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コラム「研究員のココロ」

M&Aこぼれ話

2008年03月03日 柴田 隆夫


 私がM&Aに直接、間接にかかわりをもつようになってから10年になります。10年前は、M&Aの年間成約件数は400件台と現在の10分の1程度で、「M&A」と言っても通じず、「合併や買収の話です」と言う説明をしなければなりませんでした。現在では、「M&A」「MA」で意味が通じるようになり、社会的な認知度も高くなってきています。また、HOW TOものの書籍などでM&Aを説明するものも多く、情報量は格段に多くなっています。

 今回は、このM&A関係で、普段あまり聞かない、書籍でもあまりふれられていない分野のお話を少々してみます。

1.「M&Aは事業拡大の早道」は間違い?

 しばしば、M&Aのメリットとして、この、「事業拡大の早道であり、新規事業展開に比較して短時間で実現できる」ことが記載されていますが、「本当?」と言うのが、偽らざる感想です。
 実際のところのM&Aの成功率については、定説と言えるものはなく、60%は成功していると言うものから、成功率は10%以下と言うものまであります。私はこの違いを「M&Aを行い、何らかのメリットがあったか?」とする質問には60%が「あった。」と答え、「M&Aの実行時点で思い描いていた結果を達成することができたか?」と言う質問には10%が「できた」と答えていることによるのだろう、と考えています。
 M&Aは特定の企業に集中する傾向がありますので、複数回実施している企業と、初回の企業を合わせた結果がこの数字とすると、M&A初回の企業の成功率はさらに下がると考えてよいと思います。

 すると、これから初めてM&Aを実施する企業が、早期の事業拡大に成功する確率は、極めて低いのでしょうか?
 誤解を恐れずに言うなら「YES」です。M&Aはそんなに「甘い」ものではありません。
 結局のところ事業の根本は「人」であり、人が作る「組織」「人間社会」であるといえます。この限定された人間による「社会」という意味で、「事業」とは本質的に閉鎖的な世界であり、「よそ者」がうまく運営することは至難の業、と言えます。「失敗するのが当たり前」と言っても言い過ぎではありません。
 私自身の経験でも、被買収側の従業員が旧オーナーと結託して大量退社したとか、買収側が被買収企業をマネジメントできずに再売却したなどの事例があり、それに至った原因は買われた側の問題と言うより、失礼ながら買った側の問題、「買収側のマネジメント能力の低さ」にあるな、と言わざるを得ないケースが多々あります。

 それでは、M&A未経験の企業は、M&Aをすべきではないのか?
 これは「NO」と言えます。昨今の状況から言って企業戦略上M&Aは「失敗を恐れず挑戦するだけの価値のあるもの」という位置づけになってきているものと考えます。
 また、企業経営者、経営陣にとって、「異文化」の組織をマネジメントする経験はそうあるものではなく、「経営能力」の開発と言う観点で貴重なものと考えます。たとえて言えば、初回のM&Aは「経営技術開発のための研究開発費」と位置づけられ、よしんばその「研究開発」に失敗しても、「次の開発=次のM&A」につなげられる、あるいは、自社の経営につなげられるものを得ることができるものであるかが重要です。「失敗に学ぶ」姿勢があれば、見返りは十分にある「投資」と考えます。ただし「研究開発費」ですから、初回のM&Aは企業の屋台骨を揺るがすようなものは回避するのが望ましい、ことに十分留意すべきです。

 また、M&Aの目的に「買収先の人材活用・確保」の視点があり、この目的の実現に努力することが、初回のM&Aリスクを低くする、と考えます。
 私の記憶が正しければ、10年以上前の話ですが、ある企業から登録されたM&Aニーズは、人事部が発信元であったはずです。ニーズの内容は「技術者が不足しており、技術者を確保したい。技術のある会社を確保したい。赤字企業でも技術力があればかまわない」というものでした。当時のM&Aニーズは、ほとんどが企画部門からのもので「多角化」を目的とするものが多い中で、ニーズの出所もその内容も異彩を放つものでした。目を引くと同時に、同社のM&A成功の秘訣の一端がこのM&Aニーズに現れているな、と感じました。

 条件の最後の「赤字は問わない」と言うのは、イコール自社で立て直してみせるという自信の裏返しであり、すべての企業のM&Aに当てはめて考えることはできませんが、前半部の「人、技術」の活用と言う視点は、基本的な条件としても良い、と考えます。
 「人の活用」を考えれば、たとえば買収後、社員の退社が起こったのでは、M&Aの目的が達せられないことになり、買収成立直後ないし、成立以前からでも、この点への配慮を行うことが重要になります。これは、M&A不調の大きな要因となる「被買収会社と買収会社のコミュニケーション不足の問題」を未然に防ぐ効果も期待できると考えます。

2.M&A業者は「選択」するものか?

 ものの本には「良いM&A業者を選択する」ことが、M&A成功のポイント、と記載されていることがありますが、私は特に買い側のM&Aのポイントは「能力の高いM&A仲介の担当者に選択される企業になること」だと考えています。企業側はM&A業者を「選択」しているつもりかもしれませんが、逆に業者から「選別」されているという視点も忘れてはいけないことだと考えます。

 これは、M&A仲介の市場の構造と、M&A業者の雇用形態が影響しています。仲介市場は字のごとく、売り情報と買い情報を仲介するものであり、この「情報の仲介」をM&A業者が担っています。そして、業者の雇用形態は「実績給=成約手数料額に比例する給与体系」であることが多くなっています。
 とすると、M&A仲介業者の情報取り扱いの基準は「手数料収入が確保できる可能性の高い先に情報を提供する。」と言うことになります。こうなると自然と、過去実績があり、手数料などもトラブルのなかった先に良い情報は集中することになります。
 また、持ち込まれた情報は、部門長が決めるというより案件の担当者が主導権を持つため、優秀なM&A担当者に「この企業は情報提供する価値がある」と認識させることが重要となります。
 私が仲介業務に従事していたころは、買いニーズ登録は1000社以上あったはずですが、実際の情報提供先として私の頭の中にあったのはせいぜい20社程度でした。案件情報が寄せられた場合、まず、案件がこの20社程度の候補先に合致するかを判断し、対象がない場合、改めて登録ニーズの中から対象先をピックアップしていました。
 ですから、同じ買いニーズを登録していても、優先される先とその他の先との間には非常に大きな情報量のギャップが存在するといって過言ではないと考えます。

 では、どうしたら条件の良いM&A情報が集められるか?ですが、一番は、実績をつくることに尽きると言えます。しかしこれは、前項で述べたとおり、成功確率が高いとはいえないものであり、闇雲にM&Aに手を出すことはお勧めできるものではありません。

 次善の策としては、まず、意志決定者ないしそれに近い人物が、M&A業者とコミュニケーションし自社の戦略や方針からM&Aに対する考え方を伝えることが大切になります。しばしば、M&A案件について、担当者⇒管理職⇒部門長⇒役員⇒社長という通常の意思決定ルートで検討する企業がありますが、M&A担当者としてはもっとも情報を持ち込みたくない先と評価します。時間を要しますし、このような検討ルートでは前向きな結論は期待できないためです。このため、このような先に、有望な情報が提供されることはほとんどありません。
 しかし、社長ないし社長直属の役員クラスが情報を分析し判断する先には、少々ニーズと違っているかもしれないと思いながらも、短いリアクションタイムで回答が受けられるという期待感もあって、案件を打診するケースが増えます。この結果、企業側が受け取る情報量が増え、成約確率も高まります。

 また、会社の考え方や戦略、方針が明確であれば、少々内容の悪い案件でも、対応能力の高さを期待して、打診するケースも出てきます。これも会社の受ける情報量を増やしていると言えます。
 一方、情報が欲しいために、何でもいいから案件を持ってきて欲しい、と依頼されるケースがありますが、これは逆効果になります。社会一般の経験則から言って「何でも可」は「何でも不可」であるケースが多く、M&A分野で考えても、「何でもOK」=「判断基準なし」と言うことで、決断できない、検討に時間を要する先であるケースが多く、「情報持込回避先」とされてしまう可能性が高くなります。

 もし、貴社が、M&Aの推進希望を持ち、業者に声かけしているにもかかわらず、情報がない、質が良くないという状況で、同業他社ではすでに複数のM&Aが成立している場合は、もしかすると業者から「逆選別」されているのかもしれません。

3.買収後のアドバイスを仲介業者がやらない理由

 M&A仲介業者は原則として買収や合併後の事業統合のための活動には関与しません。「買収成立後は、貴社で対応してください。」と言うのが普通です。

 これは、「M&Aは成立させるまでが困難であり、成立後の運営は容易である」事を意味するものではありません。むしろM&A成立後の運営のほうがはるかに困難であり、仲介する業者としてはトラブルに巻き込まれたくないため、成立後に関与しない、との判断の結果と理解すべきです。

 時に、このようないわゆる「アフターMA」を心配して、「アフターMAまでケアして初めてM&Aの仲介だ。」とおっしゃる企業にあたることがありますが、こうした企業は、M&Aの可能性を自ら潰していると思います。
 経験から言っても、トラブルやいわゆる「手離れの悪い」案件は、担当者の成績確保の上では大きなマイナスになり、実績連動給の場合受け取る給与にもろに跳ね返ります。このため、優秀なM&A担当者であれば、トラブル可能性のある先には情報を提供すること自体を回避します。このようなリスクのある企業に情報提供するのは、実績が上がらず苦労している担当者が多いと見ています。
 M&Aを推進し成功させていくうえでは、「M&A成立までは業者に依存するが、成立後は、自社の責任。」であることを認識することも大切と考えます。

 以上、どちらかと言えばM&Aの「影」の部分を描いておりますが、一方で、「M&A」の企業成長戦略上の選択肢としての重要性は、今後強まりこそすれ、弱まることは無いと考えます。
 一見華やかなように見えますが、M&Aは「企業の経営能力」をあからさまに示す「リトマス試験紙」のようなもので「甘いもの」ではありません。失敗するのが当たり前なほど困難な仕事」であることを認識した上で、「腹をくくって」かつ「積極的に」食いついていくことが成功への道につながると考えます。
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