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コラム「研究員のココロ」

境界の経営力が問われる時代

2009年04月06日 大林正幸


1.時代のパラダイム転換

 先日、NHKの特別番組でゼネラルモーターズ社の経営再建を中心に、アメリカの自動車産業の現状と変化をとり上げていた。この中で、自動車産業の再生の切り札として、電気自動車が紹介され、ガソリンエンジンの車とは、モーターや蓄電池などの部品は勿論、車体の素材を含めて、自動車の構造自体が様変わりすることが説明された。自動車は私達が慣れ親しんできた自動車とは似て非なるものへと変身する。これは同時に、自動車製造会社を頂点とする裾野の広い下請け構造も様変わりすることを意味する。
 この番組は、金融危機の影響が米国の自動車産業に致命的な打撃を与えたことを報道しているのだが、自動車産業が直面する課題の背景に環境や資源問題があり、土壌、水、空気、太陽などの生存に不可欠な要素が、人類の生存に対する大きなコスト要因となるリスクに直面していることを訴えている。まさに「豊かさへの競争」から「生存への競争」へと時代のパラダイム転換が起きつつある。現在は、18世紀の蒸気機関による動力革命、20世紀の石化資源によるエネルギー・重化学工業革命を経て、第三次産業革命の入り口に立っているといえる。

2.経営へのインパクト

 「豊かさへの競争」から「生存への競争」へのパラダイム転換は、市場の倫理か社会的規範の倫理か、難しい境界線上の判断を経営に求めるが、パラダイム転換の現実的なインパクトは、「生存」できるか否かという逼迫した中で産業構造が見直されていくことだ。過去の業界や市場や競合相手などとの境界線の引き直しを通して、会社経営は10年から20年の視野の中で、次のように劇変していくだろう。

(1)業界の境界線が変わる

 先の自動車産業の例を出すまでもなく、駆動構造がガソリンエンジンから電気モーターへ変化すると、熱、騒音の制御が容易になり、自動車を構成する部品が変わる。自動車業界が様変わりし、エンジン用の鋳物や車体に必要な鉄製品などのメーカーに代わって、燃料電池や軽量化のための強化プラスチックなどの化学メーカーなどが主役になるかもしれない。また再生可能なエネルギーへの転換は、新素材の研究から開発まで驚くほど幅広いが、風力、太陽光、太陽熱、地熱などエネルギーの利用が進めば、地域のエネルギーの供給者は、伝統的な電力会社、ガス会社、石油会社だけではなくなる。

 私達は、自分が属する業界のことは熟知しているが、他業界のことはあまり知らない。過去、長い時間をかけて参入障壁を作り業界を維持してきたため、大きな問題にはならなかった。しかし、業界の境界線自体が曖昧になり、M&Aの手法を活用し、技術再編や組み換えが境界を越えて頻発する時代である。中長期的な視野で見れば、思いもよらない巨大な競合相手が目の前に出現する時代なのである。

(2)技術やリソースの確保が戦略の中心的な課題になる

 企業は製品やサービスを生産し提供するビジネスモデルの優位性を競う。ビジネスモデルとして最も優位性のあるサプライチェーンの構築により競争に勝てるという前提には、サプライチェーンの構造に大きな変化が起きないということがあった。今後、サプライチェーンの構造が激変する時代での優位性を確保維持することに、企業各社が直面することが予想される。
 この場合、サプライチェーンの構造を決定づける技術やリソースの見極めが必要であり、このサプライチェーンのアンカーとなる技術やリソースを持つことが競争上での優位性確保の源泉になる。
 例えば、電気自動車の時代では、ガソリンスタンドは不要になるように、サプライチェーンは様変わりする。何をアンカー技術として確保すればよいかが問われる。これは既存の自動車業界の外にあるかも知れない。技術やリソースの優位性が無ければ、業界の境界を越えて技術やリソースを編集することは難しい時代だという認識が重要である。
 冒頭の番組では、自動車での精密な制御技術が医療の分野に転用され始めている例が紹介されている。
 これまでの、業界随一という評価基準はもはや意味がなくなり、逆に、誤ってこだわり過ぎれば会社の危機に繋がる懸念となる。つまり自社の保有する技術の評価能力が生存への鍵を握る。

(3)研究開発スタイルの変化

 地球規模で起きている環境や資源問題への取り組みは、第三次産業革命といわれるほど、裾野の大きなビジネスチャンスをもたらしている
 再生可能なクリーンエネルギー事業研究は、様々な要素技術の研究成果の集積の上で確立される事業であり、企業、産業を超えた共同の研究体制をいち早く確立できるかの競争でもあり、また事業化に向けた巨額の資金調達力も必要になる。国家的プロジェクトといわれる所以である。
 一企業での対応能力を超えるプロジェクトでの、グループ企業戦略は、親会社を頂点としたこれまでのグループ経営とは異質なものになる。異企業間との共同事業では、連結ピンとして研究部門が重要な役割を求められるようになる。今後、巨大なベンチャー企業を企業連合で育成するような、水平的な企業連合事業のノウハウは意外と少ない。
 例えば、食品加工会社と石油化学会社が肥料の共同開発を行い、新しい農耕栽培技術を共同開発し、農業から食品の製造販売に至る事業ができれば、資源から消費までを一貫する世界的に大きなビジネスに発展できるかもしれない。

(4)「選別と淘汰」の時代

 「選別と淘汰」は、生物が変化する環境の中で、生き残れる種が選別され、他は淘汰されることを通して現在の生態系が維持される時代を表現している。
 環境問題や資源の問題など、人類の生存への課題が産業社会の変化を促す。サプライチェーンの組み換えに主導的に参加し、生存領域をダイナミックに変えていけるもののみが選別される。

 大量生産と消費による成長の構造は、「生存」という時代認識のもと、単なる豊かさの追求から生存にとって有益という価値を付加された豊かさへと急速に変化している。「生存」にとって有益であるためには、資源の開発から、原料・中間素材の段階での価値のつくり込みの役割は大きい。環境負荷の少ない素材開発、低コストでリサイクル可能な素材開発などが不可欠になる。つまり中間財市場が活性化するだろう。資源を原料や素材に加工し、川下のメーカーへ提供するつなぎの段階で、ソリューションとしての付加価値の作り込みが鍵になる。現在、資源⇒中間財⇒製品生産用原料⇒製品⇒消費というサプライチェーンは、産業や業界の境界を越えて構造再編が起きている。

(5)社会的規範の重視

 文明の転換点と言われるが、第1次産業革命以降の数百年で確立した欧米による倫理観が、中国、インド、南米などが大国に成長する過程を通して多様化するという理解もできる。我々が明治以来慣れ親しんできた欧米流の規範が変化するだろう。

 今後、人類の「生存」に向けた、より大きな世界的レベルでの普遍的規範が期待されるようになり、現実的には各国は、秩序維持に向けた行動規範を掲げて連帯を求めるようになるだろう。
 社会的な規範への違反に対する世界的レベルでの監視体制に、国の政治機能の一部をゆだねるような事態になるやもしれない。
 企業会計では、IFRS(国際財務報告基準:International Financial Reporting Standards)のように世界的レベルでの会計の透明性を確保するための国際ルールの適用が現実のものになった。環境、エネルギー、食料などの分野でも、世界レベルで監視ルールの適用が進められるだろう。
 社会的倫理規範と利益追求の企業活動倫理との境界線は不安定になる。企業活動の軸足を置いてきたCSR活動は、社会的倫理の領域へと大きく踏み出さなければ、曖昧な行動基準による誤った判断に繋がる懸念もある。

3.終わりに

 冒頭のNHKの番組は、「選別と淘汰」の時代になったとして終わった。昨年の後半に起きた金融危機では、金融資本の暴走を止めることができなかった社会の仕組みに問題があった。特に企業活動の良否を判断し活動を制御してきた利益やキャシュフローの指標が、結果的には、制御機能を発揮できなかったことが証明された。投資家は大きな損害を受け、損害は今でも大きく膨らんでいる。これを時代の転換点に来たことを表すものとして受け止めるべきなのだ。

 経営者は、境界線を引き直すことに躊躇してはならない。今ほど、長期ビジョンが求められる時期はない。
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