コラム「研究員のココロ」
経営トップよ"脱事業部長"を図れ!
2007年05月07日 中川 隆哉
【はじめに】
筆者が、経営コンサルタントの仕事を始めてから8年あまりが経過した。その間、数多くの企業やその経営トップ及び従業員の方々と出会い、仕事をともにしてきた。3年ほど前に、自らの活動分野を事業戦略から(企業)全体戦略に移したため、以前は事業部長とのつきあいが多かったが、昨今は主に社長に代表される経営トップと仕事をさせていただいている。
そしてその中で気づきかつ憂慮していることは、上場企業やそれに準ずるような大手企業レベルにおいてさえも、経営トップは単なる「事業部長の親玉」に過ぎないケースが多いということである。
筆者の定義する事業面における経営トップの役割は、
である。残念ながらこれまでお会いした経営トップは、全体戦略を策定する必要最低限の知識を持ちあわせていないケースが多く、それどころか全体戦略やビジョンの重要性を理解していないケースさえあった。逆に自身の育ってきた事業については、非常に立派な事業戦略を語ることが出来る。その意味で「事業部長の親玉」という言葉を使わせてもらったのである。以下に、経営トップが"脱事業部長"を図り、"真の経営トップ"として機能するための筆者の考えを示したい。
- 企業ビジョンを示すこと
- ビジョン達成のために事業ポートフォリオの構築による全体戦略を策定すること
【経営トップよビジョンを示せ!】
企業活動の主たる目標が企業価値の増大であることは異論がないであろう。企業価値を増大させるためには、数年後にありたい姿(ビジョン)を明確化し、ビジョンと現実とのギャップをうめる戦略を策定し、その戦略にもとづいた日々の活動を行うことが必要である。
しかしながら、ビジョン達成(目的)のため、日々の活動(手段)を行うということを理解しない経営トップは意外と多い。よく耳にするのは、「ビジョンなんてなくとも一生懸命やっていれば必然的に行き着くべきところに行き着く」、「ビジョンは単なる日々の活動の結果である」という言葉である。そうした経営トップが君臨する企業には当然のごとく中期経営計画などなく、その日その日の業務を精一杯こなすことに終始している。
いわずもがなではあるが、ビジョンが違えば日々の活動も違ってくるのは当然であり、上記のような経営者は目的と手段を完全に取り違えていると言わざるを得ない。また、ビジョンを明確化することにより、はじめて企業全体のベクトルをあわせることが可能となるのである。ビジョンを示せない経営トップが率いる企業は、ますます厳しさを増す経営環境において早晩淘汰されるのは間違いないであろう。
【経営トップよ全体戦略を策定せよ!】
経営トップである以上は、その企業において最も重要な意思決定をすべきである。したがって戦略策定における経営トップの役割は全体戦略(事業ポートフォリオの構築・事業の選択と集中)であり、各事業を具体的にどのように強めるかは事業部長の役割のはずである。
しかしながら、全体戦略と事業戦略のどちらが重要かについては、経営コンサルタント間においても「鶏と卵」の議論が存在する。事業戦略コンサルタントは、各事業が"ベストパフォーマンス"を行うことではじめて選択と集中の議論となるのであるから、まずは事業戦略が先であり、事業戦略こそが重要であると主張する。逆に全体戦略コンサルタントは、どこまでいっても"ベストパフォーマンス"とは言い切れないはずであり、現状からある程度の目安をつけ、まずは選択と集中の議論が先であると主張する。「どちらが先か」については双方の主張とも納得性があるといえるが、では全体戦略と事業戦略の「どちらが企業に与える影響が大きいか」という視点から考えると、筆者は全体戦略の方がはるかに大きいと考えている。金融資産のポートフォリオ構築においては、どのセグメント(例えば債権・商品・株式・不動産や国内・海外)に資源配分をするか、すなわち全体戦略のパフォーマンスが90%以上を左右し、それぞれのセグメントでどの程度のパフォーマンスを行うかは10%以下の影響力しかないとのレポートがある。残念ながら事業においてはそのような実証実験は行われていないが、筆者は、全体戦略の影響がより大きいことは間違いなく、したがって経営トップは全体戦略を策定すべきと考えている。
【経営トップよコーポレートファイナンスを習得せよ!】
日本においては、経営トップが全体戦略の重要性を理解したとしても、合理的な意思決定をするためにひとつの大きな障害がある。それは、財務や経理部門出身の経営トップを除いて、全体戦略の策定に必要なコーポーレートファイナンスの知識を持っていないケースが非常に多いということである。たとえば、選択と集中の議論をすべく、DCF法において大きく事業価値がマイナスとなる事業について俎上にあげても、「損益トントンなのに何がいけないのでしょうか?」と経営トップに返されてはなんとも対応が出来ない。これではリスクとリターンを考慮した事業ポートフォリオの構築による企業価値の向上など望むべくも無い。
これはビジネススクールで経営を学ぶアメリカの経営トップには考えられないことである。では、なぜ日本の経営トップがコーポーレートファイナンスの知識がないのかというと、それは単なる勉強不足につきると断言できる。筆者は、アメリカのビジネススクールでMBAを取得しているが、概してアジア諸国民の数的理解力は優れており、特に日本人の力はトップクラスであった。本来、極めて優秀であるはずの日本の経営トップにコーポレートファイナンスを理解できないはずはないのである。上場企業レベルにおいては、40代ぐらいの部課長クラスにはこうした知識を持っている方が多いように感じるが、彼らが経営トップとなるのはもう少し時間が先であろう。企業にとって最重要である全体戦略を策定するために、経営トップに必要最低限のコーポレートファイナンスの知識習得を促したい。
最後に、繰り返しとなるが、経営トップが"真の経営トップ"として企業価値増大を図るためには、ビジョンを示し、合理的な全体戦略を策定することが最重要であるということを強調しておきたい。
以上