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アジア・マンスリー 2009年6月号

【トピックス】
タイの景気回復を遅らせる政局不安

2009年06月01日 大泉啓一郎


タイ経済は、外需に回復の兆しがみえるものの、政局不安による景気刺激策の実施の遅れや外国人観
光客の急減など、景気回復が遅れる可能性が高まっている。

■景気低迷は続くものの外需で回復の兆し
タイの景気は、2008年秋口以降の輸出減少を受けて急速に悪化してきた。

それまで、景気を牽引してきた輸出は、11月以降5カ月連続して前年同月比2桁のマイナスとなった。輸出依存度(輸出の対GDP比率)が66%と高いため、製造業への影響が大きく、製造業生産指数も12月以降4カ月連続して2桁のマイナスとなった。

ただし、中国向け輸出が1月の8億3,200万ドルから2月に9億4,600万ドル、3月には12億1,600万ドルへと回復傾向にある。また、製造業生産指数(季節調整済み)も前月比でみれば、2月に続き3月もプラスに転じており、業況感指数も徐々に回復に向かっている。HDDメーカーは受注回復がみられたことから再雇用を開始し、自動車メーカーもまもなく生産調整が終る見込みで、6月以降二交代制に復帰する予定の企業もでてきた。

■親タクシン派の反政府運動による政局不安が観光面に打撃
このように外需にやや明るい兆しがみられる一方で、政局不安の影響が、内需の回復を遅らせるリスクが高まっている。親タクシン派であるUDD(反独裁民主同盟)が、3月26日から首相府付近で反政府運動を開始し、4月8日には10万人近い市民がバンコクに集結して交通を麻痺させた。4月11日にはASEAN+3首脳会議が開催される予定であったパタヤでデモ活動を展開し、首脳会議を中止に追い込んだ。その後も、バンコク市内で反政府運動を続けたため、アピシット首相は12日に、バンコクと周辺5県に非常事態宣言を発動し、治安部隊によるデモの強制排除に乗り出した。13日には治安部隊とデモ隊が衝突し、多数の死傷者が出た。

14日にUDDリーダーが反政府運動を中止したことで当面の危機は回避され、25日には治安が回復したとして非常事態宣言は解除されたものの、その後UDDは活動を再開させており、5月10日には2万人規模の集会を行うなど、事態は予断を許さない。

2008年11月のPAD(民主市民連盟)による国際空港占拠に加えて、今回のASEAN+3の首脳会議の中止を含むUDDの反政府運動が観光業へ及ぼす被害は甚大である。

タイ観光協会によれば、1~4月の外国人観光客数は前年同期比50%減に落ち込み、とくに中国、韓国、日本からの観光客が激減した。また、新型インフルエンザの影響が重なり、2009年中の回復は望めず、通年の外国人観光客数は前年比20%減になる見通しである。
政府は、国際空港占拠の被害救済策として実施してきた、外国人への観光ビザの免除、航空機着陸料の軽減などの措置を1年間延期し、さらに4月28日には、低利融資の対象を観光業全体に広げることを決めた。タイ観光協会は、スワナプーン国際空港での乗り換え客を対象に短時間の市内観光ツアーを企画する。

世界経済の後退は、工業団地を多く抱えるバンコク周辺の雇用環境に大きな影響を及ぼしたが、政局不安による観光業の不振は、バンコク市内の雇用を悪化させた。バンコク住民は、PADとUDD双方の活動に不満を高めており、5月4日には、「タイの名を傷つけるな(ユット・タムラーイ・プラテートタイ)」と題した集会が開催され、数千人の市民が参加した。

■景気刺激策の実施が遅れる可能性
政局不安により内需低迷が長期化すれば、税収減による歳入不足が深刻化し、大型公共投資計画(2009~2012年)を中心とする景気刺激策を遅らせる可能性が出てきた。

すでに2009年度上半期(2008年10月~2009年3月)の歳入は5,592億バーツと目標値である6,575億バーツを大幅に下回っている。政府は、この歳入不足が今後も続くという見通しに立ち、すでに決定していた2010年度予算(2009年10月~2010年9月)を1兆9,000億バーツから2,000億バーツ削減する方向で協議している。

大型経済対策にも影響が出ている。政府は3月25日の経済閣僚会議で、160~200万人の雇用創出を見込んだ1兆5,600億バーツの大型公共投資計画を発表したが、5月6日の閣僚会議では1兆4,300億バーツへの減額を余儀なくされている。さらに、そのうち8,000億バーツを国内外から借り入れなければならないことが明らかになった。政府は準備が整ったプロジェクトから着手することで、景気の下支えとしたいとしているが、資金繰りがつかなければプロジェクトの遅延は免れない。

他方で、歳入確保のために、酒税やタバコ税の税率引き上げを図ろうとしているが、その効果は限定的なものといわざるをえない。むしろこの大型公共投資計画の遂行に伴って、公的債務残高のGDP比率は政府目標である50%を大きく上回り、最終的には60%に達する見方が出ている。これに対し政府は、今回の景気対策が世界経済後退への対応という特別な措置であり、公的債務残高がGDP比60%を超えても管理可能な水準であると主張している。しかし、景気回復が遅れるなかでの財政の不安定化は、新しい景気下ぶれリスクになることは間違いない。

さらに、当面の政局危機は回避できたものの、PADもUDDも活動を完全に中止したわけではなく、加えて双方に対するバンコク市民の不満が高まっていることにも注意が必要である。

コーン財務大臣は、2009年の成長率見通しを前年比▲2~▲3%とした上で、政局が不安化すれば▲5%になる可能性もあるとの見方を示した。ようやく外需に明るい兆しが出てきたものの、政局不安により景気回復が遅れるという最悪のシナリオが現実味を持ち始めている。
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