コラム「研究員のココロ」
すべては組織風土の変革のために(2)~ 何のための人事制度改革か? ~
2005年12月12日 水間 啓介
1.環境変化への柔軟かつ迅速な対応のために
「種の起源」を著したチャールズ・ダーウィンをご存知でしょうか。生命の進化とは“選択”であって、環境変化の中で種の保存に一番適したものが種を保存し進化ができたとする進化論の提唱者です。地上では脊椎動物が支配していますが、実は海にしか生命が存在しなかった頃に、獰猛で大型の肉食海中生物からの脅威の中で、脊椎動物のルーツが微弱な存在にもかかわらず、環境変化の中で種の保存に適していたため、進化することが可能でした。更に海から陸を目指し、木から地面に降り立ち二足歩行し、肉食獣からの脅威に対抗して火と言葉を生み出した我々の遠い祖先は、微弱な存在で常に存在を脅かされながらも、環境の変化に敏感に対応してきたために種を保存できました。最強だったものが種を保存できたのではないということです。
話が変わりますが、戦後60年経った今年、九州南西沖に沈没した戦艦大和の悲劇に関心が集まっています。世界最大の主砲を持ち、海軍の旗艦として華々しいデビューをしたものの、活躍する舞台も成果も残せず、沖縄特攻の悲劇へとつながった生涯が哀れみの心を掻き立てるからでしょうか。時代は艦載機による制空権争奪の戦いへと変わっているにもかかわらず、日露戦争での成功体験から大艦巨砲主義にこだわったことが戦艦大和の悲劇をもたらしたとも言われています。
企業においても、競争の激化による経営環境のめまぐるしい変化の中で、過去の成功体験の呪縛を解き放ち、常に危機意識を持って環境の変化に柔軟かつ迅速に対応をすることが極めて重要になってきています。そうした対応を効果的に行うには、環境変化に柔軟かつ迅速に対応できる筋肉質の組織風土へと変革していくことであると考えます。組織風土がどのようなものであるかを理解し、組織風土にもたらす影響を念頭に入れた上で組織変革に取り組むことが必要です。
2.組織文化への関心の高まり
組織文化への関心が高まっています。実はジャパン・アズ・ナンバーワンといわれた1980年代に、自信を失った米国企業が躍進を続ける日本企業を研究する中で、組織文化の重要性に注目したことが契機となったと言われています。
なぜ組織文化が重要なのでしょうか。それは、組織文化が経営の意思決定に忍び込み、予測不能で良くない事態へと導くことがあるからです。
では組織文化とは一体いかなるものなのでしょうか。社内で共有されている価値観であるとか、自分たちは同じ会社の社員なのだという意識(成員性の認知)であるとか、組織文化の決定要因についてはさまざまな見解があります。ここでは組織文化の決定要因を論ずるのは本意ではなく、組織文化にどう向き合っていくのかについて述べたいと思います。製品にライフサイクルがあるのと同様に、企業にもライフサイクルがあり、発展段階に応じて組織文化として求められるものも違ってきます。創業間もない企業は社長のカリスマ性で文化が芽吹き育つのを見守り、成長期には組織の発展とともに組織体を特徴づける文化の強い部分の強化を図り、成熟期には新たなる事業を立ち上げるためのビジネスモデルの創出とそのビジネスモデルに適合する組織文化の形成を試み、また合併により複数の文化の融合を図る場合には、双方の会社が時機を逸しないよう共同して新たな文化を形成するように働きかけることが重要です。なお最近では、組織風土の統合に要する時間と労力を考えて、持株会社を通じた緩やかな連携を選ぶ動きも出てきました。
3.組織風土の変革への取り組み
組織風土と組織文化とをどう関連付ければいいのでしょうか。組織風土は“組織構造・制度”と“組織文化”の関数という考えを支持します。前者の組織構造・制度が組織風土を構成するハードウエアであり、後者の組織文化がソフトウエアであって、しかも双方が互いに影響し合って相乗効果を生み出す。つまり、組織構造・制度が組織文化に影響を及ぼす一方で、組織文化が組織構造・制度にも影響を及ぼすという考え方です。
なぜ組織風土を変革しなければならないのでしょうか。それは、冒頭に述べたように、環境変化への感度を高めて柔軟に自己変革のできる組織体であり続けることが、グローバル化が進み環境変化がますます進む中で、企業が生き残っていくために求められると考えるからです。戦略論の世界では、“意識的戦略”とともに、いやそれ以上に“創発的戦略”が重要であるとされ、“創発的戦略”への取り組みに注目が集まってきており、組織の成長の中から試行錯誤しながら学習するという戦略の重要性が強調されてきています。
人材マネジメントの観点に関して申し上げれば、試行錯誤しながら学習するマネジメント手法として、パフォーマンス・マネジメント、コンピテンシー・マネジメント、ミッション・マネジメント、モチベーション・マネジメント等を活用した取り組みが有効であると考えます。その要諦は、こうしたマネジメント手法を形式的に、流行だからという理由で導入してはならないということです。マネジメント手法を形式的に移植すれば組織改革ができるなど、事はそんなに簡単ではありません。うまくいかない理由は手法そのものの是非ではなく移植の仕方にある場合が大半です。何年もやってもうまくいかないから駄目だと結論づける前に点検していただきたいことは、そのマネジメント手法を導入する目的は何であるのか?それが組織の末端(少なくとも管理職)までわかりやすい言葉で伝わっているのか?自社の組織風土の特性を踏まえてどのように(程度・手段・タイムスケジュールなど)導入しようとしているのか?改革の取り組みが継続するように適時的確なフィードバックがなされているか?等々です。コンピテンシー・マネジメントとミッション・マネジメントについては、すでに前編で概略を述べていますが、それ以外の項目を含めて詳細について、近々機会を設けて述べたいと思います。
組織風土の変革にあたって、さまざまな障害が存在します。特に申し上げたいのは、改革への取り組みを開始する初期の時点における以下の2つの事項です。1つは、担当部署が一方的に策定して関係者に押し付けるのではなく、初期の段階から関係者を巻き込み、彼らに自分のこととしてコミットしてもらうことです。もう1つは、経営トップが目指す変革の目的と変革が達成されたときの状況とを明らかにして、達成されたときの喜びと達成に至るまでの苦しみを共に分かち合うことをコミットすることです。熱意・決意・執念と継続的な取り組みが大事であると思います。
【参考図書】「企業文化」(白桃書房)、「制度と文化」(日本経済新聞社)