上海市の輸出額は1990年の53億ドルから2008年には1,693億ドルへ急増した。その結果、上海市の経済水準は、韓国や台湾、マレーシア、タイと比較しても遜色ないものになっている。加えて、上海市は隣接する江蘇省、浙江省をあわせた長江デルタ経済圏の中心地でもあり、これら3つの市・省を合算するとGDPは9,424億ドル、輸出は5,615億ドルとなり、韓国を上回る。いまや上海市や長江デルタ経済圏の実態を把握するためには、これを一つの経済単位とする分析が必要となっている。

同市は韓国や台湾、マレーシア、タイなどと同様に輸出志向型工業化をテコに成長した地域であり、その輸出依存度(輸出額の対GDP比率)は85.9%(2008年)と高い。そのため、昨年秋以降の世界経済後退の影響を避けることはできなかった。中国全体の実質GDP成長率が1~3月期に前年同期比6.1%、1~6月に同7.1%となるなかで、上海市は1~3月期に同3.1%、1~6月期に5.6%と低迷し、市・省別では山西省に次いで低い水準になった。ただし、東アジア諸国が大幅なマイナス成長を余儀なくされていることを勘案すれば、その影響は軽微である。

■中長期的には優秀な人材確保が課題
経済発展に伴い上海市の社会構造も急速に変化している。とくに少子高齢化のスピードは先進国と変わらない。

上海市の合計特殊出生率は、1970年代末から「一人っ子政策」が実施されるなかで急速に低下し、1994年以降は1を下回っている。2008年の出生率は0.88と少子化と呼べる水準にある。出生率の低下は高齢化を加速させる原因となっている。2008年の戸籍人口における高齢化率(60歳以上の人口比率)は21%と高く、2020年には高齢者人口は500万人、高齢化率は33%に達するとの試算がある。

このようななか、2009年7月24日付けの「チャイナデイリー紙」は、上海市政府が、労働力不足や高齢化による社会保障費増大への対処として、夫婦が一人っ子同士の場合に第2子の出産を積極的に認めると報じた。

少子高齢化が先進国並みに進展しているにもかかわらず、上海市が高い成長を維持してきた背景には、地方から大量の出稼ぎ労働者(農民工)を受け入れてきたことがある。2008年の人口構成をみると、戸籍人口が1,371万人であったのに対して出稼ぎ労働者を含む非戸籍人口は517万人と41.7%に達した。その結果、上海市の人口ピラミッドは、出生率が低いにもかかわらず、出稼ぎ労働者を中心に若年層が多い構成になっている。

上海市の人口が2,000万人弱であることを考えれば、国内から労働力を誘引することで少子化に伴う労働力不足の軽減は可能である。しかし上海市の経済発展が先進国の水準にあることを考えると、今後は安価な労働力に依存するだけでなく、優秀な人材を国内外から集めることが課題となる。

2009年2月に上海市政府は、戸籍取得の条件緩和策を発表した。その条件は、上海市居住証を7年以上所持していること、上海市の社会保険に7年以上加入していること、所得税を納めていること、中級以上の専門技術者として雇用されていることなど厳しいものであった。これに該当する非戸籍住民は少なく非現実的な政策との批判があるが、優秀な人材を選択的に同市にとどめる政策であったと考えるべきであろう。

他方、グローバル都市としての競争力強化には海外の優秀な人材の誘致が不可欠である。2010年に開催される上海万博のテーマは「よりよい都市、よりよい生活」であり、同市の都市としての魅力を世界中にアピールする機会となる。その意味では、同博覧会は、上海市が東京やシンガポールなどと肩を並べる「グローバルシティ」になれるか否かを左右するイベントといえる。
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