「地球温暖化を生き抜く賢い消費者に必要な10のこと(前編)」に引き続き、残りの5つのポイントをハウツー形式で解説する。前半は精神論(不都合な真実を見ろ!)から生活に近い話題に触れており、後半は徐々に仕事や投資など影響の大きい分野を対象としているので、できれば前編からお読みいただきたい。なお、コラムの目的上、断定的な表現にて説明をしているが、これらは全て個人的な見解であり、私および(株)日本総合研究所として例示している行動を積極的に推奨しているのではない事とこれらの説明を参考にされた結果、発生した損害について一切補償しないことをご了承頂きたい。
6. 公共交通機関と自転車あるいはプラグインハイブリッド自動車に乗る
地球温暖化を防止するためには化石燃料を燃焼させない事が重要である。しかし、産業活動には化石燃料が欠かせない。特に鉄鋼や窯業など生産財を製造している産業では、二酸化炭素を大量に排出する石炭の利用が避けられないため、仮に温室効果ガス排出量が大きく制限される状況下でもこれらの産業では一定量の排出が許される可能性が大きい。
そのような状況下では、例えば日本における温室効果ガス排出量を50%削減するというような目標が設定された場合、「贅沢品的な」自家用車の利用は制限あるいは追加的な税金により間接的に制約される可能性がある。人口の減少局面に入った日本では、今後は住む場所もある程度は自由に選択できる様になる可能性が大きい。地球温暖化を生き抜くためには、コンパクトシティ(注1)の構想にもある様な駅、あるいは公共交通機関を中心とした「住み方」を考えるべきである。既にこのような都市はEST(注2)という概念として富山市などで実現化されている。
コンパクトシティであれば、普段の移動は公共交通機関と自転車で事足りる。仮に高齢者の移動に自動車が必要な場合でも、プラグインハイブリッド自動車(注3)の様な電気を使う事の出来る自動車を利用することで個人の移動に伴う化石燃料の使用とそこからの温室効果ガス排出を大幅に抑制できる事から、政策的にも優遇されると考えられる。
7. 仕事を見直す
地球温暖化は、私達の仕事にも大きな影響を及ぼす。影響の及ぼし方は大きく分けて二つある。一つ目は地球温暖化により、直接的に気候・自然環境が変化する影響である。例えば観光・レジャー産業に従事している場合は、雪が降らなくなる事でスキー場は営業できなくなるし、海岸沿いの風光明媚な風景が売り物の地域では、海面上昇+台風により風景が破壊される事で観光資源を失い、観光客が減少する。また、農業では、例えば虫が受粉を助けている場合は、開花時期と虫の活動時期がずれる事で生産量が激減する事も想定される。
地球温暖化により良い影響(例えば、北海道の様に寒い地域では観光できる期間が長くなり、観光客が増加するなど)も想定されるが、良い事も悪い事も含めて自然環境の影響を受ける業種では、地球温暖化により自分の仕事へどのような影響があるか、シナリオとその対応策を考える事が重要である。
二つ目は企業の地球温暖化への対応力による競争力への影響である。地球温暖化は徐々にではあるが、確実に我々の生活に影響を及ぼす事から、サプライチェーンの初めから終わりの全てのフェーズにおいて、企業の振る舞いが意識される様になる。その際に地球温暖化を前提とした商品・サービスを提供できている会社と、そうでは無い会社では取引先や消費者からの評価に大きな差が生じる事になる。
最近、私は多くの企業と地球温暖化の防止や自社の温室効果ガス排出削減について、どのように考えているか意見交換を進めている。その結果としては、企業のマインドはきれいに二つに割れており、政府からの規制がない事を理由として、特別な対策を考えていない企業と2020年や2050年に向けて大幅に温室効果ガス排出削減を行いつつ、企業として成長していく方法を模索している企業に分かれる。自社の成長性を考える上で、社長や幹部が地球温暖化についてどのような意識を持ち、具体的にどのような取組を行っているか、今一度、調べてみる事が重要である。
8. 投資を見直す
「仕事を見直す」において説明したのと同じ理由により、地球温暖化は投資にも影響を与える。現状では、地球温暖化と言えばSRIファンドの様な環境意識の高い企業との関係性のみで語られる事が多い。しかし、地球温暖化は投資リスクとして認識されつつあり、確実に様々な金融商品に影響を与えていく事になる。したがって、SRIファンドに限定されている状況から、地球温暖化に対して意識の高い企業が牽引する形で、様々な金融商品において地球温暖化を前提とした商品提案がされると見込まれる。
例えばREIT(注4)は、不動産の運用成績を高める事で投資家に配当するため、REIT運営会社は少しでも賃料を上げ、少しでも経費を削減しようと努力している。再生可能エネルギーや高価な省エネルギー機器の導入などの地球温暖化への対応は、表面的には単なる経費の増加でしかない。しかし、これを「付加価値」として賃料アップへつなげる事が出来るREIT運営会社であれば、長期的に高い運用成績が期待できる。また、排出権価格に連動した債権など、今後、需要が高まっていく排出権という「商品」に関連づけられた金融商品も成長性が高いと考えられる。
投資は「絶対に儲かる」事が無いため、一概には言えないが、ファンドマネージャーや証券会社の地球温暖化への理解や、今後20年間程度の政治・政策のトレンドをどのように考えているかが、運用成績に影響を与えると考えられる。地球温暖化は、投資リスクとして捉えると制度リスクや災害リスクなど多様なリスクを内包しており、特に中長期的な運用を考える場合には、その商品が地球温暖化の観点からどのように評価されるかが重要になってくる。
9. 時間を見直す
ホッキョクグマは北極の海が凍る時期に、氷の上でアザラシを襲って食べる事で体に脂肪を蓄えている。北極の海の氷が溶けている時期は、陸地で狩りが出来ないので、ほぼ何も食べずにやり過ごしている。地球温暖化によって北極の海が凍る期間が短くなってきており、それに伴いホッキョクグマが狩りを出来る期間も短くなっている。そのため、餓死するホッキョクグマが増加しており、2006年に絶滅危惧種に指定された。
ホッキョクグマの様に、地球温暖化との因果関係がわかりやすい例の他にも地球温暖化により植生が変わったり、季節風の流れが変わったりと様々な自然の変化が起きると考えられる。このような自然の変化により、例えば前出のホッキョクグマは、北極に行っても見る事が出来なくなり、そもそも北極において氷を見る事が出来なくなる。あるいは気象が変化し、降雨量が大幅に増加する事で貴重な文化財が破壊されたり、海面上昇でベネチアの様な海抜の極端に低い街が水没するなど、動物・自然・文化財を問わず様々なものが地球温暖化により「見られなくなる」事が考えられる。
ツバルの様な海に沈もうとしている国をわざわざ見に行く事が良い事であるか意見が分かれると思われる。しかし、美しい自然や貴重な遺産など私達の文化を形成していたものの一部が数十年のうちに失われる可能性があると考えれば、地球温暖化が悪化する前にこれらを自分の目で見ておく事は十分に意味のある事と言える。
図 ホッキョクグマ
出典:U.S. Fish and Wildlife Service・
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
10. 情報の感度を高める
「地球温暖化が起きているのではないか?」、「このままで将来、大変な事になる」という事が言われ始めたのは、実は20年以上も前の事である。当然、当時は現在の様な地球規模でのシミュレーション結果もなければ、二酸化炭素の増加・氷河の後退・海水面の上昇などを客観的に証明するデータも不足していたため、学説の一つという扱いではあった。しかし、徐々に科学的知見が集積されるに従って、確からしさが増し、今では新聞やニュースで地球温暖化の単語を見ない・聞かない日が無い状態となった。
20年前から地球温暖化について知っている必要はないが、現在の様に地球温暖化に対して世界的な関心が集まっている状況では、日本や世界が何を考え、何をしようとしているのかを知っておく事は、地球温暖化を生き抜く賢い消費者には非常に重要である。特に日本は、企業への強制的な排出枠の割当とそれを補完する排出権取引制度の導入や再生可能エネルギーの普及に関して欧米と比較すると消極的であり、その結果としてこれらについての情報も欧米と比較して少なくなっている。
地球温暖化は人類の生存に関わる大きな政治的問題であると同時に、私達の生活に「本当に」影響を与える「自然現象」でもある。この「地球温暖化を生き抜く賢い消費者に必要な10のこと」では、やや大げさに説明している事もあるが、10年・20年の時間単位で見れば、私達の仕事・お金・住宅・健康等の多くの面において地球温暖化は影響を与えると考えられ、ツバルが沈むことの様に他人事では済まない事態となる。
人間は「本当に」影響を受けるまで行動に移せないものであるが、地球温暖化に関する情報の感度を高め、自分・企業・政府・社会が何をすべきか考え、実行する事が最も重要であると感じている。
- 注1 コンパクトシティ:
- 「住」も含めた様々な機能(「職」・「学」・「遊」等)を都市の中心部にコンパクトに集積することで、中心市街地活性化等相乗効果を生もうとするもので、都市の拡大により可住地を増やし続け、人口を増大させる方策を取って来た従来の都市計画に対して見直しを迫る考え方(出典:日本政策投資銀行ウェブサイト)
- 注2 EST:
- Environmentally Sustainable Transportの略。OECD(経済協力開発機構)が提案する新しい政策ビジョンであり、長期的な視野で環境面から持続可能な交通ビジョンを踏まえて交通・環境政策を策定・実施する取組み。人々に対し未来の交通のあるべき姿を示すことにより、人々の意識改革を促し、環境負荷の少ない交通行動や生活様式を選択するよう働きかけを行っている。参考:ESTポータルサイト(http://www.estfukyu.jp/) (出典:環境省ウェブサイトに一部加筆)。
- 注3 プラグインハイブリッド自動車:
- 家庭用のコンセントから充電可能なハイブリッド自動車。20~30キロ程度の移動であればバッテリーの電気のみで走行可能であり、万が一、電気が無くなってもガソリンで走行できる事から電気自動車の問題点を解決しつつ、ガソリンの消費量を削減できる自動車として注目されている。
- 注4 REIT:
- 金融商品の一種で、不動産からの家賃収入あるいはその売却益を投資家に配当する商品。投資先としてはオフィスビル・商業施設が中心となる。【読み】リート