コラム「研究員のココロ」
地球環境時代を生きる大学経営
2008年06月23日 吉田 賢一
差し迫った地球環境問題
G8北海道洞爺湖サミットが近づくにつれ、にわかに地球温暖化問題が巷の話題となっている。とりわけ排出権取引などの京都メカニズムの動きが活発化しており、我が国においても関係省庁や企業等で熱い議論が展開されている。しかしながら、温暖化へ影響を与えているのは経済活動を担う企業のみでなく、それ以外の存在、すなわち大学などの非営利セクターの存在も無視できないだろう。ところが、彼らは具体的な生産活動などまとまった規模で環境へ直接的に負荷を与える活動を行っていないため、その対応については逆に不透明な部分があることは否めない。一方で、公共財としての教育を供給する立場からすれば、大学など教育機関が何からの社会的責務を応分に担うことに異論はないだろう。
では「知の集積点」としての大学は、実際にどのように具体的に「環境」に向き合っているのだろうか。
大学における環境取り組み(その1)-研究教育活動として
大学の果たす機能には大きく教学(研究・教育)と法人としての経営の2つの側面がある。そもそも大学は前者の機能に基づき社会へ人材を送り出すことを唯一最大の使命としてきたわけで、ディシプリンの一環として、環境にかかる教育や研究を担っている。
日本には約700の大学がある中で、従来型のエネルギー・資源工学系では74の学部・学科ないしはコースが存在している。また、環境科学系としては138となっている。これに農学や原子力分野などを加えれば、さらにその裾野は広がることとなる。こうした動向と平仄を合わせるように、環境に係る教育・研究について、産学官連携のスキームを活用し大学から外に飛び出した形で展開するパターンも見られる。例えば、武蔵工業大学では、オーストラリア熱帯林復元フィールド教育プログラムなどを展開し、文部科学省の平成 15 年「特色ある大学教育支援プログラム」として採択されている。フェリス女学院大学は平成17~19年度において「地球温暖化抑制に向けた環境教育拠点の形成-地域に開かれたエコキャンパスと環境情報発信による地域連携-」というテーマで、同じく採択されている。また、宇都宮大学では、平成19年度の「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」において、地域の人材を「環境モデレーター」として育成し環境報告書作成を通じた地域経済への貢献を目指している。実務家も含めた学会主導の形でプログラムを開発し、東京大学や早稲田大学などで「環境プランナー」の育成を進めている環境プランニング学会の試みもユニークである。さらに、最近では環境ビジネスや環境に関連した仕事への就職を希望するなど環境に対する学生の関心も高く、大学によってはそれらの活動を積極的に支援するなど学生のキャリア形成に貢献しているケースもある。
こうした研究や教育という大学の独自性を発揮できる機能分野において、今後とも地域社会や企業等といった学外アクターとの連携による活動展開のさらなる拡大が、予測されよう。
大学における環境取り組み(その2)-法人の経営機能として
我が国の私立大学は学校法人によって設置されており、近年の大学改革によって国立大学や公立大学も、後者は一部を除きいわゆる独立行政法人に準じた経営主体に変わっている。
これに伴い、これまでは看過されがちであった法人組織体としての大学の経営感覚が極めて重要となってきている。
その一環として、大学経営においても、従来から化学実験系の学部学科を有する大学を中心に、施設管理の観点から企業と同様の法的義務に基づく環境配慮を行ってきている。そうした施設面からの取り組みとして拡大しているのが、ISO14001の認証取得である。すでに1998年度から2007年度までに、財団法人日本適合性協会のデータベースによれば49大学・組織が認証登録を行っている。
さらに昨今では企業の社会的責任(CSR)に倣い、大学の社会的責任(USR=University Social Responsibility)として地域における大学としての視点から、貢献のあり方を論じているケースが増えている。すでに環境配慮促進法により特定事業者として指定されている国立大学法人では環境報告書の作成が義務づけられ、すでに3年度目となっている。筆者がアドバイスをしている国立大学法人でも、これまではお世辞にも機能的とは言えなかった環境報告書がデザイン面もさることながら、内容面でもかなり充実化が進んでいる。特に今後は、CO2の排出量をはじめとして、有価証券報告書のように比較検討が可能な項目を整備し経年的に開示していくことが求められてこよう。私立大学でも私立学校法の改正により、財務情報の開示が求められるようになっているが、さらに私立学校法第47条の規定に基づき作成する事業報告書については、財産目録、貸借対照表、収支計算書の財務書類だけでは専門家以外の者には学校法人の状況が容易に理解できない場合が多いと考えられるため、その記載項目は各学校法人において適切に判断すべきものとされている。したがって環境に関する情報もこの部分に含まれてるものと想定される。
エコほっとラインにアップされている大学数を見ると、国公私立全体で85大学・短期大学となっており、文部科学省が調査している大学等を設置している法人数644(平成18年度調査時のサンプル)と比べると、明らかにその数は少ないのが現状であり、まだまだこれからの分野であることがうかがえる。
最先端の環境取り組み
しかしながら、法人機能の面からの環境取り組みが進んでいる大学では、ISOや環境報告書の段階を総論とするならば、さらに実践的な環境配慮型経営という各論に入っているところも見られ始めている。
具体的には今後、研究機関の施設能力を生かし、地域環境情報の集積ポイントとして機能することや、地域の温暖化防止取り組みの拠点化を果たすことが考えられる。例えば産学連携のスキームから海外のCDMプロジェクトへ参画し、大学は研究能力を提供しつつ、法人として排出権を取得することも考えられる。さらに国内においては演習林や農地を有する大学などでは、CO2の吸着能力を評価できる国際標準が整うならば、排出権取得に向けた取り組みにつながる可能性が高い。すでに、東北大は、山西省の安泰集団にCDM活用法などを指導し、2008年に同集団のコークス工場に廃熱発電装置を導入し、発電用の石炭を節約することでCO2排出量を削減する計画を立案しており、我が国大学としても初めての試みとなっている。また、京都大学では温室効果ガスの削減対策のため電気など学内のエネルギー消費に対し一定割合で課金する「学内環境税」を創設する方針を固め、2008年度は実施の段階とされている。いずれも京都議定書の動きを意識した環境配慮経営の一例である。
地球の環境問題を地域化する「トランス(変換装置)」としての大学
このようにもともと社会の知の集積点であった大学は教育機能から始まり、昨今では法人組織としての環境取り組みが進められている。
ここで、改めて地球全体の温暖化問題などの情報を地域へ変換できる大学の位置づけを見直しておこう。
民間セクターにある企業は地域経済の「牽引車」である一方で、公共セクターにある行政は地域の安全・安心を維持する「ゴールキーパー」だとするならば、大学も含めた非営利セクターが果たす環境問題への貢献には次の3つのレイヤーがあるものと考える。
第一に、環境問題に関わる技術を地域化・社会システム化し、それらを市民のモノにするためのカタライザー機能(利益追求とは離れた公共の利益=社会的厚生の実現)であり、それこそ「ノンプロフィット」の本領発揮である。
第二に、市民や企業の環境意識の向上や取り組みの支援などのファシリテーティング機能を担う「ボランタリー」の精神である。
そして第三に、企業と行政(産学官)連携の研究開発・事業化のコーディネイト機能を果たす、文字どおり「サード」のスタンスである。
これまでは、大学などの非営利セクターでは、社会に対して「待ち」の姿勢が多く見られたが、今後は地球問題を地域の身近な問題として捉え、それを具体的な目に見える方法で解決してことが肝要となる。筆者はこれを「地球環境問題の地域化」と呼んでいる。この「地域化」を進めていく過程で、大学は情報を集積、発信し、人材を教育して地域へ還元していくなど、今後は大いに多機能的に活動することが期待されているのである。
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