コラム「研究員のココロ」
「21世紀を勝ち抜くための企業変革」に関する考察
2006年12月18日 名村 晃
■はじめに
21世紀に入って5年余りが経過したが、その間の経済・社会の環境変化が、20世紀のそれとは比較にならないほど、早くかつ激しいことは誰しも異論がないであろう。
現在もいくつかの業界において、企業買収・再編の嵐が吹き荒れている。こうしたことは金融など一部の業界を除くと、つい数年前まではほとんどなかったと記憶しているが、今日ではどの業界においても日常茶飯事のように起こっているといえる。
この激動の時代を生き残るために、多くの企業では従来の成功方式を捨て去り、新たな経営環境に対応するための企業(事業)変革に取り組んでおられることであろう。しかし、企業変革に真摯に取り組まれているにも関わらず、それを成功に導く確率は決して高くなく、ハードルは非常に高いといえるのではないだろうか。
本稿では、この「企業(事業)変革」(使い古された言葉で言うとBPRになるが)に関する考察を行い、BPRが何故難しいのか、どのようにすれば成功に導くことが出来るのかについて、筆者の見解を以下に述べていきたい。
■BPRを成功させることが難しい理由
まず何故、BPRを成功させることが難しいのであろうか。これについて、筆者は以下の4つが主な理由ではないかと考えている。
- そもそも自己否定が難しい
前述したとおり、BPRを実施するということは、過去の成功体験・成功方式を否定することから始まる。このようなある種の自己否定に伴う心理的なハードルは、誰にとっても非常に高いものであることは容易に想像できる。特に、過去に華々しい成功体験を積まれた企業ほど、それを忘れ去る(アンラーニング)ことに多大な困難を伴うといえる。 - 変革の方向性・最終ゴールがわからない
自己否定に対する心理的ハードルを克服できたとしても、「現状の何をどのように変えるべきなのか」、あるいは「BPRの最終ゴールをどこに位置づけるのか」などが明確にされていないとBPRを成功させることは無理である。すなわち、当該企業にとっての「TO Be」(あるべき姿)を描くことが求められるが、この「あるべき姿」というのは、経営者や従業員の情熱・思いだけで、適切に描けるものではない。(もちろん、情熱や思いは変革をやり遂げるためのエンジンとして絶対に必要なものであるが・・)経営者や従業員の情熱・思いに加えて、現状分析を通じて自らの現在の立ち位置、および今後どのような外部環境変化が想定されるのかを分析した上で、戦略を具体化するプロセスが必要になる。 - どのように実行すればよいかわからない
BPRの「あるべき姿」を描けたとしても、その「あるべき姿」を現場における各業務プロセスに落としこんで具現化しないと、企業変革の成果を摘み取ることはできない。
筆者自身は、まさにこの段階がBPRを成功させるかどうかの肝であると同時に、最大の難関ではないかと考えている。その理由は、「あるべき姿を具現化する」ためには、異なる3つの能力が要求されるからである。ひとつは、「企業全体のあるべき姿・ビジョンを思い描く(イマジネーション)能力」、2つ目に「現場における現状業務プロセスを正確に把握する能力」、最後に「あるべき姿・ビジョンを実現するための新しい業務プロセスを設計し、現状業務プロセスのどこをどのように変更すべきかを見極める能力」である。
必ずしも、3つの能力の全てを一人の人間が担わなければならないという訳ではないが、複数の人間で役割分担する場合は、各人には「戦略寄り」、「現場寄り」など得意分野の偏りが必ずあるので、チーム内の円滑なコミュニケーションにより、その部分を補完し、戦略とオペレーションを確実につなぐ必要がある。社内にこの3つの能力のいずれかを有し、企業戦略と現場のオペレーションをつなぐことのできる人材が豊富に揃っていることが望ましいが、そのような企業は極めて少ないのではないかと思われる。
繰り返しになるが、「企業の戦略・ビジョンを、現場の業務プロセスとして具現化できる能力」こそが、BPR成功の鍵を握っていると筆者は考えている。 - BPRに対する社員の理解・意識改革を実現させるのが難しい
最後のポイントは、BPRに対する社員の理解・意識改革であるが、2つの理由から難しい面があると筆者は考えている。
一つ目に、BPRを実行することにより、不利益をこうむる人間が社内に少なからず存在するということである。ここでいう不利益とは、慣れている従来の仕事のやり方を変えなければならないというレベルかもしれないし、従来は保有していた権限の剥奪など、より実害を伴うレベルかもしれない。
彼らは当然のことながら、BPRに対して反対の立場、いわゆる抵抗勢力になるケースが多い。
BPRを推進する側のメンバーは、そういった抵抗勢力が必然的に社内に存在することを想定し、彼らに打ち勝てるだけの情熱・大義名分を持ち、かつ理論武装しておくことが必要である。
社員の理解・意識改革が難しいもうひとつの理由は、「長年のセクショナリズムの影響により、一般社員が企業全体最適の視点を持ちにくく、企業変革の必要性を理解しにくい」点にあると考える。日本企業は、従来「各部門の個別最適を積み上げることが、企業全体にとっても良い」とする立場を取ってきた。(そのような考え方が適切であった時代も過去にあった。)しかし、昨今の経営環境の変化に伴い、「一部門における個別最適な解決策が、企業全体にとって良いとは限らない」状況が起こっている。
一例をあげるなら、「製造部門における生産性・操業度の向上と製品在庫との関係」などがあげられる。製造部門にとっては、連続生産により操業度をあげるほど1個あたりの原価を低く抑えられるが、その結果、仮に不良在庫が山積みになってしまうなら、操業度をあげることが企業全体にとって最適とは言いがたい。こうした部門最適と全体最適がマッチしていない状態は、企業のいたるところに存在するが、多くの社員にとって自部門における業績評価の影響もあり、部門内で日常的に起こっている目先の問題への対応に追われてしまっているのが実情ではないだろうか。その結果、一般社員が企業全体最適の視点を持ちにくい環境が生まれ、さらにそのことがBPRの必要性を理解しにくいことにつながっていると考えられる。
■どのようにすれば、BPRを成功に導くことができるのか
では、どのようにすれば以上述べたような問題点を克服して、BPRを成功に導くことができるのであろうか?以下に筆者が考える解決の方向性を整理する。
- ビジョン・戦略の明確化
まずは自社の置かれた現在の状況と今後想定される経営環境の変化を把握し、自社にとって最良と考えられるビジョン(将来の成長の方向性)を定め、さらにビジョンを実現するための戦略を明確化する必要がある。(ビジョン・戦略立案には、SWOT分析、3C分析、4P分析、BSCによる分析など、様々な分析ツールが存在するが、個々のツールの詳細内容については専門書に譲りたい。)
ちなみに筆者の私見になるが、ビジョンには「その会社が何のために存在するのか、どのような価値を顧客に提供するのか」が含まれているべきだと考える。
例えば、「従業員が安心して働ける会社」というビジョンはどうだろうか。確かに、企業の一側面を表しておりビジョンといえなくもないが、これだけでは「当社は何のために存在して、顧客にどのような価値を提供するのか」(いわゆる事業ドメイン)が見えてこないので、なかなかその後の戦略展開に結びつきにくいのではないだろうか。
繰り返しになるが、ビジョン・戦略を明確にするためには、市場動向、競合他社動向の分析に加えて、自社の業界におけるポジション/強み・弱み/内部プロセス/財務状況など様々な観点からの分析を行い、現状の全体像を十分に把握したうえで、さらに数年後に目指すありたい姿を描くという作業が必要であると筆者は考えている。 - 問題の構造化
筆者自身は、企業変革の要諦はこの「現状抱えている問題の構造化」にあると考えている。「問題の構造化」を適切に行うことができれば、各部門における問題が相互に影響しあって負の連鎖に陥っているという「問題の全体像」を俯瞰することができる。
そのためには、自社で起こっている問題の構造をツリー状に図解してみることをお奨めする。まずは各部門で起こっている問題現象を洗い出し、個々の現象に対して、「なぜ、なぜ」と自問を繰り返すことで、問題が発生している原因をより本質的な原因(真因)へと深堀りしていくのである。どこかの段階で各問題の共通要因と思われる事象にぶつかれば、それこそが「中核的な問題」であると特定できる。「中核的な問題」さえ特定できれば、その問題をどうすれば解決できるかを検討するステップに進むことができる。「問題構造化」に慣れていないと、なかなか一度できれいに描くことは難しいが、そのような場合は何度でも書き直しして構わないし、場合によっては我々コンサルタントの支援を受けるというのも一つの手である。どのような方法を取るにしても、まずは「問題の全体像」を俯瞰することが大変重要であると筆者は考えている。
それができれば、「セクショナリズムによる自部門(あるいは担当業務)の部分最適から企業の全体最適へ」と社員の視野を広げられる効果も期待できるし、中核的な問題を解決しなければ、各部門における個別問題はなくならないというロジックに対する理解・納得性も高まるはずである。仮に社内でプロジェクトを組んで問題解決に取り組むことを想定した場合に、どんなテーマであっても社員が納得して自発的に取り組む場合とそうでない場合で、成果に雲泥の差が生じることも付け加えておきたい。 - 業務プロセスへの落とし込み
(2)で「問題の構造化」を行うことができれば、前述の「BPRを成功させるのが難しい」要因のかなりの部分を解消できると思われるが、現場の業務プロセスに具体的に落とし込んでいくときは、もう一工夫が必要であると考える。つまり、現状業務に携わっている担当者は、業務プロセスを変えることによる影響が十分に見えないことに対して不安を感じているはずであり、その不安を上手く解消してあげられないと、業務プロセスに落とし込む段階で頓挫することにもなりかねない。
業務プロセスを変えることに対する不安を解消するには、改善案(仮説)が正しいかどうかを十分に検証するステップが重要である。例えば、複数の代替案のメリット・デメリットを主要項目ごとに比較・評価する。あるいは、机上のシミュレーションで検証できる部分については、できる限り現実に近い前提を置いて、データシミュレーションを試行してみる。また何らかのシステム変更を伴う場合は、ユーザによる十分なシステムテストを導入前に行うことも当然重要である。さらに、いざ導入する場合も、影響範囲の小さいところから部分的に導入し、十分に検証したうえで、段階を追って全体に導入するという慎重な手順も必要である。こういった十分な検証プロセスを経ることで、当初の仮説で考慮不足だった不具合点を発見し、全体導入前に改善できる確立も高まる。さらに社員が検証プロセスに参加することで、企業変革への参加意識を醸成でき、社員のモチベーション向上につながるという効果も期待できるものと考えている。