コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

中国の高齢化とシニアビジネスの可能性

2007年05月21日 矢野勝彦


このコラムは、矢野 勝彦 主任研究員、鐘ヶ江 靖史 研究員2名の共同執筆です。



1.中国高齢化の奔流

 中国の高齢化が加速している。中国国家人口・計画生育委員会(注1)(2007.1)によれば、中国の人口は2010年に13.6億人、2020年に14.5億人、2033年前後にはピークの15億人に達する。一方、60歳以上の高齢者は、2005年で既に日本の総人口を上回る1.4億人(全人口の11%)、2020年に2.34億人(全人口の16%)、2040年代後半には4.3億人(同30%)に上る見込みである。
ちなみに、年少人口(15歳未満)は1970年代後半にピークを迎えた後減少を続けており、生産年齢人口(15~64歳)は2015~2020年の間にピークを迎え、その後減少を始める【図表1】。
 中国における少子化は、改革開放政策が始動した1979年に始まった一人っ子政策や経済発展に伴う農業以外の収入増加による家庭内労働力の重要性の低下等が要因であり、高齢化は、経済成長に伴う医療技術の向上、公衆衛生の発展による死亡率の低下等による。今後急激な増加を見せる高齢者人口に対する若い年齢層は確実に不足してきている。

【図表1 中国の年齢区分別人口の推移】
【図表1 中国の年齢区分別人口の推移】
出典:国連「World Population Prospects: The 2004 Revision」
(本レポートでは、60歳以上を高齢者、65歳以上を老齢者と整理)



 昨年末、中国国務院新聞弁公室(注2)の「中国高齢者事業の発展」(2006.12)では「中国はすでに高齢化の段階に突入した」ことが表明されたが、中国高齢化の主な特徴として以下の5点が指摘される。
(1)
規模が大きい。前述のとおり、2005年時点の60歳以上の高齢者人口(1.4億人)は既に日本の総人口を上回る。

(2)
速度が速い。1982年の高齢者人口は総人口の5%だったが、18年後の1999年には10%に急増している。

(3)
地域のアンバランス。高齢化が東から西に向かって伸びているという特徴がある。上海は1979年に人口の高齢化に最も早く突入し、最も遅い寧夏は2012年でその差は33年もある。

(4)
都市と農村の転倒。農村の高齢化水準は都市より1.24ポイント高い。

(5)
豊かになる前に高齢化が訪れた。中国の1人当たり国内総生産(GDP)は8,000元(約12万円)を超えたばかりだが、先進国が高齢化社会に突入する時のGDPは一般的に4万元~8万元(約60万円~120万円)以上となっている。

 このように、現在中国においては、経済成長と少子高齢化が同時に進行しており、人口構造の変化に対応すべく持続可能な社会保障制度を導入することが社会安定化のために重要な意味を持っている。

2.中国政府の高齢化対策

 中国では伝統的に、高齢者の経済的収入や医療・介護等の問題は、昔ながらの家族や親族のつながり、経済的な支援等といった「伝統的な家庭養老」及び「自助努力と責任」によって対処されてきた。従って、改革開放政策以前の公的支援は、都市部では「三無(法定扶養義務者がいない、労働能力がない、収入がない)」高齢者、農村部では「五保(食事、衣服、医療、住宅、葬儀への保障)」を要する高齢者といった特定対象者に対する救済措置として生活保障の取組みがなされた。しかし、市場経済への移行期(1978年~1992年)及び社会主義市場経済期(1992年以降)には、計画経済から市場経済への過渡期において「少子化」と「高齢化」が地域の共通課題となるなかで、国有企業は改革・リストラされ、地域型福祉として新たに「社区(郷・鎮・村)服務(注3)=地域コミュニティ福祉サービス」が開始され、高齢者福祉施設への自費入所等を含めて、社会主義市場経済の発展と両立させた年金制度、医療制度、高齢者福祉やサービス整備が広く模索されるようになった。
 最近では、「中国高齢者事業発展の第11次五カ年計画」に代表されるように、都市部・農村部での老人ホームの総定員を増やす計画や、「中国高齢者事業の発展」のように中国の高齢化がもたらす社会への影響と政府としての高齢者事業発展の方向性等を改めて捉え直す動きが見られる。

【図表2 近年の中国政府による主な高齢化対策】【図表2 近年の中国政府による主な高齢化対策】



 中国民政部(注4)では、この高齢者事業の発展目標に沿う形で、高齢者に対する様々な福祉施設の建設、サービスの充実を図る「星光計画」を実施している。最近では、高齢化社会に入った最初の省の一つである浙江省での実施が主だったもので、農村部のコミュニティ100ヶ所で展開され、農村部コミュニティの資源整備、高齢者の憩いの場の確保に取り組んでいる。総額で50億元近い投資がなされており、その資金源は主に福祉宝くじや民間投資である。

3.高齢化対策の限界

 ここ数年の中国における高齢化対策に係る取組みを振り返ってみると、高齢者事業が1つの転換期に差し掛かっているようだ。これらの取組みには、急激に進む高齢者人口の増大と少子化への危機感を背景に中国政府の極めて積極的な姿勢が示されている。
一方で、この積極的な取組みに対して現状の高齢者対策には懸念される点(限界)も多い。

1:不足する老人ホーム

 前述の「中国高齢者事業の発展」(2006.12)によれば、2005年時点で中国の老人ホームは約4万ヶ所あり、その総定員は約150万人に達する。そのうち農村部には約3万ヶ所、総定員は約90万人だが、入居希望者のニーズをほとんど満たせていない。
 一方、上海市統計局が2005年に発表した「上海人口概況」によると、上海市の60歳以上の高齢者人口は前年比0.3%増の約266万人、うち要介護人口は30万人程度である。それに対して、市内の老人ホームは約470(うち非公有制施設は約120)、ベッド数は5万床程度であり、今後さらに要介護人口の増加が予想される中で明らかに老人ホームの定員数が不足している。
 その他の都市も同様で、杭州市では新しい老人ホーム(収容人数50人、賃貸料と介護費用を合わせると800~1,500元(約12,000円~23,000円))への入居申請者が殺到し、数多くの入居希望者が入居できない事態が発生している。また、北京市では2005年末時点で施設への入居を希望している60歳以上の高齢者が約25.7万人いるのに対して、ベッド総数は4,000に満たず、殆どニーズに応えられていない状況である。

【図表3 北京市の老人ホーム】
【図表3 北京市の老人ホーム】
出典: 北京市政治協商会議「北京社会化高齢者サービス調査研究」結果



 中国の老人ホームは、その大部分が国等の投資で設立された公有制施設だが、公有制施設の多くは財政資金難により十分な福祉サービスを供給できない場合も見受けられる。

2:家庭養老体制の崩壊

 中国の伝統だった家庭養老体制が徐々に崩れつつある。高齢化の進展に伴い、特に都市部で「空巣家庭(注5)」と言われる高齢者だけの世帯が増加している。中国の「空巣」率は既に高齢者人口総数の1/4以上を占め、この比率はまだ拡大している。これから6年後には高齢者の8割が「空巣」になると指摘している中国老化全国委員会の当局者もいる。この背景には、経済発展を通じて居住環境が良くなり、子供が親(高齢者)と同居しなくてもよくなったことや、高齢者自身が自らのライフスタイルの確立により共同生活を望まないようになってきたことがある。
また、現在、一人っ子政策で生まれた第一世代が結婚・出産適齢期に入った。この世代は夫婦二人でそれぞれの両親の面倒を看なくてはならず負担が大きい。従って、この世代を介護の担い手としてかつてのように期待できず、在宅での介護を望む場合は家族であれば老々介護、それ以外であれば第三者による介護が前提になりつつある。
 第三者による在宅サービスを支えている多くは、地方の農村から来た「保母」と呼ばれる女性で、2003年で約1,000万人いる。「保母」は正式ルート(自治体や公的福祉団体からの派遣でサービスを提供する場合)を通してサービスを提供する場合は少なく、直接高齢者と契約するために介護サービスの質的レベルが担保されていない。

4.中国におけるシニアビジネスの可能性-中国シニアビジネスの市場規模は2020年に約64兆円-

 中国は2001年にWTO(世界貿易機構)加盟を果たし今年で6年目を迎える。従来、日本企業をはじめ外資系企業が市場参入できなかった中国国内の「サービス分野」への進出が可能になり、製造業が中心であった各国の対中投資がサービス市場への投資に費やされることによりその規模が大幅に拡大することが期待されたが、果たしてその現状は当初の期待通りとは言い難い。規制緩和を積極的に進め、サービス業への民間参入を認める施策が積極的でなかったことがその一因である。
 しかしながら、2006年2月に中国国務院弁公庁(注6)が関連部門に出した通知(「老人介護サービス業の育成を加速させるための意見」)は、「国はさまざまな手段により高齢者向けサービス業の創業を積極的に支持するとともに、社会資本が独資・合資・合弁・共同経営・株式参加などの各種方式で高齢者サービス業を創業し、居住、生活、学習、娯楽、健康対策などの機能を兼ね備えた高齢者向けアパートや老人ホームを設立することを奨励する」「社会資本が高齢者を対象とした生活補助、家事代行、心理相談、リハビリ、救急等のサービス創業にも投資され、在宅高齢者に様々なサービスが提供されるよう奨励する」ことを表明した。これでようやく税金や運営コスト面での優遇も含めて、外資系企業にとって中国の高齢者に対してサービスを提供する土壌が整うことになりそうだ。
 ドイツで社会福祉サービスを提供するアウグスティウム・グループは、既に9.5億元(約100億円)を投じて高所得者層を対象とした老人ホームを建設する計画を打ち出している。老人ホームは上海市郊外の南匯区に建設され、2010年までには全ての施設が完成する見通しである。
 彼らが顧客として想定しているのは、80万元(約1,200万円)以上の資産を有する裕福な家庭や上海市に在住している華人等のいわゆる富裕層である。上海市では裕福な高齢者が増加しており、子供が年老いた父母の扶養に高額を支払うケースも増えている。中国で介護ビジネスを展開する上では「富裕層」が1つのキーワードになるだろう。日本でも、高付加価値をつけた有料老人ホーム等の売れ行きが好調であり、中国でも同様の顧客層を対象としたビジネス展開は十分可能である。
 一方、介護に高額を支払うことができない低・中所得層に対しても、十分なサービス提供がなされていない現状を考えれば、例えば専門教育とマナーを兼ね備えたヘルパー派遣業等は今後市場拡大の余地があるだろう。

 これらの介護関連ビジネス以外にも医薬や生命保険、観光、レジャー等を含めたシニアビジネス全体の市場規模は2005年で4,000億元(約6兆円)(「李宝庫(中国老齢事業発展基金会長)」2005.8)、2010年に1兆4,000億元(約21兆円)、2020には4兆3,000億元(約64兆円)に達するとされている(2010年・2020年推計は「中国全国高齢者事業委員会弁公室」2007.1)。
 例えば、広州市にある民間施設「広州寿星大厦」は、デイケア、宿泊、旅行手配、レジャー、医療、娯楽、飲食、保健などの各種サービスを提供する中国最大の一体型施設であり、総投資額は2億元超、総床面積は11万平方メートルで、現在、約2千人の高齢者が利用している成功事例である。
 このアクティブシニアとも言うべき市場に対しては日本企業も積極的だ。昨年末に大連で開催された「中国国際老年人用品博覧会」にはオムロンやカシオ計算機等の日本企業が出展しており、既にオムロンは食生活の西洋化等で急増する生活習慣病患者や高血圧患者等をターゲットとした戦略で中国の血圧計シェア70%を獲得したとされている。

 言うまでもなく、持続可能な社会保障制度が整備されなければ、将来の生計に対する不安から消費者の財布の紐は緩まない。進展する高齢化と少子化、拡がる都市と農村の格差等々、社会保障制度の整備を阻む要因も多いのは確かだが、これまで見てきたように、今が中国シニアビジネスへの進出で先行者利益を得る絶妙のタイミングであるという見方もできる。日本企業は他の外資系企業に比べて、高齢化先進国において、世界一評価の厳しい高齢消費者に対して商品・サービスを提供してきたノウハウ・技術と中国マーケットへの地理的・文化的な近接性という優位性を持つ。
 中国シニアビジネスの国内事業環境が整いつつある現状を見据えつつ、その参入のタイミングを計りながら、中国高齢者層の琴線に触れる商品・サービスを提供する。真に必要とされている商品・サービスは潜在ウォンツをニーズに変える。まだまだ埋もれた感のある中国シニアマーケットが一気に顕在化する日はそう遠くない。
注1
中国国家人口・計画生育委員会:中国政府の構成部門の一つであり、国内人口の推計や人口抑制に関する対策等を担当。

注2
中国国務院新聞弁公室:中国政府の執務機構の一つであり、公式広報等を担当。

注3
社区服務:私的扶養の難しい高齢者に対する地域支援策。食事、医療、教育、娯楽、法律相談、健康相談、その他のサービスが無料もしくは低料金で提供される。「社区」は地域コミュニティの単位として高齢者事業を担当する。

注4
中国民政部:中国政府の構成部門の一つであり、日本の厚生労働省に相当。

注5
空巣家庭:高齢者が独りまたは夫婦二人暮らしであり、子女が小鳥が巣立つように家を離れ、高齢者に付き添う人がいなくなった家庭。

注6
中国国務院弁公庁:中国政府の執行機構の一つであり、国家的政策の通知や発表等を担当。

弊社では、楽天リサーチ(株)と中国マーケット等に関する共同調査を実施しています。以下も合わせてご参照下さい。

「上海で働く人たちの収入・消費に対する考え方調査」
「病院・市販薬に関する中国(上海)・日本比較アンケート」
■「中国3都市で働く人の春節時の消費行動アンケート

以上

関連リンク
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ