コラム「研究員のココロ」
PFI・指定管理者制度導入のリスク管理とKFS
2007年03月19日 日吉淳
1 公共サービスは民間に任せればすべてうまくいくのでしょうか?
公共サービスの提供にPFIや指定管理者の導入を図る際には、「公共がやると非効率、民間がやると効率的」という前提で検討が進められるケースが多いと思われます。国の政策方針としても、「民に出来ることは民へ」という原則が打ち出されており、市場化テストなど公共サービスの分野に民間の参入を促進し、業務の効率化を図ることで財政支出の削減が期待されています。
しかしながら、民間に任せれば万事うまくいくのでしょうか?当然、民間には民間なりの課題があり、全ての面で公共が実施するより優れているというはずはありません。実際に、民間への業務委託やPFI事業の実施に際して、サービスの低下や事故の発生など、様々な問題点が発生していることも事実です。そこで、本稿では、公共サービスへ民間活力を導入する際に認識しておかなければならないリスクとその対応策について考えてみたいと思います。
2 民活導入に際して想定すべきリスクとその対応
(1)企業のデフォルトリスク(民間企業の倒産)
一般的には、民間に公共サービスをゆだねる際に誰もが考えるリスクは、サービスを受託している民間企業が倒産してしまったときに、サービス提供が中断し、利用者が困るということではないでしょうか。しかしながら、最近では民間へ公共サービスを任せる際には、このリスクは当然織り込み済みであり、「バックアップサービサー」といわれる代替企業の指名や定期的な経営状態のチェックによる危機管理システムなどの対応策が準備されていれば、民間の倒産リスクはほぼ回避できると考えられています。
(2)サービス低下リスク(業務の手抜き)
民間に公共サービスを任せると利益を追求してしまい、サービスが低下してしまうのではないかという懸念もよく聞かれます。確かに、入札等で無理な低価格での業務では、いわゆる「安かろう悪かろう」の状態に陥っているというケースもあるようです。これには、民間が利益のみを追求して手抜きをしてしまうことが悪いのは当然ですが、サービス水準の低下に対する予防措置が講じられていないことに問題があります。そこで、守るべきサービス水準をあらかじめ規定しておき、その水準を下回った場合に委託費を減額したり支払わなかったりする罰則規定を設けることが対応策として考えられます。逆に、民間が実施することにより期待以上のサービス向上効果が発揮された場合には、インセンティブを付与することも検討されていますが、サービス向上の因果関係の特定が難しいなどの問題からインセンティブスキームの導入事例は少ないのが現状です。
(3)物価・金利上昇リスク
民間企業に公共サービスを任せる期間としては、一般的には指定管理者の場合には3~5年、PFI事業においては10~20年程度を区切りとされるケースが大半であり、物価や金利の上昇により増加する費用は発注者である公共負担となることが一般的です。特に、PFI事業の場合には、民間の資金を活用する前提ですので、金利上昇は公共にとって大きなリスクファクターとなります。近年の金利動向は最低水準から上昇に転じており、PFI事業の導入によりコスト削減を図ったつもりが、逆に、10年後、20年後には金利負担で公共の財政を圧迫してしまうということもありえない話ではありません。物価や金利上昇のリスクについては、公共が直接実施してもある程度の影響は受けるものですし、好況が負担すべきリスクであることから、金利や物価の上昇に際しては、委託費等の増減の仕組みやルールを明確にしておくことが重要となります。
(4)人材リスク
民間に公共サービスのアウトソーシングをした場合、基本的には全て民間企業が業務を実施することになり、行政の役割は民間が実施する業務の監視と費用の支払いが主となります。しかし、適正に業務が実施されているのかを監視するためには、監視する行政の人材に専門知識が必要となりますが、民間に業務を全て任せてしまっている状況が長期間続くと、行政サイドに専門性のある人材がいなくなってしまい、十分な監視が出来なくなってしまうというリスクがあります。このため、職員の専門性を継続的に担保するため、業務を実施している他自治体や民間企業に職員を研修出向に派遣したり、業務の監視を専門性の高い第三者に依頼するなどの対策を検討することも必要です。
3 リスクマネジメント体制の構築に向けた取り組み
公共サービスへ民間活力を導入するリスクは、2で述べたとおり、事前に対応策を準備しておけば、利用者に悪影響を及ぼすことはほぼ回避できると言えます。しかし、それはあくまでも事前に十分な検討と準備がなされていることが前提であり、行政サイドがリスクの内容と発生要因、対策を的確に理解していることが重要となります。今後、公共サービスにおける民活を進めていく上で、行政サイドが留意すべき事項を3点提示させていただきたいと思います。
対応策1:契約書や基本協定書を十分に検討する
これまでも、行政が民間企業に業務委託を行う際には業務委託契約を締結していますが、基本的には業務の履行と支払い条件を規定しているだけで、業務実施におけるリスク分担やリスク発生時の処理方法については全く記載されていないものがほとんどです。公共サービスを民間に全面的に委託する場合には、契約書や基本協定書において、業務分担やリスク分担、リスク発生時の対応方法と費用の負担方法、契約解除時の扱い、サービス水準低下や停止時の罰則規定など詳細な規定しておくことが必須となります。その際、弁護士やコンサルタントなど、外部の専門家のアドバイスを受けて専門的な見地からの検討をお行うことも必要となります。
対応策2:モニタリング(監視)体制をきっちりと構築する
前述したとおり、公共サービスを民間に委ねる場合には、行政はサービスの提供者からサービスの監視者へと役割を変えることになります。よって、民間にサービスを丸投げしてしまって後は関与せずということは絶対避けるべきであり、適切な監視体制(モニタリング)の構築を行うことが最も重要です。その際、民活の初期段階では、民活導入に関わった行政職員が適切に監視を行うことが可能ですが、人事異動等により民活当初の経緯や理念を共有していない職員が監視を行う立場となり、監視機能の低下や民間とのトラブルを引き起こしてしまうことも懸念されることから、長期にわたる継続性も重要なポイントになります。よって、監視体制の構築には、行政の内部だけでなく、サービスを受ける立場の市民やNPO、第三者の立場として外部の専門家なども活用し、行政サービスの水準を高いレベルで確保しておくことが期待されます。
対応策3:「発注力」を高める
PFI事業や指定管理者などの民活事業は、従来の業務委託とは異なり、民間は行政の下請けとしての上下関係でなく、対等な事業パートナーとしての位置づけとなる点にも留意が必要です。そして、民間との役割分担やリスク分担が適正に設定され、それぞれが期待される役割をきっちりと遂行することで、公共サービスの質を民活によって高めることがはじめて可能となります。行政職員についても、従来の上下関係で民間に業務を委託するという発想では、本当の意味での民活は難しく、民間企業の能力を最大限に発揮させることは困難です。公共サービスへの民活導入を成功させるためには、発注側の行政職員の意識改革と柔軟な発想が重要であり、民間への「発注力」が問われているといえるでしょう。