コラム「研究員のココロ」
大学経営における資産運用のリスク
2009年05月25日
有名私大の「資産運用の失敗」
駒澤大学が資産運用で始めた「金利スワップ」と「通貨スワップ」といったデリバティブ取引で、昨年150億円超の損失を出したことがマスコミ各社で報じられた。この事件は当時の理事長の解任にまで発展し、大学関係者に大きな衝撃をもたらしたことは記憶に新しい。さらに今年に入り、大阪産業大学が、資産運用で始めたデリバティブ取引による含み損が、世界的な金融危機の影響で60億円程度に膨らんでいることを明らかにしている。
従来、私立大学では収入の80%が学生納付金に依存し、それ以外は私学助成金によって賄われる構造にあった。そこで、まとまった資金の調達手段として、銀行や日本私立学校振興・共済事業団からの借入れを主体としてきたことは周知のとおりである。そして18歳人口の減少によって限られたパイの獲得を競うため、新しい分野の学部学科を設定するなど、様々に魅力的な機能を整えるために必要な施設整備などを行う大学が相次いでいる。こうしたことを背景に、積極的に資産運用を行い、その利回りで新たな投資に備える大学が増加しているとしても不思議なことではない。
一般にアメリカでは有名私立大学ほど高い格付を受け、運用のための資金調達が可能となっており、2008年1月9日の読売新聞によれば、ハーバード大の3.8兆円をはじめ資産運用のために単独で1兆円を超える基金を有する大学が全米で6校あり「年18~20%の投資収益を上げているという。これに対して我が国では、4年制大学を設置する516法人の運用を行った資産合計が8兆9500億円で平均利回りが1.6%となっており、彼我の大差は一目瞭然である。
もちろん、日米の学校法人制度や大学経営の仕組み、そして組織文化などが異なっているため一概に比較はできないが、我が国においても、学校債の社債化をはじめとした資金調達の多様化の動きが活発になっていることは、大学財務における資産運用の重要性を示していることに相違がない。国立大学法人においては株式の所有(寄附)や特許譲渡などの手法もあるが、国債による運用が基本となっている。しかしながら、運営費交付金の削減を受け、今後、民間金融機関からの資金調達等について積極的な取り組みが始まることが想定される。
ここで改めて、駒澤大学等の「事件」は、私立大学であれ国立大学であれ、決して他山の石として見逃すことのできない「大きな衝撃」であることを、大学関係者は真摯に受けとめるべきであろう。
大学経営のあるべき姿を追究している筆者としては、今回の事態を踏まえ、大きく2つの視点から、自学の財務戦略のあり方について精査を行うべきであることを提言したい。
収入構造の安定化
すでに、『平成18年度版今日の私学財政大学・短期大学編』(日本私立学校振興・共済事業団)における平成17年度決算値では、帰属収入で消費支出を賄えない帰属収支差額(帰属収入-消費支出)がゼロまたはマイナスの大学法人(大学を設置している学校法人)が、504法人中138法人で27.4%となっている。そのうち、消費支出が帰属収入を20%以上超過している大学法人数は25(5.0%)となっており、これは基本金組入前ですでに消費支出超過の状態を意味している。単年度収支で消費支出の超過となっても、このことが直ちに経営破綻を招いているとはいえないが、経営が逼迫していることは事実である。今日の現象として、財務的なリスクが複合的に潜在する、大学の「メタボリックシンドローム」が指摘できるのである。
学生納付金や公的な予算措置による収入源確保が困難となっている一方で、財政状態が構造的に硬直化している現状に鑑みるならば、保有する流動資産やその他固定資産を精査し直し、それらを適切に活用していこうとする姿勢は依然として重要である。
今回の事件によりあたかも資産運用に問題があるかのような捉え方をする向きもあるが、資産運用収入の帰属収入に占める比率をみると、2007年度の数値で全私立大学(日本私立学校共済・振興事業団把握分)が平均2.6%となっているところに対して、週刊東洋経済のサイト(注1)では11大学が8%以上となっており最大で20%の大学もある。また、今後検討をしている金融商品としてヘッジファンドやコモディティ(商品先物取引)を上げている大学が多いことからも、資産運用のもたらす収入インパクトが無視できない要素であることがうかがえる。(注2)
すにで、リーマンショック以降の金融危機を受けて、文部科学省・学校法人運営調査委員会では、各学校法人理事長に対して2009年1月6日付の「学校法人の資産運用について(通知)」を出し「資産運用に関する責任ある意思決定と執行管理が行われる体制を確立」するよう指摘している。具体的には、資産運用の基本方針、権限と責任、意思決定の手続き、運用状況のモニタリング、運用期間と運用成果目標、保有し得る有価証券の種類・内容、運用限度額が主なポイントである。さらに商品を提供する業者の選定や彼らのパフォーマンスについても、厳格にチェックする体制が必要となろう。
しかしながら、この通知においては、学校法人という社会的責任を負う特殊な法人格を有する団体が行うべき統一的な資産運用の手法と対象の範囲を明確化するという肝心な点が不足している。資金調達の方法には、従来の国立大学を中心とした費用回収型と私立大学の多くが取る収入多様化型があり、特に後者においては、調達手段の市場化が進み、土地資産や金融資産を活用した新たな手法の開発が求められている。そこで早急に関係者間において議論を進め、資産運用に関する統一的なガイドラインの整備を急ぐべきであることを付言しておきたい。
内部組織体制の整備
同時に一連の事件で浮き彫りとなったのは、主に財務担当課の運用担当者任せにしている学校法人の業務実態である。一般的な学校法人組織においては「経理はできるがファイナンスは分からない」という職員が多い。銀行等からの人材を招聘するケースも少なからずあるが、こうした人材は金銭の扱いについては慣熟しているものの高度な金融工学の知識を有した「専門家」では必ずしもない。したがって財務担当課職員にあっては基本的な金融商品に関する知見は持つべきであり、かつての「特金」や「飛ばし」のように、委託側が証券会社に丸投げをして損失を被った苦い社会的経験を想起すれば、このことが意味のある取り組みであることはいうまでもないだろう。
しかしながら、それだけではなく組織的なガバナンスの問題も見逃せない。資産運用の実務上の責任単位である財務担当課を統制するのは、やはり理事長や財務担当理事である。そしてトップマネジメントのもとに、学内のみでなく学外の専門家を加え、また監事など第三者の眼によるチェック機能と合わせつつ、ありがちな責任分散を防ぐための委員会形式等による統一的な意思決定の仕組みが必要となる。
今日の事態に対して殊更に怯える必要もないが、一方で慎重に取り組んでいく眼も持ち、貴重な資産を適切に運用するための組織的なあり方を確保していくことが必須となるのである。
こうした視点から、財務の格付のあり方も改めて見直したい。格付は大学の「財務内容の評価」であり、大学のブランド力の向上、教職員の士気の向上、そして学生募集にも有利となる。さらにはUSR(大学の社会的責任あるいは利害関係者対応)戦略の展開を裏づけるものとして有効に作用する可能性を持っていることにも留意したいと筆者は考えている。
(注1)私大を直撃する金融危機!駒澤大の154億円運用損は氷山の一角か(2) 08/12/07 東洋経済ONLINE
(注2)私立大学600校 財務ランキング―資産規模、収益性など財務状態を徹底分析(1) 09/02/11 東洋経済ONLINE