コラム「研究員のココロ」
人材評価のための「型紙」準備の勧め
2007年12月25日 大野 勝利
1.人事評価制度の効用と限界
人事評価(考課)制度設計を目的としたコンサルティング提案の場で、私は、しばしば次の様な発言をする。
「人事評価制度を整備し、適切に運営できたとしても、それだけでは優秀な人材は育ちません。標準以下の人材を標準程度に引き上げることができれば、まずまず大成功です。」
人事評価制度には、社員の貢献度を適切に測定し、それを記号化する役割が期待されている。貢献を測定する以上、貢献そのものの定義が必要となる。一方、個々の企業にとって社員に求める貢献内容は異なる。特定の企業でも数年前と現時点で、同じ社員に求める貢献は変化する。
それ故に、人事評価制度に記述されるべき評価項目は、その刻々変化する貢献内容を正確に反映されたものでなくてはならない。これが原則的な考え方であろう。
この考え方に基づけば、人事評価制度を運用することで、次のような効用が強く期待できる。
効用1:組織方針の浸透と徹底
効用2:期待する社員像の明示
効用3:動機づけによる人材育成
効用2:期待する社員像の明示
効用3:動機づけによる人材育成
また、人事評価制度には、社員全体の貢献度結果を記号化する役割も期待されている(=「評語」の特定)。その評語は賃金関連を中心とした処遇決定のための諸制度で使用される。
人事処遇決定のための枠組みには、長期間安定的に運用され、できる限りの公平性が求められる。人事評価制度は「評語」を介して、その人事処遇決定の枠組みと密接に関係するため、以下に示す制約が課せられてしまっている。
- 運用サイクルの固定化
昇給、賞与額の決定、または、昇進・昇格のための「評語」を特定するために、半年、または、1年という一定の制度運用サイクルを維持する必要がある。 - 評価対象者の例外措置が原則許されない
社員全員を対象とすることが求められ、特定の部署、社員のみを人事評価制度の対象から除外することは認められない。 - 評価項目の共通化
全社員を対象としているが故に、また、組織間、職位間、資格間等の区分で、人事評価結果のバランス調整をおこなうために、人事評価項目の内容を、ある程度共通に保つ必要がある。
特に人材育成については、最も顕著である。社員個々の立場、資質、職場環境により異なった刺激を与え、貢献度の引き上げを意図しなくてはならないのに、人事評価制度の枠組みの中ではそれが充分に成し得ない。それで、冒頭のメッセージとなる。
2.人材評価のための「型紙」準備
標準を超える高い業績を上げうる人材(=高業績者)の育成は、人事評価制度を運用するのみでは不充分に思う。高業績者育成をより直接的にバックアップするためのしくみは、当年度の組織方針の徹底や、処遇決定などの、会社が組織的に機能するために必須の人事制度から独立することが必要であろう。
人材育成はあくまで社員個々の問題であり、人事制度は会社内部の統制と分配の公正性を担保することに主眼がおかれているからである。
様々な形で人材評価が行えるように、いくつかの「型紙」(=パターン)を会社として準備しておく。そして、必要に応じて、その型紙を元にカスタマイズした人材評価をおこなう。そのような環境を整えておくことが必要ではないかと考える。
多くの会社では、高業績者を育てるために、職場のリーダーが個人の裁量の範囲内で部下を育てている現状が見受けられる。リーダーからの直接刺激による人材育成は今後とも必要、かつ、重要である。その一方で、リーダーの人材育成活動をバックアップできる、例えば次の様な人材評価が可能な「型紙」を、準備しておくことが有用に思う。
- パーソナリティ・職務適性評価
- 行動特性評価
- 対人関係適合度評価
繰り返すが、これらの人材評価は柔軟に修正、廃止、入れ替えができるような状態を維持しておくことが肝要である。間違っても賞与へ一部反映する、昇格運用の基準にするなどの処遇決定の枠組みと連動してはならない。また、「~制度」という名称をつけることも避けるべきである。そのようなことをしてしまうと人材評価の運用に制約が加わり、人材育成のためのニーズに即応できる柔軟性が低下してしまう。
会計分野では、企業活動上必須で、かつ、固定的な基準で運用される財務会計が存在するのに対し、経営上の意思決定のために、柔軟かつ組織ごとに必要な情報をつかむ管理会計のしくみがある。人事管理の分野でも従来の人事評価制度は組織管理上必須の制度として今後も重要な位置を占めることに変わりはないが、リーダーが部下の人材育成をおこなうとき、より正確な意思決定ができるような人材評価のための「型紙」を、多く準備することが必要に思う。