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コラム「研究員のココロ」

乗るだけで健康になる車

2008年08月11日 高橋 克己


「健康」の意味とは

 トヨタの渡辺社長は「乗るだけで健康になる車」の開発を目指しているという。やりたくもない運動をしたり、食べたいものを我慢するのに耐えられないで健康づくりから脱落してしまう人でも「乗るだけ」なら簡単だ。「住むだけで健康になれる家」でも「寝ているだけで健康になれる」でも同じことだが、何の努力もしないで健康になれるというのは魅力である。
 ところで「乗るだけで健康になる車」とはどんなものなのだろうか。マッサージ器つきのシートや酸素バーのような機能を持たせるのだろうか。さらには、快眠システムとして温度・風向きやシートの傾斜、明かり等を自動調整する機能等も想定できる。このような器具・システムは既に存在しているから、車のシートや内装に盛り込むだけで出来上がりだ。重量で車体のバランスが崩れるとか、消費電力を賄うだけのバッテリーを搭載しなければならない等の技術的な問題はあるのだろうが、やろうと思ったらすぐにでもできそうだ。だが、こういうことで健康になれるのだろうか。「快適」になれても「健康」になるとまでは言えないだろう。そうすると、そもそも「健康になる」とはどのようなことを言うのかを整理しておかなければならない。

「健康」の第一段階;有害物を排除する

 「健康」の意味は3段階に分けて考えられるだろう。第一段階は、体に有害なものを取り除くことだ。天然水が売れているのは水道水よりおいしいという理由以外に、子供たちの安全を気遣う親心がある。割高の国産食材を選ぶのも安全を慮ってのことだ。農産品をはじめとする食の安全は言うに及ばず、食器の化学塗料等の間接に口に入るもので健康被害を及ぼす輸入品事故があった。化学物質が染み出すプラスチックも存在する。国産品なら安全と言うのは裏づけには怪しい面もあるが、高額なら安全との消費者の混同も働いているのだろう。衣料や家庭雑貨等でも健康被害や事故を起こしている例があり、有害なものを取り除く(健康被害を発生させない)のは最低条件である。
 ところが、安全だとして使用されていたPCB、アスベストのように、一般的に使用されていたものの有毒性が認められることもある。PCBなどは夢の化学物質と賞賛されたが、後年になって発ガン性が強いことが判明して使用禁止になった。現在は安全とされている化学製品が健康被害を起こさないとは言い切れないところが怖いところだ。「今日、市場に出回っている化学物質のなかで、量として75%に当たるものについて、基本的な毒性テストの結果すら公開されていない」(注)そうだ。
 「化学物質過敏症」という化学物質に対して強度のアレルギー反応を示す人たちがいる。アレルギー体質ではない一般の人たちなら何とも感じない室内でも、化学物質過敏症の人たちには耐え切れない環境であり、吐き気や失神を引き起こす。化学物質過敏症の人たちも化学物質を用いない古い家屋等では障害なく生活できる。化学物質過敏症というのは、大量の有害化学物質に暴露されて発症するケースが多く、化学物質の潜在リスクから身を守るための生理的拒否反応であるとも考えられる。化学物質過敏症の人たちが障害なく乗れる車こそ、幼児をはじめ誰もが安心して乗れる車ということになる。化学物質をなるべく使用しない商品(車の場合は居住空間)を提供することが健康づくりの第一段階における目標となるだろう。

「健康」の第二段階;痛みの緩和

 健康の第二段階は「痛みを緩和する」「リラックスさせる機能」である。冒頭に例示したマッサージ器や酸素噴出器などは第二段階のための機器である。肩こりや腰痛に悩む人にすれば、一時的にでも痛みから解消されるのは千金の価値があろう。また、長時間の乗車は血液の流れを阻害する、いわゆるエコノミー症候群を招くことがある。ある種の炭素繊維は遠赤外線を発生して血行を促進する機能があるとされる。他にもマイナスイオンを発生する繊維や皮下脂肪減少作用のある香気成分を配合した繊維が存在する。このような新素材を用いることで健康を訴求する方法もあるだろう。
 ところで、今後の日本で増えるのは75歳以上の人たちである。65歳から74歳までの高齢層はほとんど増えないで、「後期高齢者医療制度」の対象である病気がちな層が2025年には2000万人へと倍増する。精神面では若々しい人が多いのだろうが、老化に伴う肉体面の障害は避けられない。この層は膝の痛みをはじめ関節痛、筋骨系の障害に悩まされることが多い。西洋医学では高齢者の筋骨系の障害を根治的に治すのは難しいので、サプリメントや温泉療法等に頼る人が少なくない。科学的な裏づけが得られるなら、温める、揉む、摩る等を組み合わせた東洋医療、統合医療的な方法に活路を見出すのも是である。膝の痛みを緩和するような車があったら、高齢者は是非とも欲しがるだろう。

「健康」の第三段階;疾病予防

 第3段階は病気にならないような体づくりをすることだ。予防対策に共通しているのは肥満解消である。高血圧、糖尿病、はては安眠障害に至るまで、太り過ぎが原因のひとつである。痩せるのは簡単だ。腹八分目と適度な運動をすればよい。江戸中期の儒学者・貝原益軒の指摘の通りである。曰く、「飲食をよき程にして過ごさず」「食後には、必数百歩、歩行すべき」「酒は微酔にのみ、半酣をかぎりとすべし」、である。
 車に乗ったら痩せた、という状況はなかなか思い浮かばない。故障ばかりしている車なら運動量も増えるだろうが、それ以上に飲み食いしては元も子もない。車の中でやるエクササイズというのも考えられなくはないが、努力しないでも乗っているだけで健康になるというコンセプトに合わない。磁力や妖力で座っているだけで痩せる、体脂肪を消費しやすくなるような新素材でも出現しない限り、健康になる車は夢物語に帰してしまいそうだ(新素材で痩せるなら、車に限る必要はないことになる)。
 だが、車中でも健康への意識は高められる。温泉をよく利用する高齢者グループは、一般高齢者より医療費が少ないとの調査結果がある。温泉の効果も否定はしないが、合間に行われる健康教育の効果が大きそうだ。表立った教育研修はしなくとも、健康になろうという主旨で集まった人たちが健康増進方法を語り合い、日常生活で健康に気をつけるようになることは想像に難くない。高カロリー高脂質の食事を避け、日頃から運動するように心がけるようになるだけでも健康になるのだろう。車に応用するならば、健康にプラスになる施設情報を重点的に提供する「健康カーナビ」などが考えられる。食事はするのだから「どうせなら健康によい食事の店」を紹介してくれたり、「どうせなら健康によいレジャー施設」「どうせなら健康によい商品のショップ」と、努力はしたくはないが「どうせなら健康によいものを」との消費者心理を突く情報を提供する。
 健康のためによかれとシートで体重や血糖値を測り、カーナビでグラフにして見せるという方法も考えられる。だが、これは健康指標が改善しない人にとってはダメ人間の証拠を見せ付けられているようなものだ。健康状態の良くない人ほど健康診断や保健指導から逃げ回っていることを考えると、健康の押し売りは禁物だ。基本は楽して、楽しくである。

(注1) 化学物質過敏症支援センター
※元データは、米国NGOの環境防衛基金『Toxic Ignorance(毒性の無知)』1997
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