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コラム「研究員のココロ」

2007年問題の処方箋(Ⅲ)
~IT化や設備投資で技能伝承以外の道を探る~

2007年07月23日 吉田賢哉


 前回は、内製志向を持って人的資源の確保・強化を進めて、自社の若手への技能・知識伝承を行うことによる2007年問題の解決法を考察した。
 今回は、内製志向は持ちつつも、伝承とは異なる解決の道を考えていきたい。

(1)自社の競争力の源泉は何なのか検討する

 ベテランの持つ技能や知識は、一度失われると再び獲得することが非常に困難である。それゆえ、若手への伝承をとにかく進めようと考えてしまうことには一理ある。しかし、何故伝承を進めなければならないのかを今一度再考願いたい。
 そこで、ベテランの技能・知識が関連する自社の事業・サービスに対して、以下のような問いかけを行った場合、どのような答えを思いつくであろうか。
  • 事業・サービスのどのような点が、競合他社より優れているのか。

  • 事業・サービスのどのような点が、取引先・市場から評価されているのか。

  • 事業・サービスのどのような点が、代替的・類似的なものよりも優れているのか。

  • 事業・サービスのどのような点が、継続的な展開が可能であると感じさせるのか。

    ・・・・・・
このような問いかけによって、「ベテランの技能・知識が関連する自社の事業・サービスの本質」が明らかになってくる。上記を一例として、読者ご自身で思いつく問いかけがあればそれらも加えて答えを考えて頂きたい。その上で、全体としての結論も考えて頂きたい。
 どのような答えが出てきたであろうか。
 例えば、個々の問いに「自社の技術が優れている」という答えが浮かぶことが多かった場合、全体としては「自社のベテランの技能・知識によって支えられた技術の価値が市場に認められており、自社のベテランが持つ技能・知識は競合他社よりも優れている。自社の競争力の源泉は他社に対する技術的な優位性である。」というようにまとめることができるかもしれない。
 このような問いかけは製造業に限った話ではなく、サービス業でも可能であり、「自社の営業力が優れている」という答えが浮かぶことが多かった場合、全体としては「自社のベテラン営業マンのノウハウに支えられた営業力が市場に認められており、自社が長年蓄積した営業ノウハウは他社よりも優れている。自社の競争力の源泉は他社に対する営業力の優位性である。」といったまとめが導き出されることもあろう。
 これらのような答えが出てきた場合は、若手への技能・知識伝承を行うに値すると考えても良さそうである。
 しかし、見えてきた本質が「技術力」や「営業力」であった場合には、結論を鵜呑みににしないよう注意した方がよいかもしれない。何故ならば、技術力と営業力は、企業の競争力を考える際に頻出する言葉であり、結論が本質まで切り込めていない危険性があるからである。いくつかの問いかけを通じ、以下のようなキーワードに心当たりはなかったであろうか。
  • 「低価格が評価されている。」

  • 「最新のニーズを把握し、それを素早く商品化することに優れている」
  • 「顧客のどのようなリクエストへも柔軟に対応可能であることが評価されている。」

  • 「発注から納品までの迅速な対応が有効に機能している。」

    ・・・・・・
上記は、筆者がベテランの技能・知識を重要視する企業の方と、競争力の本質について長時間議論すると出てくることが多いキーワードである。最初は技術力を本質に挙げた企業の結論が、議論を重ねる中で変化することは少なくない。例えば、自社の強みを技術力であると漠然と考えていた企業が、議論を通じて、顧客の要望への柔軟な対応力が市場から評価されると気づく場合などがある。(もちろん、いくつかの企業では、最終的な結論が技術力や営業力となる場合もある。)
 このように自社の競争力の源泉・本質を深く掘り下げることによって、「『技術力や営業力が重要』⇒『長年培ったベテランの技能・知識が不可欠』」という発想に安易に陥ることを回避できる。すなわち、一見ベテランの技能・知識に直結しないような競争力の本質を検討することで、暗黙のうちに伝承を進めようとする心を落ち着かせることができるようになる。

(2)ベテランの技能・知識でなければ競争力を維持できないのか検討する

 さて、ベテランの技能・知識が関連する自社の事業・サービスの本質が明らかになったとして、その本質は、ベテランの技能・知識によって支えられているであろうか?言い換えると、ベテランの技能・知識が関連している事業・サービスではあるが、競争力の源泉は実はベテランの技能・知識とは関係がないものであったということになっていないであろうか?
 筆者との議論を通じて、技術力や営業力以外を競争力の源泉・本質として掘り下げた企業の方は、途端に、「必ずしもベテランの技能・知識が競争力には必須ではない。」と気づくことが少なくない。(もちろん、いくつかの企業では、自社の強みを「柔軟性と短納期」と掘り下げた上で、やはりベテランの技能・知識が重要と判断する場合などもある。)
 例えば、ある中堅製造業は、「ベテランによる高度な加工品」よりも、「急な発注への対応品」の方が売上への寄与が大きいことに気づき(競争力の源泉は短納期であった)、高速な加工を行える機械の導入を進め、その機械を操作できる社員の数を増やすことにして、売上を拡大した。
 ベテランの技能・知識は、自社の事業・サービスに少なからず貢献する。しかし、もっと貢献している他の要素に気づくことができたのであれば、それに注力して、資金や時間などの経営資源の投入をより効率的にするべきであろう。

(3)あえてベテランの技能・知識の代替手段を検討してみる

 ここまでの検討を通じ、ベテランの技能・知識が重要だとわかった場合、ここであえて代替手段を検討してみよう。ほとんどの場合、コスト面などを無視すれば、ベテランの技能・知識は何かしらの手段で代替することが可能である。
 事業・サービスの本質がわかった上で、代替手段の可能性を検討することで、今まで思いつかなかった事業展開が見えてくるかもしれない。
 例えば、ある部品メーカーは、自社の強みは、複数のベテランの多能工(様々な仕事をこなす能力を持つ人物)が顧客からのリクエストに柔軟かつ迅速に応えることができ、どのような部品でも作ることができることだと考えていた。
 そのような状況にあっても、この部品メーカーは、あえてベテランの技能に頼らないようにしようと検討した。受発注のIT化を推進して、迅速さを確保しようと試みると共に、Webページでどのような部品でも作れることを紹介するために典型的な部品を整理・分類していたところ、今まで以上に部品に共通する加工があることに気づき、半製品を増やして事業を合理化できると可能性があると判断するに至った。また、IT化への理解を深める中で、CAD(コンピューターを用いた設計)への対応を強化することで、取引機会が大きく拡大する可能性があると判断するに至った。
 このように、代替手段を検討することで、自社が持つ可能性を改めて知ることができ、場合によっては、代替を進めなくとも、売上拡大を実現する何かしらの施策を発見することができるかもしれない。

(4)総合的・合理的に伝承と代替のどちらを選ぶか判断する

 代替手段を検討したならば、ベテランの技能・知識の持つ特徴が今まで以上に明確化されていることであろう。最後に、ベテランの技能・知識の伝承と代替の判断を下すこととしたい。
 何も検討を重ねずに判断を下そうとすると、「コスト」とベテランの技能・知識の「機能・価値」だけを基準にしてしまいがちである。この2つの視点は非常に重要ではあるが、ベテランの技能・知識が関連する自社の事業・サービスの存続・発展といった中長期的な観点に立てば、他社への競争力維持という意味で「希少性や模倣困難性」(現状ライバルが少ないか、模倣されにくいか・将来的なライバルが少ないか)といった視点や、今後の事業の発展という意味で「他事業応用の可能性」といった視点も無視できない。
 このように、複数の視点を導入して、様々な角度から検討することで、より良い意思決定を下すことができるようになるであろう。
 冒頭で述べたように、ベテランの持つ技能や知識は、一度失われると再び獲得することが非常に困難であり、ついそれを守りたくなる。
 しかし、自社の存続・発展という視点で検討すれば、自社で伝承するだけでなく、IT化や設備投資で技能伝承を代替する方法も有力な選択肢として捉えることができるはずである。思い入れのある自社の歴史や伝統から一歩引いて考えて、残すべきものは残しつつも、必要に応じてベテランの技能・知識を代替することは重要である。
 ここまでの、自社でベテランの技能・知識を伝承するか・代替するかの検討は、下図のようにまとめられる。

【図表】自社でベテランの技能・知識を伝承するか・代替するかの意思決定フロー



 今回は、2007年問題に対する「内製志向を持ちつつも、伝承とは異なる解決法」を取り上げた。自社にとって大切なことを見極め、ベテランの技能・知識を、残していくのか、変容させていくのかを考えていくことは重要である。
 ところで、2007年問題への対処は、必ずしも自社のみで進めなくてもよい。次回、内製志向にこだわらない、他社との連携を通じた2007年問題の解決法を考えていく。

<参考文献>
海老澤栄一,「生命力のある組織」,中央経済社,1998.
ジェイ・B・バーニー,「企業戦略論(上・中・下)」,ダイヤモンド社,2003.
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