コラム「研究員のココロ」
誤解の多い裁量労働制
~裁量労働制を活用して企業の活性化を~
2006年10月23日 江並正民
裁量労働制が普及していないようである。最近の調査でも全産業・規模計で専門業務型裁量労働を採用している企業の割合は3.4%に留まっている(「平成17年賃金事情等総合調査」)。理由は様々考えられるが、近年の労基法改正により導入条件がある程度緩和されているのにもかかわらず、法と行政解釈の不一致もしくは一貫性のなさによる混乱が、導入を阻む一因になっているものと考えられる。
具体的にいうと、労基法第38条の3に定める専門業務型裁量労働制では、「労使協定により対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間(同条第1項第2号)を協定することにより、対象者はその時間労働したものとみなす」旨を規定している。これは、法は「みなし労働時間」の決定を、専ら労使協定に委ねているということであり、「みなし労働時間」の決定についてはそれ以外の制約を加えてはいない。
これが解釈例規では、「なお、当該業務の遂行に必要とされる時間は、時とともに変化することが考えられるのであり、一定の期間ごとに協定内容を見直すことが適当であるので、当該協定には、有効期間の定めをすることとしたものであること。(基発平12.1.1)」となっている。
この解釈例規の文言から、あたかも裁量労働制においても、労働時間を把握してそ の実態に応じて「みなし労働時間」が決定されなければならないような誤解が生じている。実際、この通達に基づいて、そのように指導する労働基準監督官も存在するようである。
裁量労働制は、元々労働時間管理になじまない業務のための制度であり、労働時間の把握は可能であっても、その長短が結果としての成果に直結しない業務について、(休日、休憩、深夜労働を除き)厳密な労働時間管理からの離脱を認めた制度である。にもかかわらず、「当該業務の遂行に必要とされる時間」という概念をもちだしていることは、法の趣旨に適合しない解釈といえる。また、法律以上の制約を行政が付加したものともいえる。
なお、労基法第38条の2に定める事業場外労働における「みなし労働時間」では、「ただし、当該業務を遂行するためには通常労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては~一部略~当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」と規定しているが、これは事業場外労働のため労働時間を把握できないが、労働時間管理は必要な事業場外労働に関する例外規定であり、そもそも労働時間管理になじまない裁量労働制には「当該業務を遂行するために必要な時間」という概念はありえない。
このような立法趣旨から制定された裁量労働制であるから、「みなし労働時間」は原則として所定労働時間を選択することが妥当であると考える。(勿論労使協定で定めればどのようなものでも良いのではあるが)。
実際には、従前支払っていた時間外労働手当の保障という観点から、過去の一定期間(過去1年間とか過去6ヶ月間)の時間外労働の実態を把握し、それを基礎に「みなし労働時間」を決定する事例が多いが、実収入の激変を避けるという観点からは首肯できても、厳密な労働時間管理からの離脱という考えとは適合していない。従前の時間外労働手当相当額を補填するためであれば裁量労働手当の新設等を別途検討すれば良く、「みなし労働時間」の決定に当たって(厳密な労働時間管理をしていた)過去の労働時間に準拠する必要はない。とすれば「みなし労働時間」は所定労働時間ということになる。
所定労働時間は、労働契約の主要な要素であり、その時間を社員が働くことを規範的に就業規則として定めたものである。他に格別に準拠すべきものがなく、また、裁量労働においては業務遂行に通常必要な労働時間というような概念もないのであるから、所定労働時間を「みなし労働時間」とすることが適切であるといえる。
なお、使用者には、裁量労働適用者についても、出退勤時間などの把握が必要とされているが、これは使用者の安全配慮義務としての裁量労働適用者の健康、生命を守るという別の要請からのものであり、労働時間管理のためではない。
以上述べたように、裁量労働制は、従来の労働時間管理の考え方とは異質なものであり、行政解釈もこの趣旨に沿ってなされるべきであると考える。現行の行政解釈や行政指導では、裁量労働制においても、従来どおり労働時間管理が必要であるかのような誤解を生ぜしめている。そのため、従来以上に過重な管理事務が必要になるのではないかという懸念から、裁量労働制の導入を逡巡するという声を多く聞くことがある。
裁量労働制の導入により、従来以上にサービス残業が蔓延し、社員の病気や過労死が増加するといったような負の可能性を強調する議論も多く見受けられる。当然、そのようなことは許されないことであり、労使および行政の力によって克服していかなければならない。同時に、裁量労働制の持つ積極的側面も正しく理解する必要がある。
裁量労働制は、労働時間の長短(=労働の量的側面)ではなく、仕事の成果(=労働の質的側面)に光を当てて新しい労働観、労働関係を構築しようとする前向きなものであることを忘れてはならない。裁量労働制の導入は、その延長線上に評価、処遇など人事制度の枠組みの大きなシェイプアップにつながっていくものである。裁量労働制を、会社と社員双方に利益をもたらすように適正に運用し、会社の活性化と成長の契機とすることをお勧めしたい。
以 上