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コラム「研究員のココロ」

これからの人材育成、人材マネジメント
~社員のキャリア開発支援の視点~

2007年07月09日 君島 一雄


1.人事制度の変遷とこれからの人事制度

 年功職階制から今日の成果主義、さらには筆者が考えるところのポスト成果主義までの流れについてまとめてみると、図1に示すようになる。ご承知のように1990年前後を境に日本企業の人事制度の主流がこれまでの職能資格制度から成果主義に変わってきた。能力主義人事制度であったはずの職能資格制度が年功的に運用されてきたことによる弊害が目立つようになり、さらにバブル崩壊後、企業の経営の建て直しが求められるようになった1990年代以降、成果主義人事制度が急速に普及きた。そして今日、下記に述べるような理由によりこの成果主義が過渡期に差しかかっているではないかと考えられる。

図1 人事制度の変遷
図1 人事制度の変遷


 成果主義人事制度は、従来の年功型の能力主義を成果に応じた評価・処遇制度に変えるということで、まずは所期の目的を果たしたといえる。特に賃金水準の見直しや処遇を成果見合いにするといった観点で、その目的を果たしたといえるだろう。一方で成果主義の弊害も目立ってきている。個人業績により処遇格差を拡大するということが果たして個人の働きに対して正当に報いることになるのか、個人としての納得感とか公平感に果たしてつながっているのかといった疑問の声が出てきている。さらには、そもそも成果を評価してそれに対してインセンティブを働かせるという考え方自体に合理性があるのかという疑問も投げかけられている。例えば業績の悪い事業部の場合どのようにモチベーションを高めるか、あるいは戦略の失敗によって業績が落ち込んだとき社員にどうやってモチベーションを持たせるか、といった課題に対する答えを成果主義は持ち合わせているようには思えない。つまり、成果主義そのものが限界に来ているのではないかと考えられる。むしろこれから取り組むべきテーマというのは、社員一人ひとりが成長感を感じられるような人材マネジメント、すなわち、仕事自体に対するやりがいを感じることができるとか、創造性を発揮できるといったような個人の内発的な動機づけに焦点を当てた人材マネジメントをいかにして行うかということになるかと考えられる。
 成果主義をやめるということではなく、成果主義の良い面を残しながら社員のキャリア開発に焦点を当てた人材マネジメントが求められる時期になっているのではないかなと筆者は認識している。

図2 成果主義人事制度の問題点とこれから求められること
図2 成果主義人事制度の問題点とこれから求められること



2.会社と社員の関係/事業特性・人材特性に応じたキャリア開発施策への展開イメージ

 図3は、会社と社員の関係や事業特性・人材特性に応じたキャリア関連施策への展開についての考え方をまとめたものである。

図3 会社と社員の関係/事業特性・人材特性に応じたキャリア開発施策への展開イメージ
図3 会社と社員の関係/事業特性・人材特性に応じたキャリア開発施策への展開イメージ


 まず、この図に描かれている「キャリア開発以前の状態」について述べてみる。この段階では、会社は社員を自立した存在として扱っていない状態にあり、一方、社員も会社に依存しすぎている状態にある。こうした段階では、会社中心で生きてきた人(会社に依存してきた度合いの高い人)ほど、「自分は会社のために尽くしてきた」という意識を持ちやすい。しかしながら、そういう人(中高年に多い)は往々にして本人が思っているほどは会社からは貢献度を評価されず、これまで賃下げやリストラの対象となるケースがむしろ多くみられた。幸いにして各企業が実施してきた賃下げやリストラ(希望退職、退職の勧奨、指名解雇)の施策は過去のものとなってきたが、いったん作られた流れ、すなわち、「会社と個人の雇用関係は必ずしも保証され続けるものではない」という労使間の暗黙の合意を元に戻そうということにはなりにくいであろう。この段階においての会社と社員の関係で起きやすい不幸な状態(会社にとっても社員にとっても、雇用に関する思いこみの違い)を未然に防ぐ意味で、会社と社員の間の強すぎる依存状態を見直す必要があろう。
その強すぎる相互依存の関係を見直すにはどうしたらよいか。図3に示すように、「(A)会社主導型」「(B)組織&人材開発型」「(C)戦略&市場調整型」の3つの方法が考えられる。

 「(A)会社主導型」の施策について、図の中の戦略対応に近い部分での施策(Posting & Direction Setting)をみると、自社の経営戦略や今後の人材開発目標を踏まえながら、社員にキャリア開発目標を提示し長期的な能力開発の方向性を示すことが該当する。ここで大事なことは、個々人にどのようなキャリアを開発すべきかを具体的な示すのではなく、現在担当している業務以外の分野で、自分としてやりがいを感じることができ、かつ、みずからの価値を高めることのできるキャリア開発を社内においていかにして実現できるか、そのガイドラインを提示することである。一方で、自分の将来を社内でのキャリア開発を肯定的に考えられない人に対しては、早期退職優遇制度などの施策を用意しておくことも必要となる。一方、支援的側面(図の中のInformation & Support)について見てみると、キャリアについての有益な情報提供とかキャリアカウンセリングなどの情報提供などが有効な施策として挙げられる。
 さらに、会社と社員との関係の成熟度が高まってくると、「(B)組織&人材開発型」や「(C)戦略&市場調整型」の施策が有効になってこよう。「(B)組織&人材開発型」では、会社の求心力が強い状態の中で、組織と個人との相互の努力によりキャリア開発を進めていくのに対し、「(C)戦略&市場調整型」では、会社と個人の関係の成熟度が高い状態の中で、社内の労働市場を活用しながら戦略対応型の施策を実施していくことになる。
 「(B)組織&人材開発型」において有効な施策としては、目標管理制度と連動したキャリア面談や会社の人事戦略と個人のキャリア開発とのマッチングなどを挙げることができる。つまり、中長期的なキャリア開発と年度ごとの目標管理とを組み合わせたり、組織の中で上司と部下がそれぞれの「想い」をすり合わせたりする形で社員のキャリア開発を組織的に進めていく取り組みとなる。
 それに対して「(C)戦略&市場調整型」では、キャリア開発に当たっての会社と個人の相互の関係を会社の戦略と連動させながら調整することが可能になる。この段階では、社員の仕事に対する価値観や意欲(例:どこまで仕事にのめり込むか、どこまで自分らしさを大切にするか、仕事と家庭生活のバランスをどうとるかとなど)に応じて、それぞれ適切な施策を講ずることができるようになる。例えば、社員を会社の業績への貢献度とこれからのコア人材としての期待度の観点で区分すると、例えば「(1)経営幹部候補(あるいはそれに順ずる社員)」に対しては、早期選抜育成制度を事業戦略と連動させて行うことが特に重要になる。つまり、人材開発と事業戦略との推進とを同時に行うのである。また、「(2)平均的な社員」に対しては、基本的には本人の「気づき」を促すことに焦点を当てる、例えば、キャリアデザイン研修で自分の棚卸をするセッションを用意することなどが該当する。さらに、みずから主体的に「ひと皮むける体験」を行おうとする人(あるいはその準備が出来ている人)に対しては、FA制や社内公募制などの機会を用意しておくことが有効である。そして、「(1)経営幹部候補」と「(2)平均的な社員」との境界は固定的なものとせず、すなわちいったん貼ったレッテルを状況の変化に応じていつでもはがせるようにしておく必要がある。(例えば、早期選抜組の場合でも、責任や仕事の負荷があまりに過大で本人も耐え難いようになるならば、いつでも元のコースに戻れるようにしておく必要がある。)

3.キャリア開発支援と人材リスクマネジメントとの関係

 以上述べてきた、社員と会社とが積極的なキャリア開発への取り組みは、会社の成長戦略に沿った形で行われるべきものである。本来、企業経営に当たっては、成長戦略のみならずリスクマネジメントを同時に考えなければならないものである。社員のキャリア開発に関しても、社員のキャリア開発が順調に進んでいるかどうかだけに注意を払うのでなく、それとのある種裏腹の関係にある人材リスク、例えばメンタルヘルス上の問題、あるいは優秀人材の流出リスクなどについても注意しておく必要があるだろう。
 これらについて、キャリア開発支援との関係を含めてまとめたものが図4である。この図の縦軸は会社の成長とリスクへの対応の軸で、上向きが会社の成長戦略で下向きが会社としてのリスクマネジメントとなる。それに対して、左右の軸はキャリアについてどこにフォーカスを当てるのかについての軸で、右方向は個人、左方向は組織を示している。

図4 組織・人材の強化からメンタルヘルス対応までの全体フレーム
図4 組織・人材の強化からメンタルヘルス対応までの全体フレーム


 図4のAの部分(OJT 、コーチング、目標管理制度、キャリア関連の諸施策)は、先の図3のでは、主にActive ManagementやActive Supportの中の各施策に相当するものであるが、これは、会社の成長戦略に相当するものでもある。
 これらAの部分の施策と左下のEの部分との関係を見てみるとトレードオフの関係があることがわかる。例えば成果主義が厳しくなってくると、それに対処できない社員が増えてくる。悩みや迷いを持った社員や自信を喪失した社員に対して、事前対応型の対策が打たれるのであれば問題はさほど大きくならずに済むが、心の病が顕在化した後での対応となると、解決に膨大なエネルギーが必要となる。各社が真剣に取り組んでいるメンタルヘルス対策やEAPなどは、どちらかというと問題が起きた後の事後的な対応になりがちだが、図4でEに示した部分での対処、すなわち問題が顕在化する前における対応が重要である。具体的には、仕事の配分を見直したり、転居を伴うような異動に際して本人の事情や仕事内容を充分に配慮したり、上司側のマネジメントの視点を少し変えてみたりすることによって潜在的なリスクに対して事前の対策を打っておくことが可能になるからである。
 それに対して、図のFには、優秀人材の処遇に関するリスクが該当する。会社が社員に対していくらキャリア開発支援をやったとしても、優秀な人材に対する処遇(昇進とかポストとか仕事の機会とか)があまりに一律的(悪平等的)であれば、優秀人材にしてみれば「物足りない」、「自分を成長させる機会が乏しい」という理由で、その会社を去ってしまうかもしれない。したがって、ここでは優秀人材の処遇が大事なテーマとなり、抜擢人事をするとか、A&R(=attraction & retain)をしていくことが必要となる。優秀人材が流出してしまってからの人材の手当てとなると事後対応になってしまう分、会社側のダメージが大きくなってしまうからである。
 これら2つの人材リスクへの対応において共通していることは、リスクが顕在化する前での対応が重要になるということである。すなわち迷いや悩みを抱えた社員に対する適切な対応や、優秀人材の適切な活用や処遇が重要だということである。
 社員の成長に焦点を当てたキャリア開発に力を注ぐことは重要であるが、このような人材リスクへの対応も同時に考えておく必要がある。すなわち、社員のキャリア開発支援を考えるに当たっては人材リスクマネジメントも含めた幅広い視点での取り組みが必要になるということである。
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