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コラム「研究員のココロ」

教育・ヘルスケアサービスによる地域活性化の考え方<第1回>

2007年10月01日 志水武史


1. 地域活性化につながる地方への移住・交流

 団塊世代の大量退職を迎え、シニア層の地方への移住・交流がトレンドとなっている。総務省国土交通省なども移住・交流促進に向けた取り組みを進めており、今日のわが国においては地域の活性化を図るために地域外からの移住・交流人口を増やすという考え方が定着しつつある。地域において移住・交流人口が増えることにより、地域内の消費・納税額等が増加し地域経済が潤うという図式が背景にある。
 地域の活性化に貢献してきた公共事業の実施や企業誘致そのものが困難になっている現状において、これらに代わりうる地域活性化施策として、移住・交流人口の増加につながる施策に国・自治体が注力するのはきわめて自然な流れであると思われる。
 問題はどのように移住・交流人口を増やすかという点である。地域内に集客力を持った観光資源や地域ブランド等を有する自治体においては、観光関連施策に注力することで一定の交流人口を確保することもできる。しかし、そうした地域資源を持たない自治体が移住・交流人口を増やすことは容易ではない。当の自治体が地域外からの移住・交流人口を増やしたいと考えたとしても、その地域に地域外の住民から見て魅力的なコンテンツがなければ移住・交流にはつながらないのである。

2.地域外から集客できる地域コンテンツ創出の方向性

 集客力のある地域資源を持たない自治体が、移住・交流につながる魅力的なコンテンツ、地域資源を創出するにはどうしたらよいか。これには、以下に述べるような2つの方向性が考えられる。
 一つは、「既存の地域資源の再評価」という方法である。従来の価値観にとらわれず、地域内の既存の地域資源について潜在的な価値を再発見・評価することでコンテンツを創出する方法である。それまで何も価値がないと思われるようなものが、外部の人間の評価や異なる価値観に基づく評価を通じて、これまでと違うまったく新しい輝きを放つということもありうる。
 筆者も一時期、某企業の地域ビジネスの立ち上げに1年間関わったが、その地域ビジネスの目指すところは、潜在的な地域資源(モノ、人、コト)を発掘し評価することによって、新しい付加価値を創り出そうとするものであった。たとえば、その地域に「何もない」ことが、かえって日本の原風景につながり、そこに「ふるさと感」を抱いて地域外からの移住・交流が生じ、新たなビジネス・チャンスが生まれるのである。実際、岐阜県東濃地域では、地域内の「道の駅」同士が連携し、「ふるさと感」や「日本の原風景」という視点で地域内の既存の地域資源を再評価し、ツアーの形で地域情報を編集、発信することで、中京圏からの顧客獲得に成功した事例もある。
 あと一つは、「生活サービスの付加価値向上」という方法である。外部の目を意識した地域資源・コンテンツを創るのではなく、今現在そこに住んでいる人々の満足度を重視し、地域住民の生活に密着したサービスの質を向上させることで、結果的に他地域の住民に「生活サービスの充実したその地域に住んでみたい」と思わせるようなコンテンツ(サービス)を創出するという方法である。
 今回、筆者が提案したいのは後者の方法である。ただ、生活サービスの向上とはいっても、行政施策として取り組む場合は予算制約もあり、すべての生活サービスの質向上が図れるわけではない。当然、予算制約を踏まえたうえでのメリハリが必要となる。筆者が注力すべき具体的なサービスとして考えているのは、「教育」サービスと「ヘルスケア(医療・介護に疾病予防・健康増進を含む)」サービスの二つである。

3.教育・ヘルスケアサービスが地域活性化に有効な理由

 移住・交流による地域活性化を考える上で、なぜ教育・ヘルスケアサービスが望ましいのか。主な理由を要約すると、以下の1~7のとおりである。
  1. 「生活上の必需サービス」;健康で豊かな生活を送るためのライフラインとも言うべき必需サービスであり、老若男女を問わずあらゆる住民層に訴求する(より良い教育・ヘルスケアサービスはより健康で豊かな生活につながると考えられる)。

  2. 「子育て世代への訴求効果」;孟母三遷<注1>の故事にもあるように、教育に対する意識・関心が高い子育て世代(現役世代=タックス・ペイヤー)ほど、教育水準の高い地域への移住の動機付けを持つ。

  3. 「民間主体の参入可能性」;公的主体の関与が大きい分野ではあるが、サービス提供主体として民間主体も参入可能であり(ただし、公的主体から診療報酬等のファイナンスを受けるためには、一定の基準を満たすことが必要)、高付加価値を持った多様なサービスの提供可能性がある。

  4. 「行政のリーダーシップの有効性」;教育・ヘルスケアサービスのファイナンスおよび供給において公的主体(行政)は重要な役割を果たしていることから、行政が教育・ヘルスケアサービスによる地域活性化を目指して主体的に行動すれば、地域内の当該サービス市場もそれに追従するものと考えられる。

  5. 「雇用確保の可能性」;労働集約的サービスであるため、地域内で一定数の雇用を確保することが可能であると考えられる(ただし、教員資格・医師資格等は必要)。

  6. 「企業誘致への間接的効果」;質の高い教育・ヘルスケアサービスを提供できる地域においては、質の高い労働力を確保することが可能であり、企業等の誘致にも有効であると考えられる。

  7. 「ハードに依存しない低コスト施策」;サービスというソフト面の高付加価値化であり、施設の整備等、ハード面の重要度・依存度は相対的に低い(自治体の施設整備費用は低く抑えられる)。
以上のような理由付け以前に、各自治体において教育・ヘルスケア分野は住民ニーズが強い重点分野として総合計画などの中に位置づけられているケースも多いが、同分野に注力することによって、移住・交流人口を増やすという戦略を明確にしている自治体はあまり見られない。その一因としては、教育・ヘルスケアサービスによる地域活性化(移住・交流人口の増加)の効果を測定しづらいということがあると思われる。
 岐阜県笠松町は、地域住民の小児医療費の自己負担分を自治体が肩代わりする乳幼児医療費助成制度を近隣自治体よりも手厚いものとしており、他の子育て支援関連施策と併せて地域の活性化を図っている。同町の人口は増加傾向にあり、特に若年世代の定住者数、出生数が増加している。ただ、その原因が自治体の乳幼児医療費助成制度をはじめとする子育て関連施策にあるのか、あるいは名古屋市や岐阜市に近いベッドタウンとしての地理的要因にあるのか必ずしも明白ではない。
 笠松町の事例のように、教育・ヘルスケアサービスによる地域活性化の効果を定量的に示すことは難しいが、上記の1~6の理由から、定性的にはある程度の活性化効果が見込まれる。予算規模も新たに施設等を建設するよりは小さいと考えられることから、なるべく費用をかけないで既存の施設やサービスを活かす形で地域の活性化を図りたいと考えている自治体は、もっと教育・ヘルスケア分野に注力する具体的な戦略を考えてみても良いのではないか。

以上(次回に続く)



<注1>孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいたが、孟子が葬式のまねばかりしているので、市場近くに転居した。ところが今度は孟子が商人の駆け引きをまねるので、学校のそばに転居した。すると礼儀作法をまねるようになったので、これこそ教育に最適の場所だとして定住したという故事。教育には環境が大切であるという教え。また、教育熱心な母親のたとえ。三遷の教え。(出典)大辞泉
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