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第7回 脱構築というイノベーション その4 自己組織化のマネジメント【大林 正幸】 (2008/12/25)

2008年12月25日 大林正幸


1.ポンピング

 「あったらいいな」と言うキャッチ・コピーでユニークなCMをしている小林製薬という会社がある。この会社では、日常の業務活動で何か良いことをした社員には、社長から直接「ほめほめメール」が、社員に届けられると言う。「ほめほめ」と言うネーミングも、小林製薬のトップと社員の距離感を感じさせない言葉である。

 トップからの「ほめほめメール」の意味を少し考えてみよう。まず、「ほめほめ」メールは、メールを使うことから、年1回の社長賞などのようなイベントではないことがわかる。日常の業務活動のなかで、機会があれば、トップが社員に対して「あなたの行為を支持する」ということを表明する具体的行為である。更に、「ほめほめ」に該当するかどうかを決めるために社員の活動へのモニタリング力が高く維持されていることがわかる。勿論、社員は、トップのモニタリング力を信頼しているのである。「ほめほめ」メールをもらった社員は、確実に、トップの期待する方向への取り組み意欲をさらに高めていくだろう。

 もうひとつ、この会社には「どろどろ開発」という言葉がある。どろどろと言うことから、商品開発は理屈通りの手順でできるものではないということ、更に、既成の枠組みにとらわれるなという強いメッセージが感じられる。試行錯誤や暗黙知の領域と形式知の領域の境目、更に言えば、成功の確信と失敗の不安が入り混じる混沌とした「場」を作り、「場」のコンセプトを明確に伝えている。

 これらの例は、重要な示唆を私たちに与えている。
 小林製薬は、いわゆるニッチ市場で競争が激しさを増す日用品市場の中で、市場地位を確保、維持していかなくてはならない。型に嵌らないマーティングの実践が求められ、そのために創造する「場」としての組織コンセプトをわかりやすく社員に伝えている。更に、その「場」を真に創造性のある組織として仕上げるため、創造へのエネルギーの注入を「ほめほめメール」で、機会があるごとに行うのである。一見、当たり前のように思えるこれらの活動は、実は、チャンスがあれば遅滞なく、一気に市場参入できる潜在力を準備していく巧妙な仕組みなのである(注1)。

 まさに、組織や職場が、きっかけがあれば、それまで蓄積してきたものを一気に表出し、創造的に自己変容を実現し、新しい秩序へと自己組織化させる準備である。自己変容させるためのエネルギーを意図的に高めるため、日常的活動の中で継続的活動が行われている。経営トップには、社員が深層領域を含めて変容を遂げるために必要なエネルギーを、職場に注入し続けるポンピング機能の役割が必要なのである。経営トップ自身がポジティブフィードバックループの中に身を置いてこそ意味がある(注2)。

2.自己組織化のマネジメント

 先の例を組織経営として考えてみよう。
 経営トップは、安定した組織運営のため、組織分掌、職務権限により設計された組織が目的通り混乱もなく、業務が処理され、組織秩序が維持されることを期待する反面、創造的に問題解決を実現し、時には従来からのルールを変えてしまうほどの組織秩序を乱すようなダイナミズムを備えた組織を、言い換えれば、自己組織化能力の高い組織であることを期待する。相反するような課題を同時に実現するマネジメントを期待するのである。
 仮に、このようなマネジメントに名前をつけるとするならば、自己組織化のマネジメントとなるだろう。

 自己組織化のマネジメントの論点は、秩序の維持とその創造的脱構築の実現を日常の業務の中でいかに実現するかである。

 さて、多くの社員からなる組織で安定した組織運営を実現するには、すなわち「秩序」の維持にはルールが必要だ。このルールは、薬に副作用があるように、問題の原因ともなる両義的意味を持つ判断基準でもある。ルールで作られた「秩序」に守られた組織に安住すること自体が、あたかも、均衡状態が最も不安定なきわどい瞬間であるように、「混沌」の世界に足を踏み入れていることでもある。
 当然、混沌とした状態では、組織成果は明らかに達成できないだろうし、また安定なくして、我々は組織での活動を円滑に行うことができない。無責任で勝手な行動や、予測できないような行動をする社員は少ない方がよいが、新しい創造への活力は強化していかなければならない。

 この「秩序」と「混沌」の境界に着目するマネジメントを考えるとき、先の会社の例は、境界に身を置いていることを日常の業務の中で意識させ、組織が自己組織化するダイナミズムを損うこと無く、その力を利用するという、自己組織化のマネジメントへのひとつのヒントを提供してくれる。

3.自己組織化

 経営トップにあっては、「自己組織化」とは、まったく都合の良い言葉である。自由に動ける環境を与えれば、自律調整が行われ、自然淘汰の理屈で経営の最適化が実現できるような錯覚をおこさせる。自由にさせる代償が成果を挙げると言う具合である。

 しかし、これを実現するには、戦略と周到な準備が必要なのだ。
 アメリカ大統領選挙を例にするまでもなく、「変革」と言う言葉は魅了的である。しかし、「変革」と言いながら、秩序の維持、目先の問題にとらわれて、自由な創造的活動を抑制しようとすることも良く見られる。例えば、異文化や多様な価値観を歓迎する姿勢をみせながら伝統を守るということはないか、従来の価値基準に沿って判断していないか、今一度、見直すことになるだろう。秩序と混沌とを超えた戦略レベルの決断と具体的な日々の行動にまでも対象にした継続的なモニタリングが必要である。とりわけ、トップによるポンピング活動の蓄積という周到な準備が必要である。


(注1)村上龍[2008].『カンブリア宮殿 村上龍×経済人II』p.369及びTV放映。
(注2)清水博[1990].『生命を捉えなおす―生きている状態とは何か』中央公論社。この著書のなかで「ポンピング」という言葉は、レーザーは、レーザー内の分子に外からエネルギーを与えて分子を励起状態に上げた上で、この励起状態からもとの基底状態の戻るときに強い光を放出するという装置として説明されている。このように分子を励起状態にするためにエネルギーを与えることを、ポンプで水をくみあげることになぞらえて、ポンピングと呼んでいる。
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