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第15回 境界のマーケティング その7 効率性のパラドックス 【大林 正幸】 (2009/05/14)

2009年05月14日 大林正幸


1.踊る大捜査線がヒットした背景

 少し古い話になるが、『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』というヒット映画がある。この映画の中では、「事件は現場で起きている」という主張を持つ主人公の青島刑事に、「事件は会議室で起きている」とキャリア管理官が釘を刺すシーンが有名である。
 この『踊る大捜査線』の例にある様に、所轄の現場に問題解決力があり、製造現場の職人さんは貴重な人材であるとする話として楽しむこともできる。しかし、この映画では、現代の社会を象徴するレインボーブリッジを、トップダウン型の命令では封鎖できないことを示すことにより、社会や市民レベルで起きている現場の変化は、現場以外では統制できないし、また、統制するよりも現場での問題解決力に任せるほうが正しい結果を導けるのだというメッセージを我々に送っている。

 さて、この映画が製作されてヒットした時期は、バブルの崩壊の影響を背景として、企業では経営の立て直しのために、部分最適は非合理的な解決策であるとして、現場の状況ひとつひとつにかまうことなく、全体最適を求めて、トップダウンで改革が進められていった時期である。小泉政権が立ち上がり、改革という言葉が日常的に使われ、抵抗勢力という言葉が流行語となっていった時期である。問題解決手法としては、個々の問題にこだわることなく、思い切った抜本的改革を進めるということが正しいことだと皆が思っていた時期でもある。この映画は、トップダウン改革に対する強烈なアンチテーゼを提起しているとも受け取れる。

 現場での創造的課題解決力が旧来型の縦割り組織にイノベーションをもたらし、また、全体としての組織価値を増大させる点をメッセージとして持っているゆえに、この映画は共感を得ているのである。現場という組織の中心から最も遠い境界線で、大きな問題解決が進むことを訴えている。

 このような境界での課題に直面する個々人の解決力や適応力を「現場力」と呼び変えることができる。私たちがこれらの言葉を魅力的に感じるひとつの理由だ。

2.効率性のパラドクス

 先の映画の前半は、犯人逮捕を効率よく進めために、組織力をもってシステム的に合理的解決を図り、警察官が効率的に活動する姿が描かれる。これは、経験や知識、判断力を条件に、特定の本部から派遣されたキャリアの管理官に大きな意思決定権限を付与し、中央集権的な問題解決システムで活動を進めるというやり方である。
 このシステムは、意思決定者の決定が、他の人材にとって信頼できることを前提として成立している。映画では、本部から派遣されたキャリア管理官への信頼が無くなる瞬間に、既存組織の秩序が崩壊していくところが山場として演出されている。キャリア管理官は、自分が描く最も効率的な犯人逮捕のシナリオにしたがって捜査を進めていくのだが、犯人が予想通りの行動をとらない場合、つまりシナリオから外れると、合理的なシステムの脆弱性が露見されていくという過程が描かれている。
 このことは、効率性を求めて合理的なシステムは作られるが、一方で、合理的システムは例外的事象への対応力が弱く、そこから全体が崩れるということを示唆している。

 一方、犯人逮捕を効率よく進めるには、現場の解決力を利用することであるという見方もある。これは、指示命令権限の明確な合理的システムより、青島刑事のような既存の秩序を乱す要因を含めて、現場の異分子を取り込み活用することにより、多様な問題解決を創造的に生み出せることを示唆している。

 我々は、効率性という目的のもと、合理的な仕組みを追求してきた。しかし、何が効率的か、また、合理的かは極めて曖昧なままである。例えば、効率性はインプットに対するアウトプットとして測定されるが、分子、分母を短期か長期かにすることで、効率性自体も不確かになる。短期的な効率性の追求が、長期的にみると非効率となるかもしれないパラドクス下に置かれている。例えば、期間会計上で売上と原価の差額としての利益の大きさを競争の勝ち負けを決める尺度としているが、会社の存続という視点で効率的かどうかを考えなければならず、利益という単純な指標では判断ができなくなった。同様に、合理性の追求は、短期的な効率性を達成できても長期的な効率性は保障しないということでもある。

 以上のように、評価基準自体が曖昧であるため、新しいタイプのマネジメントリスクに直面しているという認識が必要となったのである。

3.新しいタイプのリスクに備える

 『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』では、上述のキャリア管理官に代わって室井管理官が指揮を執ることにより、自律的な対応を重視する現場中心のマネジメントスタイルに変更されて成功する。また、青島刑事の個人の力ではなく、現場の皆が、担当役割のなかで現場力を発揮し、犯人を逮捕して終わりとなる。

 しかし、現実は、多くの人が関与すればするほど、統制は難しくなり、非効率になることもよく経験する。
 現場に依存するマネジメントは、不安定で、予測不可能な、人間感情や行動を統制の対象にする難しいリスク管理を求める。それ故に、個々人の「現場力」への期待は大きくなるが、個々人の問題にするのではなく、マネジメントシステムとして対処することが必要である。このためには、現場での晒されているリスクの識別活動を定期的に行い、リスクのたな卸しを実施することから始めることも良い。リスクに対する統制方法をみんなで検討する「場」を作ることも良い。要は、「現場力」を仕組みとして強化する視点が重要だ。
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