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コラム「研究員のココロ」

「産」「官」「民」三位一体の原子力ルネッサンスを目指して

2007年03月12日 大川理一郎


1.原子力ルネッサンスの幕開けとなった2006年

 昨年の2006年は、原子力が本当に久しぶりにポジティブな脚光を浴びた年でした。原子力政策の面では、まず米国が「国際原子力エネルギーパートナーシップ(GNEP)」の構想を発表し、これまで直接処分としてきた使用済燃料を再処理に転換する、高レベルの放射能を有する超ウラン元素を燃焼するための高速炉の開発を手掛ける、そして30年もの間凍結されてきた自国内での原子力発電所の新設を推進する、等々の目標を掲げ、原子力に積極的に取り組んでいく構えを見せました。そしてチェルノブイリ事故を契機に「脱原子力」への動きが支配的であった欧州諸国も、新規の原発建設計画が議会承認されたフィンランド、脱原発政策を撤回して既存原発の運転存続を決めたオランダ、エネルギー政策に原発の新規建設促進を盛り込んだイギリスなど、重要なエネルギー源として原子力の位置付けを正す傾向が見られます。さらにアジア、特に中国とインドでは、近年の急激な経済発展に伴うエネルギー不足が危惧されており、2020年までに合計20基以上の原発建設が計画されています。このような世界情勢の中、我が国日本でも「原子力立国計画」が取りまとめられ、エネルギー供給における原子力発電シェアの維持、核燃料サイクルの推進、高速増殖炉の実用化など、改めて我が国が原子力に積極的に取り組んでいく意思表明が示されました。

 一方、原子力産業の面でも、東芝による原子力プラントの世界トップメーカーの1つである米国ウェスチングハウス社の買収、日立が米国では初めての元請としてGEと共同で進めている原発建設計画、三菱重工による次世代型原子炉の開発を目指した仏国アレバ社との技術提携など、今後期待される原子力需要に備えるための動きが活発化しています。

 このような原子力に対する一連の「追い風」は、原油や天然ガスなどの化石エネルギーの価格の不安定化、地球温暖化防止のための温室効果ガス排出削減、等々近年顕著になってきた要因に対し、再処理可能で燃料の安定供給が可能、発電時に二酸化炭素を排出しない、などといった原子力の特徴が再び評価され始めたことが背景にあります。

2.忘れてはならない「民」への取組み

 こうして原子力を推進していくための「産」及び「官」の車輪が装着され、動き始めました。しかし、安定した着実な舵取りを行うためには、「民」という3つ目の車輪を同時にしっかりと装備する必要があります。すなわち、市民から原子力への取組みに対するコンセンサスを得ること、いわゆるパブリック・アクセプタンス(PA)が政策面や産業面だけを先走りさせずに同時並行で進めていかなければならない重要な活動です。過去をふりかえると、高速増殖炉もんじゅで発生したナトリウム火災における事故情報の隠蔽、安全規定を大きく逸脱した運用が行われたことによって発生したJCO臨界事故、東京電力による自主点検記録の虚偽報告など、事故や故障等の不具合のみならず、その前後周辺のマネジメントの不備・不手際が市民の不信感を大きく募らせました。その結果、原子力反対の世論の高まりに拍車がかかり、原子力技術の研究開発の滞りや原子力発電事業の見直しを余儀なくされてきた事例が幾つも挙げられます。もちろん、原子力に対する市民との合意形成の重要性は改めて言うまでもないことで、これまでも国、自治体、電気事業者がPAのために長い間不断の努力を重ねてきています。前述の「原子力立国計画」においても、「国と立地地域の信頼関係の強化、きめの細かい公聴・広報」という実現方策の1項目として掲げられています。ただ、これまで費やしてきた人材的・金銭的リソースに見合うような成果を生み出すことができたかどうか、と問われると、なかなか胸を張って「YES」とは答えられないのが現状かと思います。これまでと異なる新たなイノベーションが、「民」という3つ目の車輪、すなわちPAの推進に際して望まれているものと考えられます。

3.我々シンクタンクの役割

 これまでのPAのスタンスは、「原子力は安全確保のために数々の対策を講じ努力している」ことを訴えるのにあまりにも偏重し過ぎている印象があります。もちろん、原子力にとって「安全」とは最重要・最優先に満たさなければいけない条件であることは間違いないのですが、これと相反する危険性の存在をも同時に正しく理解させ、さらに原子力が国民生活を豊かなものにするためにどのようなポテンシャルを持っているのかをしっかりと認識させるような努力が必要ではないかと感じます。やや乱暴な比較ですが、飲酒運転による死亡事故が近年後を絶たず、運転者の意志次第で凶器と化す事件も発生している自動車が、それでもなお発展産業として高収益を上げているのは、取りも直さず市民1人1人が自動車の危険性を理解し受け入れた上で、日常生活において自動車を利用することでもたらされる便益を享受したい、と欲しているからだと言えます。原子力は非常に専門的な科学技術に基づいたものですが、これを利用して得られる電力エネルギーは自動車以上に身近かつ必要不可欠なものであり、人々の豊かな生活の一翼を担っているという捉え方ができます。特にこれを商品として取り扱っている電気事業者は、これまでの供給者の立場からの単なる「情報公開」のみならず、顧客である市民の視線に届くような能動的な「情報発信」の取組みが今後必要になってくるのではないかと考えます。

 そのような中で、我々シンクタンクには何ができるのでしょうか。私はこれまで原子力分野における安全解析の業務を数多く手掛け、原子力の物理機構と安全工学を相互相関的に理解しながら、「官」や「産」の視線から原子力を俯瞰する目を養ってきました。その一方で、全国の自治体に対する新エネルギーや省エネルギーの地域政策の実態調査などを通じ、エネルギー政策にあたり各自治体が「民」の合意及び協力を獲得・推進していく上での大変さについても肌で感じてきました。私は、このような経験を礎にして、「産」「官」「民」を束ねるような働きかけを積極的に行い、原子力ルネッサンスの駆動力の担い手となるべく活動していくことこそが、中立な立場ですべてのステークホルダーに精通している我々シンクタンクの任務であると考えています。

以上

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