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第9回 境界のマーケティング その1 マーケケティングは有効か 【大林 正幸】 (2009/02/03)

2009年02月03日 大林正幸


 マーケティングが企業にとって必要になってきたのは、生産力が高まり、生活必需品の必要量を超える時代になってからである。自社製品を他社製品よりも、より多く買っていただくことが必要になってきたときからである。簡単に言えば、「こう」すれば顧客は買ってくれると言うときの、「こう」すればと言う魔法の杖が欲しいから生まれたのである。

1.大衆消費、個人消費、選択消費

 朝日新聞の論説記事で、辻井喬氏は、日本の消費者の購買は、大衆消費から個人消費の段階を経て、選択消費の時代になったと述べている(注1)。隣がテレビを買った。我が家も欲しいというのが大衆消費社会、隣が何を買おうとも自分のニーズに合ったものしか買わないというのが個人消費社会、一人ひとり趣味や志向の違い、生活パターンの違いがあり、それぞれの好みに合わせて買うというのが選択消費社会であると言う。また、趣味や志向が共通な人たちの集団に着目するべきだとも述べている。

 さて、このように、単純に歴史の経過とともにフェーズが変わり、消費者行動パターンが進化していくかのような展開が妥当かどうかは別として、この記事からは、以下のような示唆を受ける。

 現代は、市場を創造し、需要を創造し、また、会社の都合のいいように大量にものを売り、利益を上げるということに対して、供給者が考えた理屈通りに行かなくなった時代である。なぜうまくいかなくなったのか、要因は色々とあるだろう。そのひとつとして、購買行動が、大衆消費行動パターン、個人消費行動パターン、選択消費行動パターンという、少なくとも3つに分類でき、時々の場面において様々な顔を見せるということがある。それぞれの顔によってマーケティングの政策は異なるため、どの顔に対して、どのようなマーケティング政策を実施すべきか判断しづらくなっている。趣味や志向の共通点を軸に集団をまとめ切れなくなり、マーケティングが有効でなくなったかのように見える。例えば、任天堂のWiiの本体は大衆消費というカテゴリーで説明され、別に売られているソフトは選択消費であるということかも知れない。ハードとソフトがセットの場合は、また別の顔を見せるかもしれない。
 マーケティングでは、ターゲットと言う言葉を良く使うが、ターゲットは、狙うものと他のものとの区分けできることを前提としている。現代は、このような境界線の設定ができない時代である。それは、大衆消費的行動、個人消費的行動、選択消費的行動が入れ子状態になった市場であるため、狙いを定めにくいというのではなく、消費する側で、TPOに応じて、この境界自体を変化させるからである。ターゲットが姿そのものを変化させていく。それでも、マーティングは境界を追い続けなければならない。市場の切り分けるメッシュがますます細分化され、細分化された市場を再び新しい基準での再編集を繰り返すことを永遠に実施していかなければならない時代であるという認識に立たなければならない。

2.マーケティング力はイノベーション力である

 この市場の細分化に関して、マーケティングの行き詰まりを感じさせたのが、かつて流行したone to oneマーケティングになるだろう。行き着くところ、あなただけ特別扱いをしますということになるが、これを実行するには、大変なコスト負担が強いられる。病院で例えるならば、患者一人ひとりを診察し、処方するとともに、カルテと言う膨大な個人別の情報を管理することが求められる。病院は生死に関わることなので存続できるが、他では可能だろうか。
 例えば、銀行は、個人別に顧客を分類し、ダイレクトメールを送付する。銀行の窓口には、フィナンシャルアドバイザーが置かれ、ダイレクトメールの案内で来店してきた人に応対する体制を作る。これをone to one マーケティングと言うのだろうか。顧客にとっては、窓口で自分にあったサービスを受けることができなければならないが、実際に窓口で説明される内容は、銀行で用意されたマニュアルに沿った金融商品の説明でしかない。つまり、個々の顧客の切り出しはできても、提供するサービスが標準型では、とても「あなただけに」というには程遠い。原因は、これ以上のことを行うには、コストと利益との関係から無理であるということにある。
 マーケティングは、必ず、コストと言う障壁の前で挫折してしまう。つまり、one to one マーケティングのコンセプトの是非はともかく、こうなると、価格や品質、プロモーションなどで市場に働きかけ、市場での有利に導くという、マーケティング本来の技術の優位性で競争することと違い、マーケティングというよりも業務処理のオペレーションの技術の優位性で競争することに近くなる。市場を細分化し、きめ細かく対応するには、コストの壁を乗り越える技術を一早く獲得するイノベーションが必要なのだ。

 インターネットを介した販売も、技術力に依存した典型的な例である。例えば、アマゾンで本を注文すれば、翌々日には品が届くというのは、マーケティングの優位性というよりも、デリバリーの技術力である。そこには、既存のデリバリーの技術の境界をいかに突破できるのかという技術的な課題をのり超えることのほうがはるかに重要になる。

3.境界のマーケティング

 かつて、マーケティングの教科書で、ドリルを買う顧客は、「1/4インチの穴がほしいのであり、ドリルがほしいわけではない」という有名な言葉があった(注2)。しかし、消費者が1/4センチの穴を欲しているとわかったとしても、何も解決されない。1/4センチの穴は、ドリル以外でも提供できる方法があるのか無いのか、どうすれば1/4センチの穴を得ることができるのかに対する回答が求められるわけで、これがイノベーションなのである。

 イノベーションの意味は、既存の市場を細分化し差別化するという考えから飛躍することにある。従来の境界線の延長ではなく、白紙のキャンバスに線を書き下ろす行為なのだ。消費者がマーケティングの理屈通り行かなくなったのは、市場を再定義することができないというよりも、イノベーションの面でも限界を突破できないことを表してしている。

 イノベーションが生き詰まった例として、消臭剤や芳香剤の市場がある。小林製薬とエステー化学、花王、P&Gが工夫を凝らしてTVコマーシャルを打っているが、これらのTVコマーシャルを見て感じるのは、技術面での飛躍的イノベーションがないため、逆に、消費者へのプロモーションを重視せざるを得ない状況であり、コスト対効果と言う面では厳しい戦いが展開されているのだろうということである。

 ユニクロは、自ら設定された市場の境界線で、デリバリー技術と消費者への価値観に直接影響力を行使することを組み合わせたビシネスモデルを作り出している。境界線は、市場が決めるものではなく、供給者側で決めるものであるからこそ実現できる。

 イノベーション力を背景にして、自ら市場に境界線を引いていく企業姿勢は、境界を作れるか、境界線にこだわれるか、この2点で組み立てられている。
イノベーションとは、思いもよらないところから突然競争相手が現れることなのである。これまで慣れ親しんだ「業界」と言う世界も意味を持たなくなるリスクに我々は直面している。自分の業界のことはよく知っているが、業界の外のことは殆ど知らないのではないだろうか。


(注1) 辻井喬「資本主義はどこへ」『朝日新聞』2009年1月12日付
(注2) セオドア・レビット[1971].『マーケティング発想法』ダイヤモンド社
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