コラム「研究員のココロ」
営業のプロセス管理のデメリットを考える
2007年12月03日 西田 直基
今、営業現場の改善・改革という領域で議論をすると、必ずといっていいほど「見える化による科学的な営業の実践」だとか「結果でなくプロセスを管理して効率を上げる」といったテーマが出てくる。ここではこのテーマを「営業のプロセス管理」と呼ぶことにする。さて、このテーマは新しい問題なのかというと、決してそうではなく10年前でも同じように議論をされていた。10年以上も議論されているのであるから、営業のプロセス管理の導入がいかに難しいかということだろう。このテーマに焦点を当てることは間違っていないようである。
何故、難しいのか。それを考えるには営業のプロセス管理をおこなうにあたってのデメリットを考える必要がある。そのデメリットとは一言でいうと「情報の処理負担が増える」ことである。具体的に言えば、それまで結果数字(売上)だけを見て営業担当者を叱咤および激励(?)していた管理者が、売上以外に営業担当者の毎日の訪問先・訪問回数・訪問内容まで見ることになれば、それだけ管理者が処理する情報量が増え、負担が増えることになる。営業担当者もより多くの情報をデータとして提供しなければならず、その分負担も増える。筆者は、10年以上も同じテーマが議論されている背景には、この情報処理負担への対処に関する認識や理解が不足していることがあるとみている。このコラムでは情報処理負担への対処について考えるガイドラインを示したい。
●情報負荷を減らす~情報量を増やしすぎない~
情報処理負担への対処のひとつとして、処理する情報量を適切にコントロールすることがあげられる。
営業プロセス管理というと通常は営業活動を分割して管理することになるが、この分割単位を細かくしすぎないということである。そもそも営業の現場でおこなわれる活動は複雑でかつ個別的な臨機応変の対応を求められる。さらに営業担当と顧客側の担当者の関係や企業と企業との関係性によっても変わるため、営業活動を分割してデータを詳細に集めても単純に比較できず、問題点を見つけることは困難なのである。確かにプロセス管理によってトップセールスの営業活動のやり方との比較などがおこなわれ、個々の営業活動の問題点が浮き彫りになるとか、進捗状況を見てより細やかな指示がなされることによって効率的な営業活動ができるようになることはひとつの理想である。だが、実際にはプロセス管理を導入したからといって、急に個々の営業活動の成約率が上がることは少ない。
プロセスの設定をおこなうとすると、どうしても細かく分割しすぎる傾向があるが、ある程度の割りきりが必要である。データを詳細に集めたとしてもいたずらに情報量が増えるだけで、その処理ができない場合が多いのである。
●情報処理能力を上げる~アナログでの情報処理とITの整備~
情報処理負担へのもうひとつの対処としては情報処理能力を上げるという方策がある。
データだけで情報処理をしようとすると、インプット情報を多くしなければならない。したがって営業管理者が営業担当者データだけで管理しようとすると、日報や毎日の行動の詳細な記録などを求めることになってしまう。しかし、これらを処理するだけのITシステムが備わっていなかったり、営業管理者の能力がついてこなかったり、といったことがよく見られる。これは営業プロセス管理を導入しようとした企業が犯しがちな誤りである。数値化・テキスト化されたデータよりもはるかに多くの情報量を人間はアナログの対面コミュニケーションによってやりとりできる。つまりアナログのコミュニケーションの方が、情報処理能力は高いのである。プロセス管理の導入によって増えた情報を処理するためには、今まで以上に営業管理者と営業担当者とのコミュニケーションを充実させていかなければならない。データが豊富にあれば対面コミュニケーションが少なくても管理・指示ができると思いがちだが、よほどデータの収集や加工技術に長けていなければ通常はその逆であり、対面コミュニケーションを増やさなければならない。
また効率的な情報処理を行うにはITシステムが必要である。しかしまずは、これまでのガイドにしたがって必要な情報の絞込みとそれらを解釈し活用するためのコミュニケーションを設計した上で、そこにタイムリーで適切にサマライズされたデータ提供が可能になるITシステムを設計すべきである。
●事例:SIerの営業プロセス管理
ここで、情報処理への対処という観点から見て、営業のプロセス管理をうまくおこなっている企業の事例を紹介したい。この企業はITシステムのインテグレーションサービスを提供している外資系のSIerである。同社の営業活動はゼネコン・エンジニアリング・広告代理店などの営業活動と同じで、顧客ごとに個別的な対応が求められる。また、一般的に営業サイクルは数ヶ月から数年にわたるため、プロセス管理をおこないにくいという特徴がある。
このような営業状況で、同社では営業のプロセスを顧客が案件を認識してから成約までを7つに分割し、この7つのプロセスで全ての営業案件を一律に管理している。しかし、実際の営業担当者にヒアリングすると、このプロセス管理によって案件の成約率が高まったかというとそうではないらしい。複雑な営業状況に対してあまりに単純なプロセスの定義だからであろう。現場にとっては単に管理のためのプロセスという側面があるという。確かに7つのプロセスでは個々の案件の状況を詳細に把握することは難しそうであるが、同社ではこれを営業案件すべてに適用することで、本部のスタッフがマクロの視点から今どの分野のソリューションがどの程度、どの地域で動いているかを判断し、適切なキャンペーンをおこなうなどの経営資源の再配分をおこなっている。つまり現場に直接的なメリットがない分、収集する情報を絞り、数を集めることで本部スタッフが大まかに傾向を把握するために使っているのである。
では、現場に不満は生じないのだろうか。現場が喫緊の問題として直面している個々の営業案件への対応については次のような仕組みがある。それは、営業担当者が抱える営業案件に問題が発生すると、ただちに対応策の協議をしかるべき階層に依頼し検討する仕組みである。つまり、個別の案件に対する問題の発見と対応はプロセス管理の仕組みから導くのではなく、営業担当者の申告とそれへのアナログ的な対応によっておこなっているのである。このような対応はどの企業でもおこなわれているものであろうが、同社は仮にトップまで問題が引き上げられたとしても通常これを3~4日でおこなっていることと、こうした支援を受けるためには、プロセス管理の仕組みに適切にデータが入っていることを必須条件としていることが特徴的である。
この事例から示唆されることは2つである。1つは、管理する情報を絞っており、複雑な情報処理負担を現場に求めず、あくまで本部スタッフが利用するためと割り切っていること。もう1つは、個々の案件の成約率を上げるための対応はプロセス管理でおこなわず、泥臭いアナログ的だが迅速な仕組みでおこなっていることである。その方がスムーズな情報交換とその処理ができるからである。
プロセス管理のデメリットと限界を認識しつつ、適切な情報処理の仕組みが設計されている事例であると筆者は考えている。
今回の事例ではシステムインテグレーションという顧客ごとのカスタマイズ度が大きい業界を取り上げた。一方で飲料・食品などの消費財や大量生産品に使われる部品・部材や副資材品などの生産財のように、標準品で、比較的購買頻度が短いものを扱っている営業の場合は、情報処理負担の対応が少し違ったものになってくるが、それは別の機会に譲りたい。
いずれにしてもプロセス管理の実施には情報処理負担の増大というデメリットがあることを認識し、それを踏まえた対応をしっかりと考えなければ、また10年後に同じ話をしていることになるのではないかと危惧している。
以上