コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

クローズアップテーマ

第10回 境界のマーケティング その2 「アンカリング」の破壊と創造 【大林 正幸】 (2009/02/19)

2009年02月19日 大林正幸


1.アンカリング

 昨年、新しく総理大臣になった麻生総理が、カップ麺の値段を聞かれて正しく答えることができなかったことが話題になった。漫画が好きな庶民派イメージを売りにして行こうとした矢先の出来事である。多くの人は、カップ麺の値段も知らない総理と言うことで批判的な見方をしたのだが、カップ麺は、どの価格であれば適切な価格であるという基準はあるのだろうか。

 値段については不思議なことが多い。例えば、液晶テレビの値段は、少し前まで1インチ1万円と言われたときがあった。しかし、今ではだいぶ値下がり、その5分の1位で売られているものもある。32インチが30万円であったことを知っているものにとっては、同じサイズのものが7万円で売られていると、とても安いように感じてしまう。

 となると、これまで過去において市場になかった製品が市場に出たときに、最初につけられた値段が妥当かどうかの判断ができたのだろうかという疑問が生じる。カップヌードルが初めて発売されたときは、100円程度だったのだが、今から振り返ってみると、そのときに現在のカップヌードルの価格の基準が作られたのであると言えよう。新製品は、どの程度の価格水準が妥当なのかわからないが、最初につける価格がその後の値段の基準を決めることになる。これを「アンカリング」と言う。新製品の値段を決めることは、最も重要な戦略的意思決定なのである。

2.グローバル化と価格破壊 

 ここでいう「価格破壊」とは、文字通り製品価格が高いか安いかの判断基準を壊すことである。つまり、価格破壊は、買い手の「アンカリング」自体を変化させることに意味がある。
 アウトレットに行って、ブランド品を格安で手に入れることができると満足感は大きい。シ-ズン・バーゲンで、通常手に入れる値段よりも安く手に入れるために人々が殺到する光景はよく見られる。これらは、製造業者と流通業者の共同作業による値引販売なのであり、価格破壊ではない。
 本来、マーケティングは価格破壊を狙った活動である。新製品導入時の価格設定は、アンカリングを目的としており、競争が厳しくなると当初設定したアンカリングを壊すことにより、市場で新しい基準を引きなおそうとする活動である。

 スーツの値段の変化を振り返ると、昔は安いものでも4万円から5万円はしていたものが、最近では百貨店でも2着で3万円という売り方をしている。背景には、縫製コストが安い海外で生産できることがあるのだろう。

 グローバル化により、コストの安い国へと生産拠点が分散していくことは、国内で確立された初期の「アンカリング」が変化していくことであるということに注意しなければならない。つまり、スーツは高いか安いかの基準線が1万5千円に引きなおされてしまったと考えるべきなのだ。したがって、新しく引きなおされた「アンカー」をもとにマーケティングを考えなければならないことになる。

 最近では、携帯電話を例にしてガラパゴス化ということが言われている。日本の携帯電話は日本でしか使えない。これに対して、人口の少ないフィンランドのノキアは国内市場を対象にするよりも当初からグローバル市場をねらっていたので世界の標準として利用されるようになった。日本の携帯電話は、極東の日本と言う島で、あたかもガラパゴス島のように独自の進化をしている。

 このように考えると、アンカリングは価格だけのことではない。日本人は、特有の携帯電話観を持っていることになる。例えば、回転寿司は日本で生まれたため、日本人は日本で生まれた形の回転寿司をアンカリングとして刷り込まれている。日本人以外の人が回転寿司を事業で行うときは、「アンカリング」されていないため、自由で創造的な発想でKAITEN SUSHIの事業を行う(注)。  

3.境界線の引き直しに挑む

 マーケティングで大切なことは、自ら引いた境界線に気がつくことである。よく見られることであるが、業界の大抵のことを詳しく知っている人は多いが、他業界のことは思っている以上に知らない。そのために、逆に、業界というガラパゴス島の「アンカリング」がなされていることに気がつかない。業界再編、M&Aが頻発する時代になり、第3の産業革命といわれるように、産業構造の地殻変動の兆しが見える時代である。それ故に、マーケティングは、「アンカリング」の破壊と創造を担わなければならない。


(注) NHKスペシャル「世界“カイテンズシ”戦争 寿司 vs Sushi」2009年1月5日放送
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ