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コラム「研究員のココロ」

医師が満足感と納得性を感じる年俸制度とは<前編>

2007年06月25日 加子栄一


 A病院では、医師職を含む全職員を対象とした人事制度の改定を企図し、1年間かけて新制度の構築、2年・3年目を新制度の定着化という3ケ年計画をたてた。 筆者はアドバイザ-として、そのプロジェクトチ-ムに参画し、制度改定のお手伝いをさせて頂いた。A病院の依頼の要点は、(1)医師職の制度改定を中心に据える (2)改定した制度が浸透する施策を徹底して実践する (3)いわゆる管理・監督職といわれるクラスの職員の意識改革を促す研修を行う、の3点である。
 筆者は、医師が年俸制度に満足感と納得性を感じるためには、医師の「承認欲求」を充足させる制度でなければならないと考えている。更に、年俸制度が機能するためには、等級制度、評価制度、育成制度とどのように関連付けなければならないかという論点も重要であると考えている。
 本稿は、医師職の制度改定、特に年俸制度・評価制度の導入に関する経緯を検証し、医師の「承認欲求」を満たしかつ機能する制度とは何かを具体的に探る試みである。

[注意]本稿掲載にあたり、A病院の経営陣が許諾して頂いたことに謝意を表し、心より感謝致します。

Ⅰ.導入前の調査と方向性の決定

【1】人事制度改定を前提にヒアリング調査

 医長以上の医師に対してヒアリング調査を行った。人数は、常勤医師の67%である。
 従来A病院では、医師の人事評価は行われておらず、賃金制度は月給制(基本給+諸手当、賞与あり)で、毎年平等に昇給・昇進が行われていた。時間外手当が、副院長まで認められており、若い医員クラスでは時間外手当が「〔月例賃金×12ヶ月〕+夏・冬賞与」金額に匹敵する水準であった。時間外手当の承認もノ-チェックであったため、仕事効率の悪い医師ほど多くの時間外手当を支給される〔→事務部長の指摘〕という矛盾がみられた。
 ヒアリング調査の結果は、要約すると次の5点に集約される。
  1. 自分の病院に対する貢献度を何らかの方法で評価して欲しいという意見が、95%であった。そのうち、貢献度は賃金および賞与に反映すべきであるという意見が80%強であったが、貢献度が極めてよくない場合でも減給はすべきでないという付帯意見も40%強を占めていた。
  2. 医師にふさわしい賃金体系〔例えば、年俸制、年収管理方式〕にすべきであるという意見が90パ-セント強であった。そのうち、年収を12で割った制度(賞与がない方式)も設計し、賞与ありと賞与なしの制度を選択できるようにすべきであるという意見が60%強あった。

  3. 評価項目は、臨床実績〔手術数、受け持ち患者数、技術レベル、知識レベル〕、患者満足度、チーム医療の推進度、外来患者数、インフォ-ムドコンセント、研究実績、各種委員会への貢献度、コスト管理という項目が共通認識として指摘された。

  4. 時間外手当については、副部長以下に限定し、上司が必要性をチェックする体制を整備すべきであるという意見が70%弱あった。そのうち、副院長と部長クラスは時間外手当相当分を基本給部分に繰り入れて年収の減額をおさえるべきであるという意見が90%強あり、今後時間外手当の取扱が争点になることを予感させた。

  5. 退職金は、医局人事ロ-テ-ションを勘案すると、引っ越し代相当程度(?)の水準である場合もあるので、廃止して前払い制度にすべきであるという意見が40%弱あり、退職金に対する期待の薄さをうかがわせた。

【検 証】
[1]医師は自分の貢献度を何らかの方法で評価して欲しいと望んでいる。この確信は、筆者が医師職人事制度改定に携わるごとにますます強まってきている。子供の頃からエリ-トであり、人から指図されることを嫌う医師の性分からすると評価は受け入れ難いと思われるが、同僚を見渡すと働きぶりに差異がある現実及び病院機能評価を視野に入れると評価は避けて通れないという意識が評価制度導入賛成の背景にあると思料される。

[2]当該事例に限らず医師は、時間外手当に関して強い執着心を持っている。時間外手当をどのように整理し体系化するかは納得性に大きな影響を与えるため十分な検討が必要である。

[3]評価項目については、従来のテクニカルスキル(知識・技能)・コンセプチュアルスキル(判断力・企画力)・ヒューマンスキル(指導力・折衝力)という3区分ではなく、バランス・スコアカード指標とコンピテンシーの概念を組み合わせて構築する方法が医師にフィットしていると考える。

【2】現状分析を踏まえてあるべき姿の合意

 上記ヒアリング及び資料分析を基にして、「現状分析と改定の方向性」に関する検討会議を開催し、次の7点を合意し、当該合意に基づいて改定を進めていくことになった。

(1)医師職等級制度を設定する。等級基準は役割等級とする。昇格/降格及び昇進/降職に関する基準を設定する。等級別に期待される職務基準を職務調査によって作成する。

(2)賃金制度は、年俸制度とし賞与のない単一型年俸制と賞与のある複合型年俸制の2つを用意し、選択できる制度とする。更に、評価によって契約年俸額が変動する調整型年俸制(仮契約方式)とする。

(3)時間外手当については、対象は副部長以下とし、勤務適正化委員会で時間外申請の審査をする。部長以上は、従来の時間外手当相当額を基本月俸に繰り入れる。

(4)医師評価制度を構築し、期待される役割の成果を業績評価で、成果を出すために発揮された能力(コンピテンシ-)を発揮能力評価で評価する。公正さと納得性を担保するために、a.評価基準の明確化・公開化 b.絶対評価の実施 c.職務外の行動は評価対象としない d.事実をありのまま評価する e.評価結果を公開する、という諸原則を制度の中に盛り込む。そのために、目標管理制度を導入する。

(5)評価制度と目標管理制度の実効性を高めるために評価者訓練及び面接訓練を行う。

(6)医師評価制度は、医師以外の職員に評価制度を導入してから1年遅れで実施する。理由は、医師全員の合意形成と評価結果を十分検証するためである。

(7)退職金は廃止し、前払い制度とする。但し、新制度は現在いる医師には適用せず、新たに入ってくる医師に適用する。

【検 証】
[1]年俸制度を2つ設計し、選択できるようにするという方向性は好評であった。しかし、制度間で有利・不利にならないように整合性を取るのがかなり難しい。

[2]時間外手当をどの職位まで認めるかはかなり時間がかかる事項である。

次回、後編へ続く

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