コラム「研究員のココロ」
大学教育を見直す視座
~地域が期待する人材育成とは~
2008年11月17日 吉田 賢一
大学機能をめぐる議論の始まり
去る9月11日に、文部科学大臣から中央教育審議会に対して諮問が行われた。我が国の大学教育の質を保証し、社会から信頼の向上を図るため、大学教育の 将来を見据えた中長期的な在り方について検討する必要がある。この認識に立ち、社会や学生からの多様なニーズに対応する大学制度及びその教育の在り方、グローバル化の進展の中での大学教育の在り方、そして、人口減少期における我が国の大学の全体像について、これから中央教育審議会での議論が展開されていくのである。
大学にとって教育とはその存在意義を示す基本的機能であり、各々の大学において、優れて能率的で効果的な教育の手法を競うことは、あらゆる分野で活躍する我が国の「人財」を生み出していく上で、極めて望ましいことといえよう。
しかしながら、大学を取り巻く地域社会や企業など様々なアクターのニーズをタイムリーに捉えつつ、絶え間なくプログラム改編やFD(ファカルティ・ディベロップメント)を行い教育システムの新陳代謝を図っていくことは、これからの大学の浮沈にかかわる極めて重要なポイントとなる。設置認可上、必ず問われる「育成すべき人材」といった各大学の示すべき育成対象の理念型について、従来のごとく抽象的で曖昧模糊としているままで済まされることはなくなっている。その人材像が具体的にどのような役割を果たし、そのために必要となる資質や能力、技術や知識はどのようなもので、そしてそれらをどうやって体得していくのか。このことを明確に示さない大学は、市場から見放されてしまうだろう。
大学が立地する「地域」で望まれる人材像とは
そこで、本稿では一つの例として、大学が立地する地方自治体がどのような人材を望んでいるのかについて、簡単にリサーチした結果をご紹介したい。無論、地方自治体は必ずしも大学等教育機関のみに期待しているのではなく、また、エリアによっては大学が存在しないケースもある。しかしながら、取り上げるのは地方自治体の策定した総合計画や産業振興のために実施する施策などの公式プランにおける表記であり、大学を頂点とした我が国教育システムの機能性に、最も期待しているものと仮定して概観することとした。
対象としたのは、東京都をはじめとした首都圏の主な県・市(政令指定都市・中核市)である。
これまでは工業団地の造成や連携施設の整備などハード重視型の産学官連携施策が中心であり、理念は高く掲げてもインフラづくりが第一義にあったといえる。しかしながら、現在では、産業クラスター計画等ではさらに知的産業に重点が置かれ、従来のハード重点型の政策設計に対し、人材開発とネットワーキング、技能・技術力、そして技術を孵化するファンドをも統合した新しいスキームの構築、すなわちノウハウや情報など知識価値を基盤としたソフト重点型政策の創出が指向されている。こうした性向を踏まえ、人材育成に関する自治体の産業政策等に見られる共通した特徴と整理してみると、主に次の4つの類型のあることが分かる。すなわち、目指すべき具体的な人材像として、「1.ものづくりなど地域産業に担う人材」、「2.ベンチャー企業など新たな産業の礎を生み出す人材」、「3.コミュニティビジネスなど地域の課題解決に資する人材」が挙げられるのである。同時に、産学官連携活動について見てみると、産・学・官(公)のそれぞれの意識的な距離感が、依然として残っていることは否めない。そこで地域に起業しやすい環境を創出するためには社会科学・人文科学系の人材が地域に深く入り込み、諸技術の地域における定着化や事業化に向けてのカタライザー(触媒)として機能することが求められているといった状況がある。そうした「4.リエゾンオフィサーなどの産学官のコーディネータ人材」への期待も相当程度あることがうかがえるのである。
各タイプの「実例」
「1.ものづくりなど地域産業に担う人材」については、例えば、東京都産業振興基本戦略(平成19年3月)では、「技術・経営革新の促進と経営基盤の強化を図る」ための施策の一つとして、「市場開拓や経営管理を支援し、事業展開力を強化する」を挙げており、具体的な施策として、「企業経営の経験者やOB人材等を活用し、企業経営の様々な分野における支援を拡充」があるとしている。
「2.ベンチャー企業など新たな産業の礎を生み出す人材」については、例えば川崎市新総合計画川崎再生フロンティアプラン(平成16年12月)では、実行計画ベースにおいて、「産学公ネットワークの構築と活用推進」のために、「起業準備段階や新分野進出のためのビジネスプラン作成講座と、事業化段階のためのオーディションを開催」する起業化総合支援事業を行うことが示されている。
「3.コミュニティビジネスなど地域の課題解決に資する人材」については、例えば、東京都日野市の基本構想・基本計画(計画期間:平成13年度~22年度)では、「これからの日野のまちづくりを進めていくことに夢を持つ人材を市民、行政の協働により子どもから高齢者までを含めて育て」、また、「これからの人材は、自らの個性を十分に発揮していくことはもちろん、広く国際的な視野も備えていく必要があり、それを実現するためのグローバルな視点に立ったまちづくりを進める」ことが示されている。
そして、「4.リエゾンオフィサーなどの産学官のコーディネータ人材」であるが、これについては、例えば、「10年後の東京」への実行プログラム2008(平成19年12月)では、今後3ヵ年の事業展開として、「創造的都市型産業の振興の一つとして、アニメ・ファッションなど東京の感性を発信(情報発信型産業)し、アジアのトレンドをリードする人材を輩出するために」「産学連携デザイナー育成プロジェクト」を行うことが標榜されている。また、神奈川県の産業競争力強化戦略(平成19年度)では、「管理体制、上場審査の実務に対応できる人材を段階的に養成する「IPO戦略習得講座」、デザインマネジメントを含むマーケティング戦略の能力開発を行う「マーケティング戦略習得講座」など、IPO戦略立案や経営資源の活用に特化した高度なビジネス・スクールを開講し、企業成長に資する人材養成を目指し、リエゾン機能のさらなる具体的な側面の展開を目指していることが分かる。
大学に求められていること
人材育成についてもっとも期待されるのが、企業等で働く地域産業を担う人材であり、簿記や経済法務からITスキル、そしてものづくりのセンスまで、経営資源たる「人財」としての価値を高めることが必須となる。そして、地域活性化の観点から、ベンチャーに取り組むアントレプレナーのみでなく、地域社会が抱える課題の解決に取り組むリーダー的な人材、そして課題解決に向け企業と行政、そして大学をつなぐリエゾン機能を担うコーディネータの存在は極めて重要となるのである。
したがってこれらのニーズに向き合う大学としては、立地する周辺自治体における具体的な政策需要をタイムリーに把握し、それぞれの大学が持つ教育体系をもとに、バランスのよい人材育成への取り組みが求められることとなろう。
そこで、筆者の予見としては、学生の授業評価等を加味しつつ、教育カリキュラム等の絶え間ない見直しなど、近い将来において、半期ごとのPDCAサイクルに則ったきめの細かいプログラム運営の求められる可能性が、極めて高いと考えられるのである。