コラム「研究員のココロ」
地方自治体の資産マネジメントによる新たな公的不動産市場への期待
2006年12月11日 日吉淳
■地方自治体の資産活用による都市開発の促進への期待
近年、わが国の不動産市場は活況を呈しており、国内外の投資家から大いに注目されています。首都圏のオフィスビルやマンションの建設ラッシュはとどまるところを知らず、六本木ヒルズに続く大規模な再開発として注目されている「東京ミッドタウン」や大規模な超高層マンション開発プロジェクトである「芝浦アイランド」などのオープンも間近に控えています。
特に、東京都心部においては、今後も業務系、住宅系、商業系にかかわらず再開発のニーズが高いと見込まれており、不動産開発業者(ディベロッパー)は開発用地の確保に頭を悩ましています。
東京都心部の不動産開発用地は、低利用の住宅地等を市街地再開発事業により高度利用を図るか、もしくは企業の遊休地を種地として活用する方法が主力となっており、特に工場跡地は都心部における貴重な都市開発用地の供給源となっています。
工場跡地が積極的に不動産市場に放出された要因としては、生産の国外シフトや企業の合従連衡、中小企業の後継者不足による廃業によるによる資産処分の活発化に加え、会計制度の変革や資金調達手法の多様化が大きな要因といわれています。これは、時価会計の導入に伴い、価値が市況で変動する資産の保有が経営上のリスクとして認識されると同時に、バランスシートのスリム化が資金調達に際してマーケットからの評価を高めることとなったことから、企業は不要な資産の圧縮を進め、結果としてこれまでであれば遊休化させていても保有していた不動産が市場に放出されたと考えられます。
しかしながら、開発に適した大規模な工場跡地の数には限りがあり、特に開発ポテンシャルの高い都心部においては開発の種地となる不動産が不足してきています。そこで、新たな都市開発用地の供給源として、国や地方自治体が保有する資産(不動産)が注目されています。
これまで、地方自治体が所有する不動産は将来的な行政目的利用等のため、遊休化していても放置しているケースが多く見られました。これには、地方自治体には不動産関連の税金が発生しないため、不動産を遊休化させていてもコストがかからないという背景もあると考えられます。しかしながら、近年の逼迫した政状況下においては、行革の一環として地方自治体においても資産処分を進めていく動きが活性化しています。さらに、公共施設の新設や建替えに際しても、PFIなど民間活力の導入が積極的になされており、所有不動産の有効活用が進められていることも見逃せない動きといえます。
■地方自治体における資産活用パターン
地方自治体が資産活用を図る際のパターンとしては、下記の4つがあります。
(1)資産処分型
所有する資産を民間に売却する方法で、一般的には入札により売却先を決定します。なお、行政の意向に沿ったまちづくりを促進する観点などから、総合評価型の入札を実施することで、単純に価格だけで売却先を決めるのではなく、取得後の利用計画も売却先選定の評価基準とすることも行われています。
(2)余剰地活用型
老朽化した公共施設の建て替えを実施するに際し、施設の高層化、集約化等を行うことで民間が活用できる余剰用地を捻出する手法も実施されています。特に、都心部に立地する公営住宅は建設時期が古いものも多く、高層集約化により開発用地を生み出すポテンシャルが高いと見込まれます。実際、東京都では都営住宅の建て替えに際して民活の導入を積極的に進めており、既に具体的な官民協働による都営住宅建て替えと民間の住宅開発の取り組みがなされています。
(3)余剰容積活用型
これまで、公共施設の整備に際しては、設置場所が高容積の一等地であっても、基本的には公共が必要する規模の施設のみを整備することから、開発対象用地のポテンシャルを最大限に活かしきれないというケースもみられました。その理由としては、会計法や地方自治法により、地方自治体が所有する財産の利用が大きく制約されていたことに加え、そもそも公共サイドに資産有効活用の意識が欠如していたということも大きな要因であると思われます。しかしながら、公共施設整備にPFI手法が積極的に導入されるようになり、公共が所有する資産の活用に関する規制緩和も進んできたことから、公共施設の整備に際して民間施設との合築による敷地の有効活用が可能となっています。具体的には、開発対象地の容積率等から算出される開発可能な規模のうち、公共施設を整備するのに必要な容積以外の余剰容積を民間が活用するという方法で、国の合同庁舎整備事業などで既に実施されています。
(4)リースバック・証券化型
本社ビルの流動化など民間企業では一般的に実施されているリースバックや不動産証券化の手法については、地方自治体の資産処分や活用に関する法的制約により公共分野に導入するのは難しいのが現状です。しかしながら、アセットファイナンスの活用や資産のオフバランス化は、地方自治体においては今後意識しなければならない課題となりつつあることから、公共分野におけるリースバックや証券化手法の活用は今後大いに期待できると考えられます。なお、庁舎の整備においては、「リース方式」と呼ばれる、民間が施設を保有して地方自治体がテナントとして入居するタイプの事業も実施されており、公共施設は必ず公共が直接保有するという常識が覆されてきています。
■地方自治体における資産活用の課題
地方自治体が資産活用を行うに際しては、PFI法の施行や行政改革の推進を背景に、これまで様々な規制緩和が進められてきており、民間事業者が公共の資産活用を行える環境はかなり整ってきている状況です、しかしながら、下記に指摘する課題については、資産活用を進める上で十分に留意する必要があります。
(1)補助金、起債の対象となった資産
地方自治体においては、有効活用の対象とする資産を取得する際に国庫補助金や交付金を受けている場合、補助金適正化法(※)の制約を受け、原則としては補助金交付目的以外の資産の活用と資産処分ができないことになっています。よって、耐用年数50年の施設を建築後25年目に取り壊したり、他の用途に転用した場合には、補助金の半額を返還しなければなりません。また、起債による資金調達を行った施設についても、特に法的な制約は明文化されていませんが、起債の償還が完了するまでに転用や売却を行う場合には所管の総務省との協議が必要となる場合があることに留意が必要です。
※補助金等に係る予算の執行の適正化による法律(昭和30年8月27日法律第179号)
(2)住民感情への配慮
地方自治体が所有している土地については、ある公的な目的のために地域住民から用地を買収することが一般的です。このため、民間による自治体の資産活用に対し、土地を売却した住民は公共目的だから売却したのに民間が事業をすることに対する反発も想定されます。また、小中学校の廃校跡地の活用に際しても、学校の施設に地域住民は強い愛着を持っているケースが多いため、民間による跡地活用に同意を得られない可能性があることにも留意が必要です。
■今後の公的不動産市場活性化に向けて
国や地方自治体においては、今後より一層の行政改革を進めていくため、民間の経営手法を積極的に取り入れていくことが求められています。所有資産の活用を進めることは、不動産市場を活性化させ、国や自治体が財務的なメリットを享受することだけでなく、資産活用の導入プロセスにおいて、様々な民間の経営センスを吸収できる絶好の機会となることも期待できます。
国や自治体の資産活用については、民間の不動産市場の活況を受け、これまで公共マーケットとはあまり縁がなかった不動産会社をはじめ、外資系の投資銀行や不動産ファンドなどが新たな不動産市場として参入の機会を窺っています。これらの新規参入企業は、これまで公共が接点を持ってきた建設会社の公共営業部門等とは同じ民間企業でも大きく企業文化が異なり、公共市場のこれまでの常識がまったく通用しない純粋な民間市場のプレーヤーであるといえます。よって、地方自治体が民間による資産活用を考えるに際しては、これまでの公共主導の発想を転換し、民間市場の行動原理を踏まえた官民協働の仕組みを構築することが不可欠となります。一方、公共市場への新規参入を図る民間事業者においては、事業のスピード感や意思決定プロセス、パートナー企業選定の公平性の担保など、これまで経験してきた民間市場とは大きく異なるものであることから、参入に際しては十分な準備と検討が必要であり、公共市場に精通した事業パートナーとの連携による事業展開が有効な手段であると考えられます。