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コラム「研究員のココロ」

「イノベーション25」:我が国の長期戦略として機能するには?
~海外先進諸国の国家戦略との対比から~

2007年05月28日 佐久田昌治


このコラムは、佐久田 昌治 理事、南條 有紀 研究員 2名の共同執筆です

 2007年5月25日、安倍総理の命による国の長期戦略指針「イノベーション25」の最終とりまとめがイノベーション25戦略会議より公表された。この長期戦略指針は“2025年までを視野に入れた国の戦略的な政策ロードマップ”であり、今後の経済政策、産業政策の根幹となる重要な文書である。この重要性に鑑み、筆者らは2007年2月26日に公表された「中間とりまとめ」に関して、本コラムで「ドイツ・ハイテク戦略」との比較の観点からコメントを行った。
 このなかで、我が国の「イノベーション25」の策定には、国家戦略として次の4つの視点が必要なのではないか、との問題提起を行った。
  • 我が国にとって最も深刻な問題は何か

  • その解決に必要となる「イノベーション」はどのようなものか

  • 「イノベーション」を阻害しているものは何か

  • それに向けて国家が取り組むべきことは何か
「イノベーション25」最終とりまとめは、「我が国にとって最も深刻な問題」をどう捉えているのだろうか。海外先進諸国の国家戦略との対比によって検討したい。

 国の長期戦略を示す指針には、そもそも「解決を要する深刻な課題は何か」が明確に示されている。1985年レーガン政権下でまとめられた米国の「ヤング・レポート」(Global Competition, The New Reality、座長:ヒューレット・パッカード社 社長・John A. Young氏)は、1970年代後半から1980年代にかけた米国産業の深刻な競争力低下(とりわけ日本に対する)を打破するには何をすべきかを、法律、経済、金融、社会、教育、科学技術など様々な面からの提言を行った。“世界一の座を譲り渡すな”という極めて強いメッセージがある。
 同じ米国でも2004年の「パルミザーノ・レポート」(National Innovation Initiative、座長:IBM社 CEO:Samuel Palmisano氏)では、90年代の好調な米国経済の後、グローバルな競争条件が根本的に変化し、米国の競争力が近い将来危機に陥るとの警告を発した。特に「米国企業は、先端技術分野においてスウェーデン、フィンランド、イスラエル、日本、中国の台頭により、著しい停滞の状況にある」「中国は2003年に米国を追い抜き、海外直接投資を最も多く受けた国となった」「米国特許の半数近くは日本、韓国、台湾などの外国資本に企業や、外国出身者の発明家が取得している」などの危機的な状況を示し、それを打破するための方策を提言した。とりわけ、人材、投資、インフラの面で抜本的な改革を提言した。
 欧州連合(EU)では、2000年3月に「リスボン戦略」を採択し、深刻な失業問題を解決しつつ、欧州を世界の知識集約型経済の中心的な地域とすることを共通の目標として設定した。また、政策の二本柱として「知識経済に適応するための経済改革の遂行」「人的資源への投資を通じた欧州社会モデルの強化」を提示した。EU全体をひとつの地域と捉えた「欧州研究圏(European Research Area)の創造」を通じて、域内の研究活動の協調を通じて効率性を確保し、欧州に世界トップ研究者にとって魅力的な場所とすることを狙いとしている。
 ドイツの現メルケル政権による「ドイツ・ハイテク戦略」(2006年~)は「ドイツが将来真の『知識国家(a land of ideas in the future)』として存続し、ドイツが科学技術分野において世界のリーダーに返り咲く」ことをターゲットとした。“ドイツはもはやコストでは競争できない”という現状を直視し、“コスト”でなく“イノベーション”で世界の優位に立つ姿勢を示した。“イノベーション”によって新産業・新サービスを生み出すことで、低コストを求めて海外に拠点を移したドイツ企業を国内に呼び戻し、大量の新規雇用を創出することを意図している。地域格差、高い失業率といった深刻な課題を解決する手法として“イノベーション”の役割が明確である。

 このように海外先進諸国においては、国家戦略立案の際に、将来にわたって「最も深刻となる課題」を冷静に分析し、それを解決する手段として具体的な役割を“イノベーション”に期待している。

 ところで、我が国にとって国家戦略によって解決すべき「最も深刻な課題」とは何だろうか。様々な議論があり得るが、長期的に見た場合、我々は次の2点に集約できると考える。

(1)民間企業への依存が大き過ぎる研究開発システム
 研究開発の比重が民間企業に偏り過ぎており(民間企業による研究開発投資は国全体の投資額の80%近く)、著しくバランスを欠いている。国の将来の技術開発を企業に依存する形になっている。しかし、企業の研究開発のターゲットは短期的な研究テーマに集中せざるを得ず、2025年といった長期的な視野に立ったテーマ設定は困難である。

(2)大学・ベンチャー企業など、将来を担うべき研究組織の弱体化
 元々我が国の研究システムには、「博士号取得者が少ない」「博士号取得者の就職が困難」「ポスドクのキャリアが不安定」などいった弱点がある。結果として大学のポテンシャルが十分に活用できず、社会に還元されていない。さらに、新しい事業を担うべきベンチャー企業も、我が国の金融システムから効果的な支援を受けられず、経営基盤が脆弱で、ダイナミックな事業展開ができない状況にある。

 我が国の長期戦略指針「イノベーション25」では、このような問題を解決すべく具体的な施策を立案する必要がある。5月25日発表の「最終とりまとめ」では、心臓部である「政策ロードマップの重点」は、主に「社会システムの改革戦略」として「短期147項目、中長期28項目、計175項目」を羅列し、これらによって改革推進を行うとしている。残念ながら現時点では、「我が国にとって最も深刻な問題」の所在が明確になっているとは言い難く、結果として、総花的で焦点が定まらないものとなっている。ターゲットを定めないままでは、2025年までに日本社会で“イノベーション”が起こらない可能性すらある。

 今後の体制としては、政府内に「イノベーション推進本部」を設置し、イノベーション政策を具体的に推進していくこととなっている。この過程で、「そもそも“イノベーション”によって解決すべき我が国社会の問題は何か」の議論を踏まえた上で、我が国の長期戦略指針としてふさわしい政策を立案、実行することを強く望む。


【参考資料】
  • 首相官邸「イノベーション25」インターネットサイト

  • イノベーション25戦略会議「長期戦略指針『イノベーション25』最終とりまとめの概要」(2007年5月27日)

  • イノベーション25戦略会議「長期戦略指針『イノベーション25』最終とりまとめのポイント」(2007年5月27日)

  • The Report of the President’s Commission on Industrial Competitiveness,“Global Competition, The New Reality”
    「ヤング・レポート」(1985年1月)

  • Council on Competitiveness,“National Innovation Initiative”
    「パルミザーノ・レポート」(2004年12月)

  • European Commission,“The Lisbon European Council – An Agenda of Economic and Social Renewal for Europe”(2000年)

  • ドイツ連邦教育研究省(BMBF)“High-Tech Strategy for Germany”
    「ドイツ・ハイテク戦略」(2006年)



  • 以上

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