コラム「研究員のココロ」
「三角合併」論争を一歩引いて見てみよう
2007年05月21日 東秀樹
1.一般的な三角合併議論の視点
外国企業が日本企業と経営統合しやすくなる三角合併解禁で、一般的に次の2つの視点からの議論がある。ひとつは、“外資脅威論VS解禁歓迎論”であり、もうひとつは、買収防衛のための傾向と対策、税法含めたリーガル・スキームとリスクへの対応等に関する議論である。
1-1.“外資脅威論”VS“解禁歓迎論”
この議論では、まず三角合併は、新時代の黒船来襲と見る外資脅威論がある。法制度改定の過程から現在に至っても根強く残っている。一方、歓迎派は外国企業の日本への進出により雇用の維持、創出に加え、新たな経営ノウハウの導入など企業経営の効率化と、競争力強化や日本経済の構造改革の進展に寄与すると考えている。
さらに、今日では三角合併のように外国企業が国境を超えて日本市場で事業を広げる場合、プレイヤーに関する話になると数兆円の規模を誇る買収ファンドの存在が大きくなり、“グルーバル買収ファンドVS 反ファンド派”の様相も加わってきている。反ファンド派は外資の脅威論に加え、買収ファンドには投資回収の早期化を目的とした資産の売却や、急速な合理化に伴う雇用不安などを主たる理由に牽制している。一方、ファンド側は実態的な企業価値向上、ファンド出資者への恩恵、雇用創出などを定量的に示しながらファンドの意義を主張している。
こうした外国脅威論VS解禁歓迎論は、米国提督ペリーが浦賀へ来航し、日本が開国への道を歩みだした時以来幾度となく繰り返されてきている日本特有の論議である。このような価値判断を伴うものは、個々の背景によって違ってくるゆえ善悪二言論では、意義の本質を問うには限界があるのではないだろうか。
1-2.三角合併への対応スキームに関する議論
次に三角合併による買収防衛のための傾向と対策、税法含めたリーガル・スキームとリスクへの対応等に関するものであるが、合併手続きの合理化に関する平成9年度商法改正にはじまる一連の企業再編に関わる法改正の経緯と法制度の内容や手続きについて解説し、個別の法的問題について論者の見解を示すのもが多い。実務面で、簡易組織再編行為の要件基準や、組織再編税制における適格合併の要件をはじめとして、それぞれの法制度が更に改善され、見直しをしていくうえで示唆を与えていくことになり、重要なことであると考える。
2.三角合併の本質について
次に、そもそも「三角合併」は、国際的に共通したクロスボーダー合併ルールなのだろうか?また、「三角合併」によって経営戦略はどうなるのか?という視点で見てみることにする。
2-1 国際的なクロスボーダー合併ルールについて
近年の規制緩和や三角合併解禁をはじめとする会社法の改正など、日本の将来の経済政策に関わる大きな選択を強いられるとき、アメリカとの二極主義をベースとした未来図の想定だけになっているとの見解も多い。この三角合併制度自体、アメリカの各州に存在する州会社法に則って国内法及び税法として取り扱い発展してきた制度であり、世界的にみて共通のルールとはいえない。
世界的な共通のルールとしては、実現性に課題が多く存在するが世界的共通の制度となるべき「国際会社法」が最近注目を浴びている。国際会社法は、国境を越えるクロスボーダーM&Aに関してどのような形で法が適用されるべきかという抵触法的側面と、日本商法における外国会社との国際合併についての実質的法的側面で議論されている。国際的な企業再編の法的関係については、第一に従属法の選択が問題になり、その決定方法として設立準拠地法と本拠地法主義との理論的根拠の議論が行われている。
次に、ヨーロッパ(EU)における国際的合併について見てみるが、EUでは、もっと違った構想で動いている。そのひとつに、平成13年10月8日に規則採択された欧州株式会社「Societas Europeae(SE)」があげられる。これは、EU域内の国籍の異なる複数の株式会社が合併する場合、各国のそれぞれの国内法に従うのではなく、EUレベルの法律に基づいて会社設立、運営を可能にすることを目指しているものである。
2-2 三角合併での経営戦略の重要性
それでは、次に経営戦略の視点で三角合併を考えてみる。M&Aに積極的な企業は経営環境の変化に対応し、組織構造や事業領域を柔軟に変化させていくための方法の一つとして捉えている。また、経営学においても、以前から研究され、事業再編の成否は、基本的に、コントロールと組織の問題と指摘されることがある。
我が国の最近の事例では、三角合併解禁前に既に外資系企業から経営統合提案を受けていた電子部品メーカーである東光と、提案をしていた米ベル・フューズ社の経営戦略は一致していなかった。ベル社は企業規模の拡大による統合のシナジー効果を狙っているが、東光は、独自技術に特化し強みに集中していく成長戦略をとっている。このように拡大戦略VS集中戦略といった対決の構図は頻繁に出てくる。どちらの戦略が、どのように影響するか、両社を取り巻く経営環境を考慮することも当然重要だが、事業再編の成否は、再編後のコントロールと組織の問題に大きく左右されると考える。
経営戦略が成否を分けた三角合併の事例はすでに多く存在している。国境を越えた三角合併の代表的事例として取り上げられるダイムラー(独)とクライスラー(米)の合併がそのひとつである。スキームは、まず両社は対等合併し、ドイツに新たに設立した新会社に統合される。そして、アメリカにおいて株式交換代理人が合併子会社を設立する。その後、アメリカ合併子会社とクライスラーとを合併させる、いわゆる逆三角合併(Reverse Triangular Merger)である。
ダイムラー・クライスラーが合併を発表した1998年当時、世界的に自動車産業はスケールメリットを重視しており、当社も売上高、利益においても第3位の自動車メーカーになることを目指していた。ところが、上記で指摘するコントロールと組織の問題が解決されず、2000年12月決算段階で、はやくも大幅減益となり、株価は低迷し、車台の共通化や従業員の連帯感も育たず、現在に至っている。さらに、1998年合併した際に、合併内容が投資家に詳しく説明されていないとして幾つかの投資家グループから損害賠償を請求され、一部和解によって賠償金を支払うことになった。主たる訴訟の内容は、ダイムラー・クライスラー社は、2社の対等合併だと主張していたが、実際は吸収合併であって、事実誤認を招く情報開示により株主として損害を被ったとして損害賠償を求めているものである。
このように経営環境を主眼とした合併の是非は、実際の統合が上手く行かないだけでなく、経営の説明責任を株主から後に問われる事態さえも起こりえることを示唆している。
こうした事例からも、三角合併(国際合併)の是々非々は上述の総論的賛否論や対策論も大切ではあるが、第一に“経営戦略”の問題として検討すべきではないだろうか。また、三角合併の是非は、マクロ的経営環境の視点よりも、個別の再編企業同士の企業ダイナミズムに視点を優先にして考えるべきではないだろうか。