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コラム「研究員のココロ」

個人版「責任投資原則」

2008年07月14日 村上芽


1.動かしたくても動かしにくい「個人のお金」

 地球温暖化をはじめとする環境問題や、多様な社会的課題の解決のために「個人のお金」ができることは小さくないはずだ。金融機関からは、地球温暖化や環境問題全般をテーマとした個人向けの商品も次々と発売されている。また、グリーンな消費者としての買い物ガイドや、寄付先の情報提供なども、様々なNPOやメディアを通して得ることができる。個人は、あとは「行動するだけ」のようにも思える。

 しかし実際には、個人の思いと行動はミスマッチを起こす。

 フードマイレージのことを考えて国産の食料品を買うことは簡単に出来たとしても、預金を新たに作ったり、移し変えたり、投資を始めたり、寄付先を選んだりすることは、日常生活においては思いついても、すぐに行動には移せない。また、具体的にどう投資するか、寄付するかを考え始めると、すぐ壁に突き当たる。

 まず投資先について考えると、一般個人ができる投資といえば投資信託、株式、債券などが一般的で、平たく言えば国家や大企業くらいしかない(富裕層であれば、ベンチャーの未公開株への投資など、資産運用に幅がある)。地域に密着したコミュニティビジネスや、社会的課題に着目したソーシャルビジネスに投資したいと考えたとしても、受け皿を見つけるのは簡単ではない(金融NPOも存在するが、匿名組合出資をするとなるとやはりハードルが高い)。

 寄付についても、素晴らしい寄付金の使われ方について情報開示を行っている団体も確かに数多くあり、それぞれに魅力的なプログラムを提供しているようにみえるが、果たしてその「個人」にとって最適な「社会的責任投資」なのかどうか、限られたファンドのなかで決定するのは簡単ではない。災害時などにかろうじて寄付することくらいしか、できない。

 また、家電や自動車などの大きな買い物機会は、すぐにやってくるわけでもないし、次々と買い換えることも非効率だ。住居には賃貸か持ち家かというような制約もある。太陽光発電をしたくても、賃貸住宅では難しいし、持ち家の場合でも初期投資は依然として高額だ。

 もちろん、本当に行動する気になれば、できるのだろう。しかしここでは、「忙しい個人」が、情報の山のなかで、自分なりの「納得のいくお金の使い方」を実現させるための行動原則(個人版責任投資原則)を考えてみたい。

2.個人版「責任投資原則」

(1) 納税者であるという意識を日常化する
 まず非常に重要であるにもかかわらず、日常生活で忘れがちなことは、「個人のお金」がしばしば「税引き後」で考えられていることだ。投資も貯蓄も、買い物も寄付も、すべて所得税や住民税を納めたあとの手取り収入をどう使うか、振り向けるかという範疇で語られる。しかし本来、私たち個人は、税金を通して、よき社会づくりのために貢献しているはずである。そもそも、所得税で5%~40%、住民税で10%も納税しているのだという感覚を思い返して、税金の使われ方に納得性があるかどうか、考える必要がある。そこに関心を持って必ず選挙で投票することが、個人版・責任投資原則の第1だ。

(2) 大事にしたいテーマを決め、お金を使うときには必ず思い返す
 最近は、地球温暖化防止に対する社会的な関心が高まっている。温暖化は21世紀の人類が直面する最大のリスクの1つであるといわれており、温暖化防止を行動の軸にするのは非常に重要だ。しかし、個人の関心の切り口は、それに限らなくてもよいはずだ。温暖化の背景にあるエネルギー問題なのか、切り離せない食糧や農業なのか。あるいは、紛争の予防や貧困の撲滅なのか、地域コミュニティなのか。  「自分はこれを軸にお金を使う」と決め、お金を使う機会・投資する機会に必ず思い返す。そうすることによって、納得のいかない出費を減らし、自分にとっての投資を増やすことができる。例えば、筆者は農業や米に関心を持っているため、化粧品では米由来のものを選ぶことにしている。その会社が繁盛すれば、水田もよく管理されるだろう。これも自分にとっては社会的責任投資銘柄の投資信託を選ぶのと同じ感覚のお金の使い方である。

(3) 寄付余力を確認し、リターンが無限大の投資と考える
 寄付を果たしてどの程度すべきなのか、理想に対して自分はどの程度の余力があるのか、確認しておくことによって、計画的な寄付が可能となるし、それを超えてしまったときには断ったとしても気持ちがすっきりとする。寄付の割合について、例えば、印税寄付プログラムChabo!では、著者が印税の20%を寄付している。あるキリスト教系の学校では、収入(おこづかい)の10%を献金することを生徒に意識付けている。そもそも100%をどこにおくかによって「余力」は変わってくるので一概に言えないが、例えば毎月の手取り収入が25万円だとしたら1%が2,500円だ。NPOの年会費は数千円規模のところが多いので、仮に1%で2,500円だったとしても複数の会員になることができるだろうし、会員になりたい先がなければまとめておいて災害時等に一気に寄付することもできる。
 そして、寄付については、リターンが「ない」のではなく、「無限大」と考える。 通常の金融商品の投資の場合、リターンはよくて数%と考えておくのが健全で、「無限大」などというのはありえない。しかし、寄付の場合、非金銭的で社会的なリターンは、考え方によって無限に広げることができる。こうすることで、仮に金銭的な投資部分がしばらく不調だったとしても、個人投資家として気持ちを冷え込ませすぎることなく過ごせるという副次効果もある。

(4) 金融機関を総点検し、二度と受け身な理由で選ばない
 冒頭に、「預金を新たに作ったり、移し変えたり、投資を始めたり、寄付先を選んだりすることは、日常生活においては思いついても、すぐに行動には移せない。」と書いた。日常生活ではなかなかできないことではあるが、やはり一度は総点検が必要だ。あまり利用しないのにお金が残っている普通預金口座があれば解約するなどしてすっきりとさせ、改めて「ここ」だと思う金融機関に集約する。銀行だけではない。生命保険会社、損害保険会社、証券会社、クレジットカード会社についても、見直す余地があるのかどうか、年に1度はチェックしておき、最低限次に乗り換えるとしたらここ、という「アタリ」をつけておく。金融機関選びで気をつける必要があるのは、勤務先の給与振込であったり、「家族と同じだから」などのつきあいであったり、受け身な理由で選んでしまってもなかなか変えるのが面倒なところだ。自分から選ぶ意識を高めて、金融機関と付き合わないといけない。

(5) 自分の行動を、周りの人に話す
 日本では、お金のことを人前で話すのはよくないことであるとか、いいことをしていてもそれを言いふらすのははしたない、と考える風潮があるといわれている。しかし、よい商品やサービスを評価するときの「口コミ」は、マーケティングにも盛んに使われているように、大きな力を持っている。「何を買った」「どんなサービスを使った」だけではなく、「どんなところに預金している」「こんな寄付先があった」という情報を広げ、周りの人にも働きかけを行う。こうすることで、自分だけがやっているような感覚が薄れ、仲間が増えればお金の使い道の選択肢も増えてくる。

 以上の5原則を意識すれば、気楽に、かつ効率的に(社会的)責任投資を実行することができるだろう。なお「投資先がない」という問題(コミュニティビジネスやソーシャルビジネスにアクセスしにくい)については、別の機会に検討することとしたい。

3.国連の「責任投資原則」

 最後に、国連にある本家の「責任投資原則」を紹介しておきたい。これは、国連環境計画金融イニシアティブと、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアティブで、機関投資家を対象として環境・社会・企業統治に関する課題を投資判断に的確に盛り込むためのフレームワークを提供している。その内容は、次の6か条と、具体的な行動例によって構成されている。


  • 私たちは投資分析と意志決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。

  • 私たちは活動的な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れます。

  • 私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。

  • 私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。

  • 私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。

  • 私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。

  • (出所)Principles for Responsible Investment
    http://www.unpri.org/principles/japanese.html

     この原則には、世界各国から年金基金、資産運用会社、投資顧問会社などが署名しており、2008年5月現在で362社と、前年比倍増した。日本からは13社が署名している。「個人版責任投資原則」の(4)を実行するにあたっては、この責任投資原則、または国連環境計画金融イニシアティブへの署名(2006年1月23日付研究員のココロ「金融機関と持続可能性」参照)や、国連グローバル・コンパクトへの署名状況を確認することも一つの重要な判断基準とすることができる。
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