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アジア・マンスリー 2009年5月号

【トピックス】
厳しさが増す韓国の家計を取り巻く環境

2009年05月01日 向山英彦


景気の急速な悪化に伴い、家計を取り巻く環境は厳しさを増している。雇用対策が当面の最重要課題であるが、同時に景気の回復を見据えた中長期的な制度設計も行うが必要がある。

■厳しさを増す家計を取り巻く環境
韓国では2008年10~12月期の実質GDP成長率が前期比▲5.1%(前年同期比▲3.4%)となったことが示すように、昨年の秋以降景気が急速に悪化した。その後の内外需の落ち込みを踏まえ、韓国銀行は4月、2009年の経済成長率見通しを▲2.4%へ下方修正した(上期▲4.2%、下期▲0.6%)。需要項目別では、建設投資(1.8%増)を除き、民間消費▲2.6%、設備投資▲18.0%、輸出▲9.9%、輸入▲10.9%と、マイナスの伸びを予想している。

景気が急速に悪化するなかで、次に述べるように家計を取り巻く環境は厳しさを増している。

第1に、実質所得の減少である。実質GDI(国内総所得)の成長率(前年同期比)は2007年10~12月期以降実質GDP成長率を下回り、2008年7~9月期、10~12月期はマイナスとなった。2008年半ばまでは、原油価格の高騰に起因した交易条件(輸出物価指数/輸入物価指数)の悪化により国内から海外への所得移転が進んだことが主因であるが、原油価格が下落して以降は、景気の減速による企業収益の落ち込みと雇用環境の悪化などが要因と考えられる。

第2に、雇用環境の急速な悪化である。景気の減速に伴い新規就業者数(前年同月比増減)は2007年6月より漸減していたが、2008年秋以降減少ペースが強まり、12月にはマイナスに転じた。3月は19.5万人の減少となった。他方、失業率(未季調)は1月の3.6%(季調済3.3%)から2月に3.9%(3.5%)へ上昇した。女性の失業率が3.3%であるのに対して、男性は4.4%であり、なかでも20~24歳が13.2%、25~29歳が9.9%と若年層の失業率が高い。

第3は、「非消費支出」の家計への圧迫である。2008年の「家計調査」によると、世帯平均の実質所得と消費がマイナスとなる一方、税金や年金、社会保険などの「非消費支出」が7.4%増(社会保険は10.3%増)と家計を圧迫していることが明らかになった。通貨危機後、当時の金大中政権は構造改革を進める一方、社会的セーフティネットを整備したが、このことが通貨危機の影響を緩和した半面、家計の負担を増大させた。

こうした所得・雇用環境の悪化が消費にマイナスに作用していることはいうまでもない。製造業生産指数は2009年1月、2月に前月比プラスとなっているが、a.現段階では、生産が底入れしたと確定できないこと、b.雇用環境の改善には輸出と生産の本格的回復が不可欠であること、c.2000年代に入って以降の景気減速期をみると(次頁図)、製造業生産が底を打ってから失業率が低下し始めるまでには4カ月程度要したことなどから判断すると、今後も雇用環境の悪化が続く公算が大きい。前述した政府の見通しでは、失業率(未季調)は1~3月期が3.8%、年後半に3.4%へ低下する。

■短期的には雇用対策が課題
雇用環境が厳しくなるなかで、政府はその対策に乗り出した。これまでの取り組みは、以下の三点である。

第1は、雇用の創出である。1月、総額50兆ウォンの「緑のニューディール事業」(四大河川周辺を整備する土木工事、LEDの活用、エコカーの普及、自転車専用道路、再生可能エネルギーの開発推進など)を通じて環境関連ビジネスを拡大させることにより、4年間で96万人の雇用を創出する計画を策定した。このほか、公的機関による採用増加やインターンの実施などにより雇用機会を増やす計画である。

第2は、雇用の維持である。企業業績の回復にはリストラが不可欠である半面、国民生活の悪化を最小限に食い止めるためには、解雇を極力抑える必要がある。この点に関して政府は、a.雇用調整助成金の増額、b.ワークシェアリングへの支援、c.非正規労働者の雇用期間延長(2年から4年)などを決定した。

2月下旬に開催された「労使民政・非常経済対策会議」(従来の労使政の枠組みに市民団体などが参加)において、労働側が賃金の凍結や減額などを受け入れる一方、経営側は雇用維持に努めることを約束するワークシェアリングが合意された(ただし、左派の民主労総が離脱したため、その実効性は疑問)。これを受けて、企業の間で、役員報酬の削減、無給休暇制度、初任給の引き下げなどを実施する動きが広がっている。

第3は、セーフティネットの拡充である。失業保険適用期間の延長を決定したのに続き、3月に低所得層を対象とした総額6兆ウォンの生活支援を打ち出した。基礎生活保障(日本の「生活保護」に相当)の受給対象を拡大するほか、各種の生計支援を実施する(6カ月限定)。補正予算が国会で通過し次第、実施される予定である。

■中長期的には将来を見据えた制度設計が必要
雇用対策ならびに生活支援策の成果が今後問われることになるが、政府には、同時に景気の回復を見据えた中長期的な制度設計を行うことが求められる。

韓国では通貨危機後、非正規労働者が急増した。これにより企業の労働コストが抑制され、労働市場の柔軟性が確保された一方、非正規労働者の低賃金と低い社会保険加入比率が大きな社会問題となった。若年層とくに高学歴者の失業率が高い背景に、「ディーセント・ワーク(質の高い職)」が少ないという問題がある。さらに、雇用期限の限られた(非自発的な形で)労働者の増加は、長期的にみて、人的資本の強化と生産性の上昇を阻害しかねない。

少子高齢化社会の到来を控え、ワークライフバランスを実現させる(女性の労働力引き上げの観点からも)制度の整備は重要である。この点で柔軟な労働市場の形成は不可欠であるが、それが現在のような「低賃金で不安定な雇用」の増加ではなく、「質の高い」雇用機会の創出にいかに結びつけていくのか、そのためにはどのような制度を整備するのか、今後の検討課題である。
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