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コラム「研究員のココロ」

すべては組織風土の変革のために(7)~エンプロイアビリティ(雇用される能力)からアラインメント(育成目的での仕事の配分)へ~

2008年03月03日 水間 啓介


1.エンプロイアビリティは何処に?

 以前盛んに耳にしたエンプロイアビリティ(雇用される能力)という言葉を、景気回復基調の中で耳にしなくなったような気がする。デフレスパイラルの中で、‘リストラされない能力’という意味づけがなされていたためであろうか。しかし、好況・不況の枠の中で論じるのではなく、工業化社会から情報化社会への進展に伴う会社と個人のあり方の大きな変化という潮流の中で捉えることが求められよう。終身雇用といえば日本的経営の大きな特徴であるが、グローバル化・スピード化が進展する現在そして将来を展望すると、社員の勤める30~40年間にわたり安定して雇用され続けることの困難性が増すものと考える。

 工業化社会の高度成長期の日本では、長期の雇用保障を会社が提供するのと引き換えに、社員が会社に忠誠を尽くし、専門性を高めることで応えてきた。しかし、終身雇用が主流であったため外部労働市場が未成熟であり、市場価値の高い専門性よりも自社でしか通用しない能力(我が社のやり方をいち早く体得し、要領良く立ち回る能力など)が重視されてきた。終身雇用が危うくなったデフレの時期になって、社外でも通用する能力としてエンプロイアビリティが盛んに叫ばれたというのが実情だと考える。

2.人材流出防止から、人材輩出という発想への転換を!

 会社は、自社にしか通用しない能力開発をすることで、人材の流出を防いだ。いや、終身雇用が当たり前の日本的経営のもとでは、人材の流出など念頭になかったと言える。それが会社全体の競争力を高めることにはつながっていたかどうかを問わなくても、高度成長の潮流の中で覆い隠されてきた。しかし、競争のペースが緩やかであった効率重視の工業化時代とは異なり、これからの知識創造型の情報化社会のもとでは、人材の流出を防ぐような人材育成策は、その会社を一層魅力に欠ける会社にする。人材の流出よりも以前に、優秀な人材が近寄らなくなる。“人材流出”というネガティブな響きのある言葉から、“人材輩出”というポジティブな響きの言葉に変えるのが望ましい。優秀な人材の流出を容認するぐらい人材の育成に熱心な企業に、優秀な人材は惹きつけられるし、社外でそれほど人材育成に優れた企業がなければ、優秀な人材は自分の会社に惹きつけられて留まろうとするだろう。

 成果主義人事制度を導入して、業績に貢献した社員に報いようとする企業は増えてきたが、中長期的に会社の業績向上に結び付いている制度かどうかという視点で捉える必要があろう。現在の業績に貢献していると目に見える人に報いていることが、果たして将来の会社業績に結び付いているのかどうか・・・。普通の人がずば抜けて会社に貢献できる、そんな組織風土をつくることができなければ、明るい未来は描けまい。

3.コンピテンシー評価のあり方を見直そう!

 評価制度の目的について、昇給・賞与で差をつけるためという考え方と、人材の育成のためという考え方の2つがあるが、日本では報酬面で格差をつける方に重点が置かれているような気がする。米国では、人材育成のための評価も同等に重視されていると思われる。人を育成しないで成果を出せるわけではないので、社員に仕事の成果を問う代わりに、会社側は人材育成の機会づくりの責任を負うというのが公平な考え方であろう。人を育成するには、その人の現在の能力がどうなるかを知る必要があり、その把握のために行うのが評価という考え方である。評価制度の目的が、報酬面で差をつけるためのものと、人材育成を効果的に行うためのものとでは、その性質は違ったものになってくる。

 成果につながる行動を分析してレベル設定をするコンピテンシー評価は本来、人材育成のための評価にふさわしく、報酬面での格差をつけるための評価にはそぐわないものと考える。また、コンピテンシーによる詳細な評価制度を作っても、序列づけが先行して結果が先にありきで(先にS・A・B・C・Dが決まってしまい)、評価シートの評価基準は顧みられないという事態も生じていると聞く。時間をかけて評価制度を作り、実際の評価に多大な時間と労力をかけてやっているにもかかわらず、従来と評価はあまり変わらない。詳細な評価シートがあれば、いい加減な評価はしないだろうという自己満足だけはあるかもしれない。社員の側から見ると、コンピテンシー評価で、事細かに弱点を暴かれ、そのために評価が悪く、昇給・賞与は少ないということで萎縮してしまう。1回だけで挽回が利くならまだしも、毎年評価者が同じで評価も毎年同じということになれば、自信喪失につながり、人によっては精神的に病んだり退職したり、厚かましい人は眠ったふりをして居直りといったマイナスの事態が生じてしまいかねない。コンピテンシー評価は、社員本人が自分の強み・弱みを理解し、強みを伸ばしたり弱みを改善したりするための指針に使うべきであろう。

4.アラインメント(育成目的での仕事の配分)に目覚めよう!

‘コンピテンシーによる人材育成’万能論に対して、本国アメリカでさえ異論が唱えられている。仕事のやり方は人様々であるし、誰にでも得手なものと不得手なものがあり、コンピテンシーで画一的に社員を序列づけすることは、かえって特定の才能の発揮の機会を奪うことになりかねない。すぐれた業績を上げている人の行動特性を分析して、あたかもクローン人間を造るように育成するというやり方に疑問の目が向けられているのであろうか?

 ここで提案したいのは、アラインメント(育成目的での仕事の配分)という考え方である。本人の強みを活かして上司が仕事を与えて、強みを更に伸ばさせて自信に変え、社員の意欲を引き出す。弱みは気付かせても、弱みの克服を迫って自信を喪失させるべきではない。弱みが職場の特性と相容れないものであるときには、当該職務を任せるべきではない。ミスマッチが生じれば本人の意欲は減退するし、会社にとっても損失になってしまう。アラインメントに向けて必要だと考える3点を申し上げたい。

(1)部門あるいは部署単位で、どのような職務経験がどのように社員の意識改革につながり、どのように能力が開花したのかの“見える化”を試みること。

(2)有能な人材に対しては、社員本人の意思を確認しながらも人材育成につながる仕事を配分し、新たな経験を積ませるよう導くこと。

(3)そのようなチャレンジを試みる社員に安心感を与えるように、会社としてのサポートを行なうこと。

 目先の成果を重視する人事制度では、部署内で上司が優秀な社員を囲い込んで手放そうとしないという事態が発生しがちである。有能な人材に更に磨きをかけることができないということは、会社にとって大きな損失であろう。また、有能な社員に対して単に「有能だ!」と褒めていても、本人にとっては不満が鬱積しているかもしれない。もっと他に自分の能力を開花させてくれる会社があるのではないかと考え始めるかもしれない。目先の成果(業績)は勿論大事であるが、将来の成果をもたらすための人材育成にどう取り組むかで会社の将来が決まってくる。
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