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経営ビジョンを問いなおす【谷口 知史】(09.03.30)

2009年03月30日 谷口知史


1.「経営ビジョン」を問いなおす
 現下の大規模な経営環境の変化の中にあって、多くの企業で「経営革新」の必要性が高まっている。経営革新の実践のためには、経営戦略全体の見直し・再構築が不可欠となる。「経営戦略のPDCA(策定・実行・評価・修正)」の全体サイクルの起点は「経営理念」の再確認であり、その上で「(経営理念を具現化するための)経営ビジョン」の設定と「(経営ビジョン実現のために達成すべき)経営目標」の導出が可能となる。そのため筆者は、「経営理念・経営ビジョン・経営目標は三点セット」であると考えている。
 筆者はまた、経営者の基本的役割は「経営理念と経営ビジョンの明示」・「戦略的意思決定」および「戦略執行管理」である、とも考えている。
 今日のような状況下で経営革新を目指す企業人とりわけ経営者(トップ・マネジメント)に強く求められるのは、「経営理念と経営ビジョンに支えられた強いリーダーシップ」であろう。本稿で、戦略コンサルタントの視点から「経営ビジョン」を問いなおすことにより、自社の経営革新に取り組んでおられる多くの方々に対して何らかのヒントを提供できれば幸いである。

2.「経営ビジョン」を語ることができるか
 経営ビジョンは、自社の将来像を言葉で表現したものである。企業としての「望ましい姿」や「かくありたい姿」を明確にすることにより、経営目標を論理的かつ合理的に導出することができる。経営ビジョンは、経営理念の下位概念である経営目標と並んで位置するものであり、経営理念と経営目標の両者間の一貫性や整合性を保つ役割を果たすものと考えることができる。経営理念にもとる経営ビジョンなどはあり得ないし、また経営ビジョンなくして経営目標の設定など本来はできないはずなのである。
 筆者の経験では、「貴社の経営ビジョンを教えて下さい」という質問に対して、時として経営目標と区別のつかない回答を受けることがある。例えば、「3年後に年商1千億円企業になること」とか「2年後に新規事業部門を黒字化すること」といったものである。確かに、それらのものも「望ましい姿」や「かくありたい姿」であることには違いない。しかしながら、それらは経営目標レベルのものと捉えるべきであり、経営ビジョンと称するには(レベル的には)不十分なものだと考えられる。
 経営ビジョンは、ある意味でロマンチックな(現実を離れて情緒的・情熱的な)性格を帯びたものであり、その企業の利害関係者(ステークホルダー)が(程度の高低はともかくとして)「夢」を感じることができるものであるべきではなかろうか。「夢」の感じられない経営ビジョンを掲げたとしても、そこから経営革新へとつながるものが生じるとは考えられない。
 経営革新を図るために経営ビジョンを明確にするという前提に立てば、「現状の延長戦上では困難だと考えられるものの、企業力の向上により可能ならしめることができるようなもの」をこそ経営ビジョンと称することができる。
 経営目標は、経営ビジョンを具現化するために、定量的あるいは定性的な形で設定されるものである。例えば、「3年間で売上高を30%アップする」・「3年後にROEを20%に引き上げる」・「2年間で連結経営管理体制を構築する」といったものである。
 経営目標を設定するステップにおいては、概して企業は二つのタイプに大別される。一つは、現状とは大きく乖離した「夢」のような目標を掲げるタイプであり、もう一つは、現状とはさほど違いのない「堅実な」目標を掲げるタイプである。前者のタイプの企業では、経営者の大言壮語に対して社員がついて行けずに、モラール自体が低下する傾向が強く、後者のタイプの企業では、目標が低すぎるために、社員が達成感を得ることを困難にし、結果としてモラール自体を低下させる傾向にある。経営目標は、高すぎても低すぎても、社員のモラール低下という結果につながるために、その設定には十分な留意が求められる。
 それでは、経営目標をどのように設定すれば良いのだろうか。もう一度、「経営理念の再確認から始めて、経営ビジョンと経営目標を設定する」というプロセスの持つ意味を確認しておきたい。自社の存在理由である経営理念と自社の将来像である経営ビジョンを言葉にして語れば、その次には「それでは、何をしなければならないか」を考えるのが自然な姿であろう。そして、それこそが経営目標そのものなのである。
 つまり、経営目標の設定は、それのみで独立的に行えるものではなく(あるいは、行うべきものではなく)、経営理念を再確認し、経営ビジョンを語る中で、必然的に浮かび上がって来るものだということができる。いわば、「経営理念・経営ビジョン・経営目標は三点セット」なのである。経営目標の設定において重要なのは、それ自体の方法論よりもむしろ経営理念と経営ビジョンへの「想い」であり、そこから論理的かつ合理的なものが導出されるはずである。

3.経営革新における「経営ビジョン」の意義
 筆者は、経営革新という言葉を次のように定義している(本欄2008年11月10日付掲載稿ご参照)。
 「(1)企業の経営理念に基づく、(2)企業の自己再生であり、(3)企業が存続するために、(4)企業に不断に求められるものである。そして、(5)従来の経営においては、なされてこなかった(あるいはできなかった)ことを、(6)新たな機軸で行うことにより、(7)企業価値を創造することである。」
 上述のとおり筆者は、経営革新の起点となるのが経営理念であり、その理念を原点として位置づけて経営環境の変化に適応するために新たな機軸が求められる時、世代を超えて継承された経営理念と、その経営理念に基づく明確なる経営ビジョンが存在してこそ、経営革新が可能となると考えている。
 それゆえに、経営理念と共に経営ビジョンの重要性は、企業の方向性を決定する重要な局面で強く認識されることとなる。筆者は、経営革新のできる企業とできない企業との差異の要因は、経営理念と経営ビジョンの(社内外における)浸透度の高低にあると考えている。
 筆者自身、コンサルティングの現場で、さすがに「経営理念」の存在しない企業と出会った経験はないが、「経営ビジョン」の不明確な企業と出会うことは決して少なくない。経営理念と同様に、経営ビジョンが文言として存在するだけではなく、その内容そのものが(社内外において)真に浸透している企業は必ずしも多くはないのではないだろうか。
 言葉として表現される経営ビジョンの中には、「企業全体のグランドデザイン」・「達成すべき期限」・「事業領域(ドメイン)」・「市場において目指すポジション」・「経営者および社員全員によるコミットメント」などの実に多くの意味が込められているはずである。
 今からおよそ一世紀も以前のこととなるが、当時に米国AT&T社(アメリカ電信電話会社)の経営トップ(1907年~1920年の期間、社長から会長を歴任)セオドール・N・ベイル氏によって掲げられた経営ビジョンは、「企業としての目指す将来像」が生き生きとした力強い言葉で、明確にかつ誰にもわかりやすく表現されたものとして広く知られている。それは、次のような経営ビジョンである。「我々は、あらゆる人が、あらゆる場所で、世界中の誰とも、またどこでも、迅速に、低料金で、満足に通話できるような電話組織をつくるのだ」。
 この経営ビジョンからは、「企業として将来にわたって目指す姿」とその達成要件としての「持続的な変革と成長」に対する「経営トップの強い想い」が伝わってくる。その「経営トップの強い想い」が、社員の持っている意欲や潜在能力を引き出し、自発的・自律的な組織風土を醸成する。その結果、新たな活力による企業全体の「持続的な変革と成長」が可能となる。そして、その「持続的な変革と成長」を実践できる力こそが「経営革新」の原動力となるのである。
 そうした観点から、経営革新を目指す企業人とりわけ経営者(トップ・マネジメント)の方々には、自社の経営ビジョンを再確認されることをお勧めしたい。経営理念のみならず、経営ビジョンがいつの間にか「絵に描いた餅」と化してしまわないように、企業全体での努力を「愚直に・地道に・徹底的に」実践できる企業のみが経営革新を実現できるのだから。

4.結びに
 筆者は、自らのコンサルティングの現場での経験から、「経営理念と経営ビジョンが経営革新の要諦である」と確信している。そして同時に、「経営理念と経営ビジョンを明示できる経営者(トップ・マネジメント)こそが、最高のリーダー(指導者)たり得る」とも確信している。
最後に、中国の古典からの有名な言葉を引用して、本稿の結びとしたい。
 「最高の指導者は人々にその存在を気づかせない。
  その次の指導者は人々に称賛され、
  それに次ぐ指導者は人々に恐れられ、
  最悪の指導者は人々に憎まれる。
  最高の指導者が事業を達成したとき、
  人々は『われわれがやった』と言う。

<老子>」


以上

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