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第14回 境界のマーケティング その6 素材・部品メーカーのブランド戦略は必要か 【大林 正幸】 (2009/05/07)

2009年05月07日 大林正幸


1.“intel inside”のすごさ

 そもそもブランド戦略とは、エンドユーザーを対象にしたもので、良い会社であることや良い製品であることを伝えることを目的とした戦略である。ブランドが、製品や会社に価値を与え、より高い利益率を上げる効果を期待するものである。

 ブランド戦略は、エンドユーザーにとって好ましいイメージを抱かせ、製品やサービスの選択を自社にとって有利にすることである。基本的には、以下の二つが目的として挙げられるであろう。①潜在的ユーザー候補者が選択する時に、必ず候補リストとして挙がるという意味での、顧客のショートリストに載る。②他の会社、他の製品よりも、好ましいという付加価値を付けることができ、結果として高い利益率を得ることができる。
 さて、以上が一般的な理解である。

 企業にとっての課題は、あえてブランド戦略の推進コストを負担してまでも、ブランドを確立していくべきかどうかである。追加コストを負担しても、高い利益が得られなければ意味がない。例えば、ブランド形成への投資効果は、業種業態によっても異なることが考えられるであろう。
 特に、部品や素材を提供する際にも、ブランド戦略が有効かどうかについては、慎重な検討が必要である。部品や素材のバイヤーは、品質と価格、サービスを評価するが、その価値は、取引の交渉過程のなかで評価される。したがって、ブランドに期待されるようなイメージ的価値は重要ではないと考えられるため、逆に、ブランドの形成と維持に掛かるコストは、ムダであるという見方もできる。

 さて、ここで部品メーカーであっても、ブランド戦略に成功しているインテルを見てみよう。例えば、インテルのプロセッサが搭載されていることを示す“intel inside”といったロゴは、コーポレートブランドが最終製品であるPCの性能を保証するかのような印象を与えている。他の部品メーカーでは、このような例は極めて少ない。例えば、日本電産は、小型モーターの世界シェアが70%を超えると言われている。しかし、家電製品の駆動部品として使用されているにも関わらず、エンドユーザーに対して、「日本電産インサイド」というようなブランド戦略を展開しているようには思えない(注1)
 これと同様な事例が多い原因として、部品や素材の性能が、直接的にエンドユーザーには判りにくいという点と、部品や素材は、B to Bの取引交渉のなかで、既に厳しいバイヤーの評価をクリアされているという点がある。部品メーカーの企業にとっては、最終セットメーカーに自社製品が採用されれば、企業としては十分なのである。したがって、エンドユーザーに対するブランド戦略のコスト負担は必要でないという見方ができるからだ。

 エンドユーザーに対するブランド戦略に意味が出てくのは、部品や素材の価値が、バイヤーの評価とは別に、エンドユーザーに部品や素材に対して強い期待を持たせ、メーカーに対して自社の部品や素材を採用するように要求させることができる場合のみである。

 以上のように考えると、部品や素材でエンドユーザー向けのブランド戦略の展開が意味を持つには、グローバルで高いシェアを持つだけでは足りず、さらに、直接的に最終製品の品質を決定づけるものでなければならない。この意味において、“intel inside”はすごいのである。

2.“intel inside”のブランド戦略の模倣は可能か

 エンドユーザーに影響を与えて、素材や部品の選択を優位に進めることができるか、また行うべきかは、難しい戦略的課題である。

 日本企業は、優秀な部品や素材により、グローバルレベルで高いシェアを持っていることが多い。しかし、インテルのように、最終製品の表に出てくるようなケースはない。これが可能となるには、最終製品の機能・品質に絶対的な影響を与える根幹となる部品や素材でなければならないし、また、ブランドの確立に多大な投資をする覚悟が必要である。

 例えば、日本電産のモーターは、携帯電話のモーターによって、「日本電産インサイド」はを実現することは難しいかもしれない。携帯電話では、メールやインターネットなどのコンテンツが決定的な影響力を持つからだ。しかし、電気自動車のような駆動能力に直結するモーターとなれば、「日本電産インサイド」の車という価値をエンドユーザーに伝える意味は大きく、可能性は高くなる(注1)。 同様に、太陽電池であれば、電池パネルの素材は、単結晶シリコン、多結晶シリコン、薄膜シリコン、シリコン以外の化学物質系など、種類による競争がある。もっとも発電効率の良い電池パネルであれば、太陽電池と言うシステムの根幹を形成する発電方式として、太陽電池分野での“intel inside”となれる可能性もある。

 つまり、部品・素材メーカーのブランド戦略は、高い技術力の裏づけが不可欠であることを前提として、更に、バリューチェーンのなかで、最も影響力の発揮できるポジションを確保しなければならないのである。また、最も重要な機能を担っていることをエンドユーザーに認知させる努力を求められる。

3.ブランド戦略が目指すもの

 少し、視点を変えてみよう。製品にブランドをつけてエンドユーザーに訴求することと、コーポレートブランドをエンドユーザーに訴求することとは異なる。前者では、製品とエンドユーザーとを直接結びつけることを目的としているが、後者は、企業のイメージを通して、製品とエンドユーザーとを結びつけようとするものである。

 製品ブランド戦略かコーポレートブランド戦略かを採用するかは、業態や業種、取り扱う製品の競争力などにより異なるが、以下の点での見極めは必要である。

(1) 会社がカバーしている事業の多角化の程度がどの程度か
(2) 部品や素材の提供事業であれば、どれくらい最終製品とのつながりを持っているかを、最終製品のエンドユーザーがイメージできるか
(2) 最終製品のエンドユーザーの意思決定に、部品や素材が影響を与えることができるか

 (1)の点では、様々な事業の集合体としての鉄道会社、化学会社、商社、金融会社などが当てはまる。特定の事業や製品などよりも、会社の規模、安全・安心、品質などを前提とした、信頼できる会社としてのイメージが優先されるときは、コーポレートブランド戦略が採用されるだろう。
 (2)や(3)の点では、部品や素材が、最終製品の性能品質との間に強いつながりを持っているかを、エンドユーザーがイメージできていれば、特定の素材や部品の製品ブランドにも意味がある。また、エンドユーザーが、部品や素材について十分な知識を持っていることができれば、エンドユーザーの意思決定に影響を与えることができため、特定の素材や部品の製品ブランドにも意味がある。

 例えば、総合商社を想定してみよう。総合商社などは、様々な個別の製品やサービスを提供している多角化企業である。取り扱う製品にブランド品はあるが、商社固有の特定の事業別に独自のブランドをつけることは少ない。むしろ、特定の製品に関わることで事業が狭く認知されると、特定のイメージが強くなりすぎて、他の多角化している事業にマイナスの影響を与えかねない。
 要は、商社にとってのブランド戦略の目的は、顧客が部品や素材、製品の購入を目的とする場合に、とりあえず●●商社に当たってみようという、顧客のショートリストに載ることに意味がある。商社に限らず、コーポレートブランド戦略は、顧客のショートリストに載ることを目的としている。

4.グローバル化、モジュール化時代のブランド戦略

 ブランド力でより高い利益率を得るためには、品質やサービスがトップクラスであることだけでなく、エンドユーザーに近い最終製品で根幹となる品質を握る部品や素材であることを前提条件として、ブランド戦略が進められなければならない。“intel inside”の例は、非常に限られた条件が成立するときに、初めて実現できたケースであるように思われる。

 しかし、2000年以降のITネットワーク革命により、グローバルレベルで組み立て工程がモジュール化され、分散配置されてきたサプライチェーンが成立する時代では、部品や素材メーカーのブランド戦略は、従来以上に重要な戦略課題となるだろう。その理由を以下に示す。
 まず、グローバル化の進展によって、先進国から新興国への生産拠点の再配置がもたらされたが、これは、汎用性の高い部品や素材にとって、標準規格製品の大量生産に適したものであった。そのため、部品や素材の取引は、電子購買など、ITネットワークをベースとして効率化を図り、それを背景としたビジネスモデルを確立してきた。このビジネスモデルにおいては、バイヤーは、グローバルレベルの調達市場で信頼できる部品・素材を調達することに関心が高いため、知名度の高いブランドを持つ企業は、部材・素材が選択される過程において、有利な位置を確保できる。品質が良くても、無名の企業の部品や素材では、吟味して評価する手続きが必要になり、ムダなコストを発生させてしまうことになるのである。

 これまで、部品・素材メーカーのブランド戦略は、投資に対する実質的メリットが少ないと思われがちであったが、グローバル化、モジュール化、新興国の生産インフラの急速な整備など、1990年代以前とは、環境が様変わりしつつあることを見据えると、再考慮する時期にあると考えられる。


(注1)(注2)スザンヌ・バーガー[2006].『MITチームの調査研究によるグロバール企業の成功戦略』草思社
同著には、日本電産の創業者である永守重信社長の夢として、消費者が日本電産のロゴを製品に求める日がやってくることを夢見ているとある(p.216)。
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