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コラム「研究員のココロ」

「キャリア」に着目した行政改革の発想転換

2006年12月29日 石井渉


1.今、公務員の役割が厳しく問い直されている

 いつの世も、公務員に対する世間の「風当たり」は厳しいものである。だが近年の「風当たり」は、その強さをより一層増してきているように思われる。
 最近になって、改めて浮き彫りにされてきている談合事件・裏金工作事件などは言語道断であるが、それ以外にも、行政組織や公務員の役割を厳しく問い直す各種施策の動向が、日々の新聞紙面をにぎわせている。特に、公共サービスの担い手を行政と民間事業者が対等な立場で競い合う「市場化テスト」はその象徴とも言え、「公共サービスは公務員が担う」という従来的な考え方を根底から覆そうとしている施策として注目されている。
 また多くの自治体では、相変わらず厳しい財政状況に悩まされ続けており、団塊世代の職員の大量退職を控えながら、「集中改革プラン」による定員適正化が求められている。その中で、自治体は外郭団体の改廃や職員の新規採用の抑制、民間事業者へのアウトソーシングの拡大など、様々な「減量化」施策に取る組まざるを得ない状況になっている。
 このように世間からの「風当たり」が強まる中で、多くの公務員は今、その強い「風」に耐えながらも、一歩でも前に進むために、歯を食いしばって頑張っている状況にあるのではないだろうか。


2.懸念される「モチベーションの低下」と「人材育成施策の陳腐化」

 確かに、世間からの強い「風当たり」は、行政組織や公共サービスのあり方を社会的要請に見合った形に修正していくための「外圧」として必要な要素である。だが、その一方で懸念されるのは、公務員の仕事に対する「モチベーションの低下」だ。加速する社会の複雑化に対応できるよう、公務員が今まで以上に高いレベルで力量を発揮していくことを、国民は期待している。にもかかわらず、畳み掛けるような「役割の見直し」「人員削減」の大合唱ばかりでは、公務員を心身ともに疲弊させ、変革のエンジンとなるべき「使命感」を弱めてしまう一因ともなりかねない。
 さらに、「市場化テスト」によって定型的で代替可能な仕事が民間事業者に移転されていくにしたがって、行政組織にとってみれば、複雑性が高く専門性が必要な仕事の比重が高まっていくことになる。とすれば、行政組織は、その変化に見合った高度なスキル・専門性を持つ人材の確保・育成に努めていかなければならない。しかし行政組織における人材育成は、これまで、ゼネラリスト養成の観点から「組織慣行や暗黙知の継承」に重点が置かれてきた傾向にあり、「個人の能力開発・専門性の確立」という考え方は、どちらかと言えば希薄であったのではないか。平成18年版「公務員白書」では、近年の社会経済的な環境変化を踏まえ、今日における公務員の役割や使命を問うているが、その中でも学習院大学の村松教授や國學院大学の水谷教授らが、行政組織におけるスペシャリストの育成や「職場知識」偏重からの脱却の必要性を指摘している。
 固定的で画一性が強い社会であれば、「組織慣行や暗黙知の継承」に重点を置いた人材育成施策でも通用したのかもしれないが、流動的で個別性が重視される社会であれば、そうはいかない。従来通りの考え方を頑固に守るままでは、近い将来、行政組織の人材育成施策が陳腐化してしまうことになりかねない。今後、行政実務の現場に立つ一人ひとりの公務員が、「中核的な公共サービスの担い手」として、複雑化する社会問題の解決に携わっていくためにも、「個人の能力開発・専門性の確立」という新たな要素を入れ込んだ人材育成施策が、行政組織にも求められてくることになろう。


3.「キャリア」の重視がモチベーション向上と個人の能力開発の源泉になる

 このような「モチベーションの低下」と「人材育成施策の陳腐化」という2つの懸念について、筆者は、公務員の「キャリア」を重視していくことが、解決の鍵となりうるのではないかと考えている。もちろん「キャリア」といっても、高級官僚を指す意味のそれではない。ここで言わんとしているのは、「長期的視点から見た自分自身の仕事人生のあり方」という、より本来的な意味での「キャリア」である。
 公務員の仕事環境が大きく変わり、業務の複雑性・不確実性が高まっているからこそ、一人ひとりが「自分は何のために仕事をしているのか」「どのような仕事であれば自分は達成感・充実感を実感できるか」を改めて問いかけながら、自分の仕事人生の「これまで」を振り返り、「これから」をデザインしていこうとする姿勢が重要な意味を持つ。さらに組織としても、個人レベルで描かれたそれぞれのキャリア像を、許容可能な範囲で受け入れ、そして時には「組織の論理」を貫き通しながらも、実際の人材育成施策や人事異動などに反映させていくことが期待される。
すなわち、個人のキャリアを尊重することとは、「個人が勝手気ままにキャリアを考える」ことを許容するというよりも、個人と組織が対等な立場でそれぞれに主張しあい、「対話」を積み重ねながら、個人が描いたキャリア像を具現化させていくという、個人と組織の「共同作業」を意味している。これは確かに、地道なプロセスであり、すぐに何らかの効果が得られるものではない。だが、このような関係づくりに腰を据えて取組んでいくことが、個人と組織の信頼関係を強めることにつながり、ひいては個人のモチベーションを継続的に高め、自発的な能力開発を促進するような組織風土の形成に寄与するのではないかと筆者は期待している。


4.民間企業は「キャリア」を重要視してきている

 一時期の「リストラ」を乗り越え、「攻め」に転じようとしている民間企業では、今、改めて人材を重視する動きを強めているようだ。その中で「キャリア自律」(あるいは「キャリア開発」)は、優秀な人材獲得や組織力強化のためのキーワードとなっている。
 競争の激化や人材流動化の波を受けて、民間企業では人件費の効率化を求めて非正規雇用者の活用を促進する一方で、企業の成長戦略の担い手となるコア人材を育成(あるいは獲得)する必要性に駆られている。社員のやる気の醸成や企業へのコミットメントを促すとともに、中長期的に企業に貢献できるコア人材を育成していくためにも、企業側が様々な形で、社員のキャリア開発支援施策(キャリアデザイン研修の実施、キャリア面談制度の導入、キャリアカウンセリング体制の充実、多様なキャリアパスの設計 等)を打ち出してきている。
成長戦略を描く民間企業にとって、社員のキャリア開発支援は、今や経営課題の一つとして認識されようとしているのである。


5.「キャリア」への着目で行政改革を「前向き」なものに

 様々な行政改革の渦中にある行政組織は今、90年代の民間企業が経験した「リストラ」の真っ只中にあると言える。とはいえ、「削減」「抑制」「廃止」の掛け声ばかりでは、どうしても陰鬱な雰囲気ばかりが漂ってしまい、元気を失いかねない。そこで発想を変えてみて、本論で紹介したような公務員の「キャリア」を、行政改革の検討項目の一つに載せてみてはいかがだろうか。どんな人でも「自分らしく働きたい、できるだけ面白く働きたい」という思いは持っているはずである。そういった公務員の「前向き」な姿勢を後押ししてあげることによって、「削減」「抑制」「廃止」に疲れた行政組織に活力を注入していくことができるのではないだろうか。
 筆者たちは今、民間企業の「キャリア開発力」を診断するツールの研究・開発に取組んでいる。この診断ツールが、民間企業だけでなく、ゆくゆくは行政組織におけるキャリアを考えていくための手立てとしても活用できるよう、今後も研究・開発を進めていきたいと考えている。
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