コラム「研究員のココロ」
CSRとワーク・ライフ・バランスに思うこと
2007年10月05日 岡元真希子
1. はじめに
CSR(企業の社会的責任)というと何を思い浮かべられるでしょうか。法令遵守や内部統制、安全・安心な製品の提供や正しい情報の開示、環境負荷の軽減・環境にやさしい商品やサービスの提供などでしょうか。しかしこれらと並んで、従業員を意識した活動もCSRの取り組みに含まれています。「お客様は神様」といわれて従業員は後回しにされがちなこともありましたが、企業にとって従業員は顧客や取引先と同様に一つの重要なステークホルダーです。日本の人口は減少に転じており、その中でも労働年齢人口は急激に減少していくことが予想されています(国立社会保障・人口問題研究所 『日本の将来推計人口』(平成18年12月推計))。従業員あるいは、未来の従業員である学生などの要請に応えることによって、従業員に選ばれる会社となることは、企業の競争力確保の上で重要な柱の一つであるといえます。優れた製品・サービスで顧客に選ばれるのと同じように、働きやすい・働き甲斐のある会社で従業員に選ばれることが企業の原動力につながっていくでしょう。
2. 従業員を意識したCSR活動
従業員というステークホルダーを意識して企業が行う取り組みには、従業員が能力を伸ばしながら活躍し、やりがいを見出せるように支援すること、従業員が安全に働けるように職場環境を整えること、健康状態や残業の状態を把握しながら従業員の健康管理を支援すること、あるいは差別やハラスメントを防止することなどがあります。そしてそれらと並んで、従業員のワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を応援するという取り組みがあります。それは、CSRという概念が日本に紹介される前から、「仕事と家庭の両立」あるいは「子育て支援」といった表現で行われてきました。ただし従来の「子育て支援」が概して女性従業員を主眼においていたのに対し、ワーク・ライフ・バランスの「ライフ」には学校に通うことや地域活動・市民活動、あるいは趣味の活動なども含んでいます。
ワーク・ライフ・バランスの推進については政府も強い意欲を示しています。内閣府 男女共同参画局 男女共同参画会議の仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会や、厚生労働省による 男性が育児参加できるワーク・ライフ・バランス推進協議会などで注目して取り上げられています。背景には、身も蓋もない言い方になってしまいますが、「労働力が不足する社会で女性にも働いてもらえるようにしよう」「働いている女性には働きながら子どもを産み育ててもらい人口減少を食い止めよう」という意図がないわけではないでしょう。しかしこれは「ワーク」に関わる問題であり、実現には政府の旗振りだけでなく企業の理解と協調が必要になります。このために、これらの調査会・協議会の報告ではワーク・ライフ・バランスに取り組むことによって企業が享受するメリットをアピールしています。例えば、希望するライフスタイルを実現できる環境が優秀な人材を惹きつけることや、ワーク・ライフ・バランスを推進することが従業員の職場環境に対する満足感を高め、意欲と能力を引き出すこと、ワーク・ライフ・バランスの推進が業務配分の見直しや情報の共有化など仕事の効率化のきっかけとなることなどです。
3. ワーク・ライフ・バランスの推進の副次的効果
企業がワーク・ライフ・バランスに取り組むメリットは、上記のような優秀な人材の確保・従業員の意欲と満足度の向上・業務効率化だけでしょうか。私は、ワーク・ライフ・バランスの推進が、従業員一人ひとりを「アンテナ化」してステークホルダーの声を拾って事業活動に役立てるとともに、企業のリスク管理につなげることができるのではないかと期待しています。
すべての人があてはまるとは限りませんが、家庭あるいは自分のプライベートな生活を顧みない会社一筋の人は、受ける刺激が会社あるいは仕事関係からのものに偏りがちでしょう。しかし、仕事以外の「生活」を通じて違う人々に接することは、異なる新しい刺激を受ける機会につながります。CSRは幅広いステークホルダーを意識した経営であるという見方がありますが、そのためには、ステークホルダーの声を拾うアンテナが必要になってきます。仕事以外の生活という側面を充実させ、いろいろな人の声を聞き刺激を受けることによって、従業員の一人ひとりが、この「アンテナ」としての機能を果たす可能性が高まります。さらに、さまざま刺激を受けることによって、個人がよりクリエイティブな発想をできるようになるかもしれません。また、企業の中ばかりに目を向けていると気づかないような社会の要請・期待に、事業活動を照らしてみることで、企業としてのリスクに気づくことにつながる可能性もあります。
4.むすびに代えて
ワーク・ライフ・バランスを実現している個人は、CSR経営を実現している企業に似ているのではないかと思うことがあります。例えば会社勤めのお父さんは、生活を大切にすることによって、上司・同僚や取引先の声だけでなく、奥さんや子どもの声、自分の親や親戚の声、町内会の声、サークルなどの仲間の声にも耳を傾けることになるでしょう。もちろんその中には、応えられること、応えなくてはならないこともあれば、参考にとどめるようなものもあるでしょう。しかし少しおかしな表現になりますが、それをわざわざ「父親の家庭的責任」と言ったり「住民の地域的責任」と呼んだりすることはありません。人として、仕事の関係者だけでなくいろいろな人に囲まれてバランスをとりながら暮らしていく、ごくあたりまえのことだといえるでしょう。
その姿は、あたかも企業が経済的価値の追求だけでなく、幅広いステークホルダーの要請を受け止めながら、経営の舵取りをしていくのに似ています。そんなことを考えると、ワークとライフのバランスをとることは、経済的側面と社会的側面のバランスを取ることの縮図なのではないかと思います。