コラム「研究員のココロ」
「利益連動給与」は役員報酬改革の救世主?
2006年11月27日 小林卓也
■はじめに
役員の業績向上に対するインセンティブ(業績に応じた賞与や報酬)の在り方は、役員報酬制度改革において重要な検討テーマのひとつであった。不確定金額方式による業績連動報酬の道も開かれてはいたが、役員賞与の税効率が低いこともあり大型のインセンティブを導入するに至ることはさほどなかった。
平成18年度法人税法の改正で、役員報酬の取り扱いに関連して「利益連動給与」のうち一定の要件を満たすものについては、損金算入が認められものとされた。税効率が良くなることを受けて、業績に応じた賞与や報酬を「利益連動給与」へと見直す動きがでてくるものと考えられる。本稿では、業績評価と報酬という観点から、「利益連動給与」について考えてみたい。
■「利益連動給与」の仕組み
<「利益連動給与」の要件概要>
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制度に関する要件の概略をまとめると上記の通りである。報酬の算定基準、算定方法に加え、決定プロセス、開示、会計処理等が定められている。以下、報酬の算定基準、業績評価の観点に絞って、主な要件への対応を整理してみたい。
- 【算定法の指標】
- 当期の利益に基づく指標でなくてはならない。具体的な指標例としては、連結または単体の営業利益、経常利益、純利益、ROA等が想定される。
- 【算定方法】
- 客観性が求められているため、個別の業績評価を加えることはできない。個別評価が入る算定方法は客観性に欠ける、と認定されてしまう。さらに個々の役員に対する恣意性を排除するために、各役員に同様なものが求められており、役員個々に個別の算定方法を設定することは難しい。対象者全体を包含する形で、共通の算定方法が必要となる。全員に共通の算定方法ということでは、《算定指標の達成状況に基づき一定の剰率で報酬を算定する》方法が想定される。あるいは恣意性を排除する中で役位を考慮した算定方法ということであれば、《算定指標の達成状況と役位に基づくポイント配分によって算定する》等の手法が考えられよう。
- 【確定額の限度(上限金額の設定)】
- 支給上限額が具体的に定めてある必要がある。たとえば《対象者本人に支給する役員報酬(年額で定めた定額)の30%を上限とする。具体的な限度額は●●△千円とする。》等の定め方が考えられる。確定額の範囲内で支給されることを明らかにしておくことになる。
■業績評価とのジレンマ
「利益連動給与」とは不確定金額方式の報酬算定の考え方を踏襲しつつ、その仕組みの中に「上限金額」と「指標の基準」を組み込んだもの、と考えても良いだろう。業績に応じて報酬を自動的に算定する仕組みである以上、算定プロセスにおいて第三者の意思を反映する余地がなくなることは明らかである。したがって「利益連動給与」の場合、その算定過程において社長や取締役会等が個々の役員を評価し、その評価結果を報酬に反映させることはできないことになる。また算定指標が当期の利益を基準にしているため、中長期的な戦略課題に対する結果等、中長期的な視点でとらえた業績貢献も考慮されることはない。
「利益連動給与」の業績評価と処遇反映の関係から考えると、業績評価による報酬体系を確立してきた企業であっても、報酬決定プロセスや評価の仕組みを大幅に見直さないと「利益連動給与」には対応できない可能性がある。業績評価の反映がネックとなることが想定される。「利益連動給与」に切り替えることを優先するのであれば、業績評価について再度検討し、算定方法を変更する必要がありそうである。ただし「利益連動給与」を優先するあまり、本来評価すべき業績が軽視されるようになるのであれば、本末転倒な話になる。
■「利益連動給与」は役員報酬改革の救世主になるか
「利益連動給与」がインセンティブとして活用されるかどうかは、不透明である。税効率という観点から企業業績に寄与することを優先的に考えるのか、あるいは役員の業績と処遇の在り方、すなわちガバナンスという観点から企業業績に寄与することを優先するのか。「利益連動給与」を考える際のポイントになろう。
適切な報酬決定プロセスと開示ルール等さえ遵守すれば、「利益連動給与」の導入そのものは決して難しい話ではない。むしろ検討時の問題となるのは、バランスの取れた業績評価の考え方や仕組みとどこで折り合いをつけるか、ということであろう。役員の役割と業績をどのように考え、それを報酬全体としてどう展開し反映させていくか、が問われているといえよう。ぜひ役員の役割、業績、報酬評価等の処遇に対する基本的な考え方を振り返ってみていただきたい。そのうえで「利益連動給与」を報酬の中に位置付けることができるのであれば、インセンティブとして活用されたら良いのではないか。損金算入できるようになったメリットを活かすことは、決して損な話ではないと考える。