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コラム「研究員のココロ」

自治体不動産戦略におけるPPP(官民パートナーシップ)の可能性

2007年03月19日 日置春奈


1.はじめに

 昨年は、様々なメディアにおいて夕張市の財政破綻がもたらす市民生活への影響が頻繁に報じられたように、自治体の財政力と目に見える「地域間格差」の問題が改めてクローズアップされた1年間でした。また、従来はどの自治体も横並びで統一されていた地方債の発行条件が、2006年9月には金融機関と個別に交渉して決める方式に変更されたことも、今後の自治体の資金調達力の格差に結びつくことが懸念されています。
 したがって、2007年度には国や自治体においてもバランスシートの健全化に向けた資産圧縮、資産活用という課題がさらに現実味を帯びてくることが予想されます。既に国レベルにおいては、2006年4月に国有財産法等が改正され、国有財産の処分や有効活用を促進する条項が盛り込まれました。一方自治体レベルでは、東京都や三重県、北海道等といった一部の自治体を除き、資産の処分・活用に積極的に取り組んでいる自治体はまだ少数派といえます。

2.自治体経営における不動産戦略

 これまで、自治体の所有する土地や建物は純粋に公共サービスの提供場所であり、保有していること自体が「価値」である、という考え方に基づいて管理されてきました。しかし、自治体においてもバランスシートが「経営能力」を評価する判断基準の1つになるとすれば、民間市場における不動産ニーズが「所有から利用へ」とシフトしてきたように、今後は自治体が保有する不動産に対しても「最大限に活用されているか」「そもそも所有する価値があるのか」といった問いかけがなされていくことは必至です。
 民間市場では近年、経営戦略の一部として、事業継続のために保有する不動産を戦略的に再構築し、企業価値の増大を図るCRE(Corporate Real Estate:企業不動産)戦略を策定する企業が増えています。この手法は国や自治体の不動産戦略においても適用可能ですが、実現するためには以下のステップを経ることが必要となります。

(1)施設情報の一元化

従来、施設情報は所管部門単位もしくは施設単位で管理されていましたが、自治体全体としてのポートフォリオを計画するためには、保有・使用している不動産のすべてについて立地条件や建物・設備の保全状況、市場価値、現在の使用状況を含めた「健康診断」を行い、共通のデータベーストに情報を集約した上で処分可能な物件、活用可能な物件といった整理・分類を行う必要があります。

(2)保有と使用の分離

保有と使用の分離とは、不動産の保有とハード面(建物・設備)の管理を行う権限を1つの部門に集約し、各所管部門はその管理部門から場所を「借りて」各種サービスを提供するという考え方です。従来は各所管部門単位で施設建物を管理し、新規整備や改修、経常修繕等がある場合は個別に予算を要求してきました。組織内における「大家」と「店子」の関係をより明確にすれば、所管部門は建物や設備のメンテナンス業務から開放され、公共サービスの企画・提供に専念することが可能になります。

(3)具体的施策の決定

 上記(1)(2)のように、不動産のデータと保有と管理・保全を行う機能が1つの管理部門に集約されて初めて、経営戦略を踏まえた最適なポートフォリオ戦略を策定し、新規整備や庁内横断的な使用調整、計画的保全、有効活用といった予算執行を伴う意思決定を行うことが可能となります。

3.アウトソーシングの必要性

 前項で見てきたように、戦略的な不動産マネジメントと、一部門への「資産情報」「管理・保全機能」「(調達を含めた)運用に関する意思決定機能」の集約は切り離せないものです。しかしそれを実現するためには、自治体経営の観点から見ると以下のような難問が立ちはだかっているのではないでしょうか。

(1)資産情報を集約し、一部門で資産管理・保全を行う体制に移行するために、一体どの程度の経費・人件費が必要になるのか?〔コストや業務量など定量的な問題〕

(2)(1)の体制を仮に実現できたとしても、財務状況を踏まえた戦略を立て、個々の資産の価値を査定し、運用方針を判断できる人材が庁内でどれだけ確保できるのか?〔ノウハウ、人材など定性的な問題〕

 多くの自治体では組織のスリム化を推進しているため、全資産を一部署で把握しコントロールしていくことは、自治体の経営資源に大きな負荷を与えることを意味します。国や一部の都道府県を除き、「予算や人員を十分確保できない」「必要なノウハウが蓄積されていない」という現実は、自治体の資産マネジメントの効率化を阻む大きなハードルになると考えられます。
 民間においては自前で調達できない機能を「不動産のプロ」に任せ、建物管理・保全といった定型業務だけではなく物件売買、賃貸契約代行、経営戦略を含めた財務コンサルなどの専門的なサービスまでがアウトソーシングの対象となりえます。今後は自治体でも維持管理等の定型業務だけではなく、資産ポートフォリオの構築を含めた不動産戦略の策定や具体的な資産運用策の実施においても、民間事業者の提供するノウハウやエージェント機能の活用ニーズが増えてくると考えられます。つまり、戦略的な自治体不動産運用を目指すためには、いかに外部リソースをうまく活用し、今ある経営資源を効果的に用いるかというPPP(官民パートナーシップ)の視点が不可欠となります。

4.海外の事例

 資産マネジメント手法の研究が盛んな米国においては、地方政府など様々な行政機関においても比較的、柔軟に民間の外部リソースを活用する事例が増えています。National Association of State Facilities Administrators(NASFA:全米州施設管理者協会)では、2006年の表彰候補として自治体と民間企業の間で不動産関連業務に関する包括的なパートナーシップを組んだミシガン州の事例を紹介しています。

●ミシガン州 Department of Management and Budget(経営・予算管理部門、以下DMB)不動産サービスにおける官民パートナーシップ(概要)<注1>

 ミシガン州では、2002年の知事命令により、各所管部門の管轄にあった全ての不動産管理業務がDMBの不動産課に統合されることとなった。その目的は効率性の向上とコスト削減であったが、このことにより以前から人手不足に陥っていたDMBは更なる業務負荷を負うこととなった。
 その解決策として採用されたのは、不動産事業者を選定し州の事業パートナーとすることであった。RFP方式<注2>により選定されたStaubach社は2004年~2005年度にかけ、ミシガン州に対し総合的な不動産サービスを提供した。同社の提案内容は賃貸オフィスの契約交渉代理や州の不動産運用に関する5ヵ年計画の策定などの他、オプションとして余剰資産の処分を行うことであった。
 特徴的なのは州から事業者への委託料は基本的にゼロであり、事業者の利益は貸主からの仲介手数料や、州の余剰資産処分に対する手数料から賄われるという事業スキームであった。このパートナーシップはStaubach社に新たな事業分野を提供し、イリノイ州には追加人員の雇用や高額な委託料の支払いを行うことなく、2006年度までに支払うはずであった約3050万ドル(賃料の値下げ交渉や余剰となった賃貸オフィスの解約等による)の削減をもたらした。また、余剰資産の処分においては約2100万ドルの売上と150万ドルの管理費削減を得た。
 また、DMBでは各所管部門毎に長期的視点によるニーズ分析に基づく不動産計画を提供し、当初はDMBへの移管に抵抗していた部門とも良好な関係を築けたこと、全庁的な資産ポートフォリオを管理する情報システムを構築できたことなどを成果として挙げている。

5.自治体不動産分野におけるPPP推進上の課題

 わが国における適合性については議論の余地がありますが、今後の自治体不動産戦略のあり方においては、このように公共・民間の双方にメリットをもたらす官民パートナーシップの考え方に学ぶものは大きいと考えられます。
 ただし、民間と異なり自治体不動産の価値は一概に「収益性」という1つのものさしで測れない難しさがあるため、今後、自治体における不動産戦略を考える上では、公共サービスに対するニーズや求められる質といった様々な観点からその資産の「パフォーマンス」を評価する具体的な判断基準や指標の確立が必要となります。その上で、戦略策定や運用段階において民間ノウハウの活用に向けて、民間に一定の「うまみ」を提供しつつ資産運用方針が自治体の意図から乖離しないようコントロールするための仕組みや、官民の適切なリスク分担のあり方について整理していくことが求められます。
 一方、自治体不動産の分野には、優良物件の供給不足に悩む不動産業界からも大きな関心が寄せられています。しかし、多くの企業にとっては新たな事業分野への進出となるため、自治体不動産を取り巻く様々な法規制や実績重視のカルチャー、外部から入手できる資産情報の限界などに由来する参入障壁の高さが問題となっています。したがって、民間側の立場から官民パートナーシップを推進するためには、通常の事業スパンより長期の取り組みとなることを前提とした上で、自治体側の抱えている課題やミシガン州のような海外における先駆的な取り組みの研究を深め、PPPのメリットを世論に訴えかけていくことが重要課題といえるでしょう。

注1
出典:NASFA Innovations Award 2006 Nomination “The State of Michigan Department of Management & Budget Public/Private Partnership for Real Estate Services”


注2
Request for Proposal:プロジェクトの初期段階より民間事業者の提案を受け、自治体の事業パートナーとして双方の意向を調整しながら事業を推進する方式
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