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不況時ほど大切なモチベーション対策 第1回 モチベーションマネジメントが大切な理由

2009年04月27日 寺崎 文勝


折からの金融危機で多くの企業の業績が悪化しています。企業が今、行うべき人事マネジメントはどのようなものでしょうか。

 会社業績が悪化し、全面的なコスト削減の実施にともなう人件費抑制が行われる中で企業が取り組まなくてはならないことは、そんな中でも社員のモチベーションを維持・向上に努め、組織のパフォーマンスを少しでも高めることにつきるでしょう。
 社員のモチベーションに影響を与える重要な要因の1つに月例給や賞与などの金銭的な「外的報酬」があります。企業に財政的な余裕があるときは、金銭報酬を増やすことで社員のモチベーションをある程度まで高めることができます。しかし現在のように経済が停滞し企業の業績も悪化してくると、給与や賞与の支給水準の見直しをしなくてはならない企業もでてきます。これは社員のモチベーションを低下させてしまう重大な局面であると認識してよいと思います。
 したがって十分な金銭報酬が与えられない場合には、それ以外の方法でモチベーションを維持する必要があるのです。もちろん、これは緊急避難的な措置であり、業績回復時には相応の金銭報酬を支給しなければなりませんが、お金以外の報酬は「平時」においても、社員のモチベーションを高める上で重要な役割を果たすことになるのです。

お金以外でモチベーションを高めることはできるのでしょうか。

 心理学の動機づけ理論では、人の「やる気」には内側からわき出る「内発的動機」と外的報酬によりもたらされる「外発的動機」の2種類があり、一般的に内発的動機は外発的動機よりも持続性が高いとされています。内発的動機とは主に仕事の「やりがい」のことです。やりがいを感じている状態とは、仕事をおもしろく感じ、仕事にはまっている状態です。仕事自体に関心が向いている状態では、社員は高いモチベーションを保ち続けることができるのです。
 もちろん、あまりにも給料が低い場合や雇用の不安にさらされている場合にはやりがいに悪影響が出ることは否めません。繰り返しになりますが、業績回復時には金銭報酬を相応の水準まで引き上げることを約束すべきでしょう。
 内発的動機について、典型的な例として「職人」について考えてみましょう。職人は自らの技能に誇りを持ち、その技能を磨きつつ毎日の仕事をしています。また職人は徒弟関係において弟子に無償で自分の技能を伝承すべく、熱意を持って教育します。このような人は決してお金だけのために働いているわけではありません。これが内発的に動機づけられた状態です。
 ここにお金や出世で報いる成果主義的な人事マネジメントを持ち込むと、職人の働きぶりに対して金銭的な「価値」をつけることになり、仕事が市場原理の中で交換可能なものとして「正当化」されます。このように「仕事」と「お金」が直接的に結びつくことで、内発的であった職人のモチベーションは外発的動機に転換されてしまいます。つまりモチベーションの源泉が自分の中にあったものから外的報酬に切り替わるということになるのです。
 一度、外発的動機づけが行われると、人は「外的報酬を求めて働いている」と過度な自己正当化をするようになると言われており、内発的動機は影を潜めてしまいます。例えば、お金を目的として働いている訳ではなかった人が、お金による動機づけが行われることで、「自分はお金のために働いているんだ」と過剰に思い込むようになり、それ以外の動機が弱まったりするのです。
 一度失われた内発的動機は外的報酬を与えなくなっても、二度と元には戻りません。そうなると、その人のパフォーマンスが低下するのは目に見えています。過度に外的報酬(お金)に依存した動機づけを行う企業では、業績悪化時において十分な報酬が与えられない場合に、従業員のモチベーション低下はより深刻なものになるといえるでしょう。

内発的動機づけがうまくいっている企業はあるのでしょうか。

 会社と社員、上司と部下、社員同士の各レベルでの相互信頼関係が成り立っていない職場では、内発的動機づけを行うことは非常に困難です。原則として、成果主義のような「個人の働きぶりに報いる」仕組みは、信頼関係が低い組織においてもっとも機能するとも言われています。社員が安心して仕事に取り組める状態になってはじめて、内発的動機づけを行うことが可能となるので、まずは相互信頼の組織風土を醸成するところから始める必要があるでしょう。
 これは、行動経済学における「市場規範」と「社会規範」に基づいて考えても同様のことが言えます。例えば、労働の対価として給与が支払われることは市場規範であり、チームのために協力したり、後輩を育てるために熱心に指導するということが社会規範になります。社会規範が市場規範よりも優勢な職場では内発的動機づけがうまくいくことが多いのです。一方で、成果主義色の強いマネジメントを行っているような、市場規範が優勢な職場では、そもそも外発的動機づけが強く働いているため、内発的動機づけを行うことが難しくなってしまいます。
 日本企業はもともと社会規範や相互信頼に基づいた企業風土が優勢でした。成果主義の蹉跌はあまりに性急に市場規範を持ち込もうとしたことにあるのかもしれません。しかし、適度な成果主義なくして人事マネジメントはもはや成り立たないのも事実です。そのため、外発的動機づけと内発的動機づけをうまくバランスさせることが必要となってきます。

どうすれば外発的動機づけと内発的動機づけをうまくバランスさせることができますか。

そのための第一歩としては、自組織の「社会規範」を定義し、浸透させると良いでしょう。クレド(credo;信条)やシェアードバリュー(shared value;共通の価値観)といったものを策定して、これに基づいた行動を評価する企業が増えています。つまり、どのような振る舞いが組織の一員として求められるのかを社会規範として示すわけです。
 もちろん、クレドやシェアードバリューのような大がかりな仕掛けに頼らなくとも、日常的に十分な量のコミュニケーションが組織内で行われていれば、社会規範は暗黙的に自ずと形成されていきます。ただし、これが可能なのはせいぜい100人くらいまでの組織ではないでしょうか。目安としては、お互いがお互いの顔をちゃんと見知っている状態です。そうでなければ、明文化されたものなしで組織全体が同じ思いや価値観を共有できるのは難しいのかもしれません。

次回は、内発的動機を高めるためのポイントについて聞いていきます。
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