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コラム「研究員のココロ」

環境価値創成と知的財産権<第3回>

2007年04月23日 吉田 賢一


◆環境価値と知的財産権の相克

 ここで、従来にない新たな事態が生まれている。すなわちこれまで私たちの生命に直結していた保全すべき環境が、先に述べた新しい価値化の方向性を取ることによって、同じ経済的な利得の観点から主張される知的財産権とぶつかる可能性が顕在化しているということである。

 その代表的な事案が「インクカートリッジ事件」(知財高裁:平成17年(ネ)第10021号 特許権侵害差止請求控訴事件)である。これは、インクジェットプリンターのメーカーであるキヤノン株式会社が製造販売するインクカートリッジを、リサイクル・アシスト株式会社がリサイクルして安価に販売する行為について争われた事案である。特許製品について、廃棄された後まで特許権の効力は及ぶのか、廃棄された製品に特許権の効力を及ぼすことはリサイクルとの関係でどのような課題が生じるのか、すなわち修理にとどまるのか、それとも新たな生産行為となるのかが争点となっている。特許法第68条では権利なき第三者が特許発明を実施することは、その特許発明に係る特許権を侵害するものとして認められておらず、原則として特許権者のみがその特許発明を実施できることとなる。その特許権者から正式に特許製品を購入した第三者がさらに別の第三者にその特許製品の再販売することの適否についての直接的規定は存在していない。いわんやその特許製品が一度使用に供され回収された後のリサイクルの適否についても同様である。現時点では学説での論理的主張や判例等における裁判所の判断が実質的な基準を提示することとなる。詳細は割愛するが、知財高裁は消尽論(一度特許権者から適法に販売された後は、その特許製品について特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権の効力はその特許製品を使用したり、販売したりする行為等には及ばないとする。)に依拠して2つの類型を提示した後、本事案が第2類型(特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合は、特許権は消尽しないものとされる)に当たるとして、消尽しないことを認定した。

◆環境価値から見た議論のポイント

 本事案は環境価値と知的財産が真っ向からぶつかった、我が国の裁判史上初めてものといっても過言ではない。知的財産高等裁判所の判決は、「環境の保全は、現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保及び人類の福祉のために不可欠なものであるから、特許法の解釈に当たっても、環境の保全についての基本理念は可能な限り尊重すべきものである。本件において、インク費消後のX製品の再使用は、特許製品という観点からみる限り」「資源の有効な利用や環境の保全に資することなどを参酌して、第1類型には該当しないが」「特許発明という観点からみると、第2類型に該当するものとして」「本件特許権に基づく権利行使が認められる」「その場合であっても」、キヤノンが「X製品(注:キヤノン製インクカートリッジ)の使用者に対して使用済みのX製品の回収に協力するよう呼び掛け、現に相当量の使用済み品を回収し、セメント製造工程における熱源等として使用しているなどの事情を考慮すると」、リサイクル・アシスト社の「行為のみが環境保全の理念に合致し、リサイクル品であるY製品(注:リサイクル・アシスト社製のインクカートリッジ)の輸入、販売等の差止めを求める」キヤノン「の行為が環境保全の理念に反するということはできない」としている。すなわち、リサイクルの基本理念の重要性を指摘した上で、それが特許権の侵害や侵害行為に対抗するための特許権者の正当な権利行使を制約してはならないということを明確化している。

 ここで重要なことは、キヤノンが当該製品に関して独自のリサイクルシステムを確立しており、環境報告書での開示等をもって現段階での可能な限りの環境コミュニケーションを行っていることなどが、リサイクル・アシスト社の環境価値へ訴求する主張を相対化したしたものと考えられる。そこでこの論理展開に従うならば、経営戦略において自社による市場の寡占化を図ろうとするならば、まずは、当該製品の製造に関するリサイクル技術等を保護するといった観点から、内外に対して事前段階での知的財産戦略の明示が必須となろう。知的財産を争う限り、それはリスクマネジメントの観点からも当然の経営行動である。これに加え本事案において特徴的なのは、判決において自社独自によるリサイクルの仕組みの構築が重要視されていることである。しかもその仕組みに対する一定程度以上の社会的な認知も必要となる。総じて、知的財産戦略の側面からの権利保護と環境価値面からの取組の双方の担保が求められてくるものと考えられるのである。

 まさにこれらは市場での企業行動を環境に対する取組姿勢から評価しようとする環境価値の側面から生じた事象に他ならない。したがって裁判における判断だけではなく、市場における客観的な判断が可能となるよう環境報告書や環境会計等の情報開示にあたっては、誰もが共通に理解しうる記号化を図った統一基準の整備が重要となってくる。また、何が環境価値において「重要性」(materials)となるのかといったことについても、同様の条件整備が必要となろう。
 一方で拡大生産者責任の観点からは、製造業者はどこまでリサイクル製品のトラブルに対して応じるべきか、といった点などについては、依然として議論すべき余地が残っている。今後、環境を価値化して捉える事業形態が発展する限りにおいて、多様な経済法とのコンフリクトが発生することは想像に難くない。
こうした現状について、さらに定点観測を継続していくことを大前提として、環境価値を共通に把握するフレークワークの構築と、それらを適切に評価しうる社会的システムの早急なる構築の必要性を指摘しておきたい。

以上



【出典・参考文献】
安藤眞, 「知的財産と再生品ビジネスの課題」『Right Now!』vol8 (2006).
平野泰弘, 「リサイクル尊重と知的財産保護」『『Right Now!』vol8 (2006).
小沢鋭仁・吉田賢一・江間泰穂「環境ファイナンス」, 環境新聞社, (2005)
経済産業省環境調和産業推進室, 「平成17年度環境ビジネス創出支援の評価に関する調査事業に関する調査報告書」(2006.3)
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