コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

クローズアップテーマ

第13回 境界のマーケティング その5 差別化の再考 バリューチェーンのモジュール化 【大林 正幸】 (2009/04/23)

2009年04月23日 大林正幸


1.差別化

 前回紹介した、ジョージ・リッツアの『マクドナル化する社会』では、文明の進歩は合理性への追及であることが紹介されている。同著では、合理性の持つ矛盾点も指摘されており、私達の判断が、合理性のどのレベルで価値判断を行えばよいのか、危うい状況の中で行われていることが分かる。社会の進歩は合理性の追求を一面として持ち、また一方では、合理性が進みすぎることを嫌う人たちも許容していくような社会へと成熟していくのだろう。

 企業の戦略行動としての差別化は、成熟社会で多様化するニーズからなる消費市場での自社の立ち位置をどう定めるかという点にある。これは企業が原料を調達し、研究開発、製品設計、生産、販売促進、販売、物流、アフターサービスなどの一連の機能の連鎖、いわゆるバリューチェーンの中で、どこに自社の価値を発揮するのかということである。

2.モジュール化

 少し視点を変える。
 『MITチームの調査研究によるグロバール企業の成功戦略』(注)の序文に、最近の世界経済の3つの大きな変化として、(1)貿易と資本の流れが大々的に自由化された。(2)情報技術の革命により、企業が、設計、部品や製品の生産、流通の各工程をデジタル化し、さらに、これらの機能を複数の異なる場所に分散させる(モジュール化)ことが進んだ、(3)中国やインドの低賃金国に熟練労働者の厚い層が形成された、ことを述べ、これらの変化が新しい競争を生み出したとしている。このうち(2)(3)は、まさに合理化への取り組みが、グローバルレベルで変化を引き起こし、多様な対応方法が戦略として生み出されていることに繋がる。

 ここで重要な点は(2)のモジュール化である。モジュール化はバリューチェーンの各機能を切り分けることである。切り分けられた機能をブロックを積み上げるように組み合わせて事業モデルを作る。そうすることによって、各社各様の特色が生まれている。過去、経営資源の使い方で、ニッチ戦略か総合戦略かということが言われたが、当時はモジュール化という考えはなく、企業の特色を特定の商品や市場に特化するか、幅広く提供するかの議論であった。
 モジュール化という考えが可能になり、アウトソーシングとオフショアリング、EMS(Electronics Manufacturing Service:受託製造会社)と下請会社、国内・海外、垂直統合戦略などの多様な戦略オプションが生み出されてきた。

 グローバルレベルでの競争は、全世界からもっとも最適なソリューションを提供できる会社を選択し、組み合わすことができる最高レベルでの競争である。このようにブロックを積み上げるような形でのビシネスモデルに参加できる条件は、モジュール単位で、最高の品質を提供できるトップでなければならなず、素材や部品の製造会社であれ、サービス会社であれ、各モジュールの機能を担う企業の能力の高さが問われる。

3.モジュールの選択

 モジュールのうち、どこまでを自社で対応し、他は外部に任せるのかの判断により、差別化の境界線が引かれる。
 先のMITの報告書では、多くの企業の事例が紹介されているが、ここではデルとソニーの比較を紹介しよう。以下のように紹介されている。まずソニーは、画期的な製品の開発によって成長する企業というビションで事業を進める研究開発型企業である。一方、デルはサプライチェーンやロジスティクス、製造、販売においてイノベーションが可能であるとし、このうち販売と流通に特化している。研究・開発は重視していない。良く知られているように、ビシネスモデルが全く異なるということである。この違いがモジュールの選択に繋がる。

(1)モデルチェンジの速さ
 新製品で事業をリードするには、モデルチェンジの早さは不可欠であるとする。この早さに対応するには、多くのモジュールを自社で支配できるように抱え込むことが必要になる。日本の自動車会社の系列化も同様であろう。デルは、ハイエンドのPCユーザーを対象にしていないため、市場で量産部品を調達することは困難ではなく、自社でモジュール機能を抱え込むことはそれほど重要でない。製造能力のあるEMSを持てば十分である。

(2)多様な製品の開発製造への技術の活用
 ソニーは東芝とIBMと共同で新型プロセッサーの開発をした。この開発は既存のチップの性能を大きく超えるものである。プレイステーションへの搭載が予定されていたが、1万種類の電子製品を持つソニーはこれを展開することが可能であり、開発の戦略的意味は大きい。デルは、PCとその関連機器の単一製品事業であり、大きな投資をして部品を開発するよりも、他社で開発したものを調達した方がはるかに合理的である。
 ソニーのプレイステーションの材料費の50%以上がソニーの部品から成る。この部品を外から調達すると、部品に相当する利益が外部に出てしまう。

 他にも差別化という境界線が引かれる要因はたくさんある。過去から営々と蓄積され続け、継続し変化するという意味での動的遺産により境界が決まるのである。一端投資され、遺産の上に重ねられると引き返すことは難しい。この不可逆性が問題を引き起こす場合がある。変えるべき境界線が変わらなくなるという状況である。

4.差別化のジレンマ

 不可逆性が問題を引き起こす場合は、特に大規模会社は成長のジレンマとして、次のような例となって現れてくる。

 次の記事は、今年の初めに週刊東洋経済に当時のソニーの中鉢社長の発言記事である。
 「今、問題なのは、ソニーが他社に劣らない額の研究開発費を投入しながら、相応の利益を出していないこと。開発効率、つまり研究開発投資をキャッシュに換える効率が非常の悪いということです。・・・・・・・ノット・インヴェンテッド・ヒアー(NIH症候群、自前主義)的な考えや自由勝手な状態から、もっとオープン化しないといけない。・・・」

 この事例を、環境の変化に対して、バリューチェーンの組み換えをタイムリーに実現できなければ、存続できないほど変化が激しいというような、一般的な理解ですませてはならない。
 この記事のいう自前主義は差別化の源でもある。研究開発での自前主義からの脱却を言うからには、ソニーといえども研究開発型企業を標榜していくことに限界がきたということなのだろうか。こう考えると、ソニーにとっては、画期的な製品の開発によって成長する企業という企業アイデンティティーの危機としても映ることになる。

 更に投資計画にも影響を与える。これまで製品ポートフォリオ・マネジメントとして、事業や製品がキャッシュフローの循環の枠組みを決めてきたが、バリューチェーンのモジュールの組み換えの視点からみたキャッシュフローの循環の方が、企業経営にとっては戦略的に重要な課題になる。バリューチェーンのモジュールの組み換えを志向するものであれば、例えば生産や販売機能に差別化できる価値を見出すこと、つまり、川下に向けて投資のポートフォリオを変えようとすることにもつながる。

 この問題への対応は難しい。しかし研究開発の段階に限ってみれば、研究担当者か、またその仲間たちが、バリューチェーンのモジュール・ブロックを積み上げる事業の設計図を描けるようにすることでしか対応できないだろう。たとえ、自前主義を改めて、外部へ研究開発モジュールを切り出しても、成功は保証できないだろう。


(注)スザンヌ・バーガー[2006].『MITチームの調査研究によるグロバール企業の成功戦略』草思社
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ