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コラム「研究員のココロ」

生産財マーケットにおけるビジネスモデル革新のすすめ

2005年12月26日 大畑邦夫


■はじめに

 日本経済はようやく長いトンネルを抜け出し、明るい兆しが見え始めたところと感じている。バブル崩壊以降、消費財やサービスの分野では経営環境が激変する中、淘汰・再編の嵐を潜り抜けた企業の多くは、過去最高益を上げるに至っている。
 これに比べて生産財マーケットは、他の分野ほど厳しい淘汰が起こらなかった。それゆえ、旧態依然とした取引慣行の下、「忙しいだけで儲からない構造」を引きずった企業が数多く見受けられる。経済全体の底上げで、当面の業績は上昇する企業が多くなってくると思われるが、本質的で抜本的な変化が起こっているかという視点で見たとき、そこまで到達できていない企業が極めて多いと感じている。
 以下、なぜ生産財マーケットにおいて「ビジネスモデル革新」が必要とされているのかと言う点について、筆者の主張を論じていきたい。文中、生産財マーケットや消費財マーケットを総論ベースで多少デフォルメして、論点を展開しているので、各論ベースではそうではないケースが存在することを付記しておきたい。


■消費財マーケットの変革

 日本的流通システムの特徴の一つとして、小売業/卸売業の集中度が世界的にも類を見ないほど低い点を挙げることができるが、高度成長期以降この傾向は継続的に是正されつつある。
 消費財マーケットにおいては、マーケットの要求に応えるように、総合小売店やスーパーマーケット、各種のカテゴリーキラーといった大規模小売が誕生し、マーケット全体に対して強大なバイイング・パワーを持つに至っている。また、エンドユーザーの多様化する嗜好を的確かつ効率的に捉えたコンビニエンスストアも隆盛を極めている。このようなバイイング・パワーの強大化に牽引される格好で、メーカーはこれまで主導権を持って進めてきた流通戦略の大きな見直しを迫られることになり、卸もまた中抜き論に代表されるように、自身の存在意義を問われるという厳しい環境にさらされた。結果として、大手消費財卸の中には、極めて高度な物流機能とリテールサポート力を有する企業が生まれるに至っている。また、ステークホルダー間の合従連衡が盛んに行われたり、業種、業態、業際を越えた垂直統合/水平統合が起こっており、結果的に消費財マーケットは市場全体として強靭な体質に変化しつつあると考えられる。
 消費財マーケットに起こっている合従連衡や垂直統合/水平統合の動きを、単に業界における覇権争いと捉えるのは適切ではなく、
  • 如何にして顧客のニーズを正確に把握し、タイムリーに商品を供給するか(顧客志向)
  • 如何にして低価格で商品を顧客に提供するか(ローコスト経営)

という本質的な企業課題(=「ビジネスモデル革新」)への取組みと捉えることが重要である。


■生産財マーケットはなぜ変われないのか

 消費財マーケットのこのような大きな変化に対して、生産財マーケットはどうだろう?
 筆者は、生産財メーカーでの業務経験とその後のコンサルタントとしての経験を通じて、生産財マーケットに関わる企業の多くは、本質的な「ビジネスモデル革新」に十分に取り組めていないと考えている。では、なぜそれができていないのか、消費財との相違点を中心に私見を整理する。
 まず、説明の前に図1を見ていただきたい。この図は生産財マーケットと消費財マーケットの位置づけを示したものである。生産財マーケットを製品組込系と生産ライン系に大きく分類している。主に機械や電子部品といった業界をイメージしてまとめたものであるが、他業界へも適用できると考えている。

(図1)生産財マーケットと消費財マーケット
生産財マーケットと消費財マーケット


(1)顧客からの距離が遠い
 製品組込系の場合、基本的に消費者(C)の評価は製品全体に対して行われ、個々の部品レベルまで降りてはこない。製品の評価は、製品の多様な機能に対する消費者の優先順位付けがさまざまに行われた結果として総合的に下されるものであること、また、製品の性能とはある意味関係のない消費財メーカー(M3)の供給体制までもが対象になることなどを考えると、生産財メーカー(M2)にとって、消費者の自社製品に対する真のニーズを把握することは極めて難しい。
 このような最終ユーザーとの距離感にそもそも生産財ビジネスの難しさがあり、ともすれば消費財メーカーがユーザーであるという錯覚に陥ることもある。
 また生産ライン系で、特に汎用品を生産しているメーカー(M1)の場合などは、チャネル階層が深く、実際のユーザーが何処にいて、どのような使い方をしているのか、十分に判っていないケースも見受けられる。

(2)消費財メーカーのニーズに多様性がある
 製品組込系にも生産ライン系にも言えることであるが、消費財メーカーの製品選定には、以下の表1のような特徴がある。このような製品選定における基準の多様性は、生産財メーカーや卸にいくつもの生き残り方を許すこととなっている。

(表1)商品やサービスの選定における相違点
商品やサービスの選定における相違点


(3)メーカー・卸の立ち位置が決まらない
 日本の流通システムは従来メーカー主導で行われてきたが、前述のように消費財ではすでにこの関係が大きく変化している。小売からの圧力にメーカーも販売代理店政策の転換を余儀なくされ、多くの卸は販売代理店からホールセラー(wholesaler)への脱皮を図っている。
 汎用品を中心に扱っている生産財メーカーは、販売代理店政策を採っていることが多いが、卸との関係は、旧態依然としたものがある。消費財ではメーカー、卸、小売の関係がある程度収斂されつつあるが、生産財においては、今後関係が変化していく中でのそれぞれの立ち位置が十分には決まっていない。

 生産財ビジネスに関わる企業の多くは、直接的なユーザーニーズの多様性に基づく緩やかさと、最終ユーザーのニーズを把握しづらい本質的な難しさの中で、自社のドメインやビジネスモデルを十分に明確にできていないと考える。
 では、今後もこのような環境は未来永劫続くのだろうか?このような顧客との関係性を未来永劫続けるのだろうか?答えはいずれもNoであろう。


■事業戦略の基幹をなすCRM戦略とSCM戦略

 消費財、生産財を問わず、メーカー、卸を問わず、事業戦略の基幹をなすものは、CRM戦略とSCM戦略であると考えている。
 CRMとは、Customer Relationship Managementの略で、顧客が何に価値を認めているのかという点を明確にして、そこを強化していくことによって顧客との関係性向上を図っていこうという考え方である。一方SCMは、Supply Chain Managementの略で、原材料の調達から商品を顧客に届けるまでの供給連鎖活動(サプライチェーン)におけるビジネスプロセスを抜本的に見直し、全体最適による効率化や価値向上を目指していこうという考え方である。
 企業におけるCRM戦略とSCM戦略を整理すると図2のようになる。

(図2)CRM戦略とSCM戦略
CRM戦略とSCM戦略


 簡単に言うと、CRM戦略で、企業のドメインやターゲットを明確にし、自社の付加価値を高められる領域を強化していくことによって、売上の拡大と採算性の向上を図り、SCM戦略で、効率的で付加価値の高いビジネスプロセスを構築することによって、ローコストオペレーションの実現と低価格でのサービスや商品の提供、売上の拡大、採算性の向上を図っていくのである。CRM戦略とSCM戦略は車の両輪のように働き、企業活動をスパイラルに向上させていくもので、両者とも顧客視点という共通の目線を持つものである。


■生産財ビジネスにおける事業戦略立案のポイント

 生産財ビジネスに関わる企業においても、CRM戦略とSCM戦略の重要性は共通であるが、事業戦略の柱になる部分が、取扱商品などによって変化してくると考えている。
 前述の製品組込系、生産ライン系という分類と当該製品がキーパーツなのか汎用品なのかという分類で、CRM戦略/SCM戦略の重要度について表2のような整理を試みた。CRM戦略とSCM戦略は本来バランスが大切だが、どのあたりに軸をおくべきなのかということを表したもので、表中の切り口がビジネスモデルを表す。

(表2)生産財の分類と事業戦略の重点ポイントイメージ
生産財の分類と事業戦略の重点ポイントイメージ


 例えば、製品的に極めて成熟した市場で、自社製品に他社との差別化を十分に図るだけのものがないとすると、やはりSCM面の強化が差別化のポイントとなるだろう。逆に技術的に他社との差別化を図ることができるシーズを持ち、顧客の個別の要望に対応していかなければならないような市場では、本質的にはCRM面を強化することが必要となる。
 以前、ある業界の部品卸において事業戦略立案の支援をさせていただいた。上のマトリクスでいうと、製品組込系、汎用品(中心商材は)に位置づけられる企業であった。当該企業に対して顧客が最も大きな価値を見出しているのは、幅広い商品をタイムリーに揃えられるという、ワンストップ・オーダー的な機能であった。コンサルタントとしては、SCMの強化による更なるローコスト化とサービスレベルの向上が重点的に投資すべきポイントだという提言をさせていただいたが、社長の思いは商品部門を強化し柱となる商品を育て、採算性の向上を目指したいというものであった。
 ここで申し上げたいのは、今できることと、将来的にこうありたいというものは違うということである。この会社の場合、SCM戦略の実践はどちらかというと容易であるが、CRM戦略の実現は社員の意識やスキルを含めて、根本的なところから大きく変えていかなければならないし、消費財メーカーにパートナーとして認知される必要があるため、たいへん時間の掛かる作業となる。
 表2ではCRM戦略、SCM戦略と大括りで分類しているので、キーパーツと汎用品で単純に戦略軸が変わるという表現になっている。しかしながら、実際には製品組込系か生産ライン系か、メーカーか卸かという切り口や製品ミックスでそれぞれの戦略の中身が変わってくるため、個々の企業の実態に即した戦略立案が不可欠となる。


■生産財マーケットにおける勝ち組企業を目指して

 生産財マーケットにおいても勝ち組企業と言われるところはいくつもある。例を挙げれば、ミスミやキーエンスなどである。キーエンスは先進の技術力が注目されるが、先端技術だけで成功しているのではない。
 両社の優れている点は、
  • マーケットのニーズを正確に把握する(一部先取りする)
  • 自社の技術シーズにうまく適合させる(技術シーズをさらに磨く)
  • サプライチェーンの効率化を図り、タイムリーに製品を供給する
  • サプライチェーンの効率化を図り、ローコスト化を図る

といった「自社のビジネスモデルをしっかりと構築している」ところと考えている。自らの勝ちパターンをしっかり持って、このモデルが社会的な貢献を果たしているから、受け入れられるのである。
 翻って考えたとき、多くの生産財関連企業はどうだろうか。自社の勝ちパターンをしっかりと持っているだろうか。過去の勝ちパターンが風化していないだろうか。自社のビジネスモデルは社会的な存在意義があるだろうか。
 このあたりのことを十分認識し、自社のビジネスモデル再構築に向けた改革に取り組むことが、多くの生産財メーカーと卸に求められていると考えている。



※私ども経営戦略クラスター(大阪)では、生産財関連企業向けのトップマネジメントセミナーを2006年1月20日(金)に開催させていただきます。ご興味がおありの方は、ご参加を検討いただければ幸いです。
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