コラム「研究員のココロ」
過去の未来予測の検証
~サブプライムローン問題を予測した人々~
2008年06月16日 佐久田昌治
1.未来の予測はむずかしい
どんなに賢い人にとっても未来を予測することはたやすいことではない。有名な物理学者ロード・ケルヴィンは1895年に「『空気より重い』空飛ぶ機械は不可能である」と主張したが、その8年後に自転車屋を営む素人発明家・ライト兄弟が有人飛行に成功した。コンピュータが出始めの1943年、トーマス・ワトソンIBM会長は「私が思うに、コンピュータの市場は世界的に見てたぶん5台くらいだろう」と述べた。今、パソコンは1人1台の時代になり、日本国内でも1400万台を越えている(2005年調査)。世界ではおそらく1億台以上になっているだろう。
人間は誰しも自分の思考の枠組みを変えたくないし、無意識のうちに将来は現在の延長にあってほしいと願っている。また、議論をする相手も同じ企業で同じ見方をする仲間になりがちである。このほうが楽だからだ。
2.今から1年前の未来予測:サブプライムローン問題を予測した人々~未来予測の成功例(その1)
スイス・ローザンヌに本拠を置くIMD(国際経営開発研究所)は世界競争力年鑑2007年版の冒頭で「競争力ロードマップ:2007~2050年」という短い文章を紹介している。そこには今から考えると、実に驚くべき予測が記載されていた。今後2050年までに世界で起こりうる事象を45取り上げ、そのうち「起こるであろう年」と「もし起きた場合のインパクトの大きさ」を大胆に記述したものだが、このうち2010年以前に起こるであろう事柄として次の3つの事象を挙げた。
米国のサブプライムローン問題がまったく認識されていなかった時期に、これを正確に予測し、その影響範囲をズバリと言い当てた点は見事というほかはない。単に米国経済が後退するばかりでなく、世界の競争力ランクに甚大な影響を及ぼすことを予測した。特に注目すべきはこの問題が顕在化したときにそのインパクトの大きさを「オーストラリア、英国などの住宅バブルの崩壊」や「原油価格高騰」よりもはるかに大きいと見た点である。おそらく米国の経済がサブプライムローンに象徴されるバブルの要素に支えられ、これが破綻したときに全世界の金融システムに甚大な影響を与えることを想定した。ひいてはEU、アジア、日本との関係で米国経済のリーダーシップが著しく損なわれることをも視野にいれたものと思われる。
これに対して、サブプライム問題が顕在化したあとでも、多くの国(日本を含めて)の評論家には「自国への影響は小さい」との論調が主流であった。問題発覚後8ヵ月を経て、最近ではサブプライムローン破綻の影響がいかに深刻かを強く主張するものが多い。事が起こった後に解説することは容易である。いずれにしても、社会に起る現象を単なる現状の延長線上ではなく、幅広い変化の可能性を考えてシナリオを想定することが重要だ。
3.明治時代の未来予測~未来予測の成功例(その2)
1901年(明治34年)1月の報知新聞に掲載された「二十世紀の予言」(平成17年科学技術白書に紹介)では23項目中13項目が実現、7項目が未実現、一部実現が3項目である。実現した項目の例としては、「無線電信電話」「遠距離の写真」「7日間世界一周」「暑寒知らず」などが挙げられている。100年前の予測が現状をよく言い当てている例として引用されることが多い(表1参照)。これらをより詳細に見ると、次の3つの特徴が浮かび上がってくる。
「人々の欲求」と「技術をつくりだす努力」とが一致したときに、人類は100年という時間を有効に使って夢を実現させたことになる。
この事例で教訓とすべきは、明治時代の未来予測が「技術の将来をうまく言い当てた」ことよりも「当時の人々の欲求を素朴に、かつ正確に表現したこと」である。人々の欲求が強いことは、仮に実現した場合の経済的なインパクトの大きいことを意味するから、企業や研究者にとって技術開発のターゲットとして魅力的であることを意味する。長期にわたる技術予測で留意すべきは、「技術の進歩の予測」よりも「人々の欲求の強さ」にあるといえる。そして「環境と医療・生命科学」の課題は21世紀に持ち越されたことにも留意すべきであろう。
表1 1901年報知新聞の「二十世紀の予言」とその成否
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(出典:報知新聞1901年1月2、3日、科学技術白書平成17年版、内閣府イノベーション25戦略会議資料)
4.技術の延長線上を見る技術予測の限界
現在国レベルで行われている予測としては、科学技術政策研究所が1971年以降5年ごとに行っている「技術予測調査」(通称デルファイ調査)と、経済産業省が2005年以降毎年改定版を作成している「技術戦略マップ」がある。この2つの調査は2030年程度を想定した長期的な技術の発展を予測しているが、共通していることは、「現在の技術の延長上に何が可能か」を描いていることである。
より長期に「人間の欲求に根ざした技術の実現」という面からみると片手落ちの感が否めない。技術の進歩のドライビングフォースは「ヒトの欲求」であり、「技術」と「欲求」の2つを同時に見なければならない。実際、技術的には可能と思われる課題であっても誰もその実現に努力をしなかったという例がいくらでもある。とりわけ企業の長期戦略を考える場合には、単なる技術開発の延長線を見据えただけでは決定的に不十分である。社会がどのように変わり、人々の欲求がどのように変化するかを見定めることのほうがはるかに重要である。
5.21世紀の未来予測
それでは21世紀末にはどのようなことが実現しているであろうか。100年前と明らかに異なる点は次の3点である。
下記は筆者が客員教授を務める日本大学法学部大学院生による「21世紀末の予測」である。文科系の大学院生が考えた予測は、「技術」よりも「人の欲求」をベースにしているだけ、企業活動にとっては顧客の欲求のヒントになるものと思われる。
7.むすび
企業にとっての「経営戦略」や「技術戦略」を考える上で、未来の社会を予測し、これに応じた戦略を立案することが必要になる。米国IBMやドイツのシーメンスなどは自らの描く未来社会を積極的に公開し、社会全体に公表することによって企業のPRを行っている。わが国の企業も自らのめざす「未来の社会」をはっきり示すことによって戦略立案のベースとするばかりでなく、顧客の共感をも同時に獲得することを目指してもよいのではないだろうか。
(参考文献)
- (1)
- 報知新聞(明治34年(1901)年1月2、3日)
- (2)
- 科学技術白書(平成17年版)
- (3)
- 内閣府・イノベーション25戦略会議資料
- (4)
- IMD World Competitiveness Year Book 2007
- (5)
- 科学技術の中長期的発展に係る俯瞰的予測調査「デルファイ調査」報告書、科学技術政策研究所、2005年5月
- (6)
- 技術戦略マップ2007、経済産業省・独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、平成19年4月