コラム「研究員のココロ」
これからの日本の純粋持株会社マネジメント 事業機能の明確化と経営職育成
<後編>
2005年11月21日 平康 慶浩
3.純粋持株会社に対する誤解
財務的判断が経営の根幹である、という考え方に反対意見をお持ちの諸兄も多いことだろう。
私自身、多くの経営者とお話する中でそのような考えは多く拝聴させていただく。例えば、経営には、財務などの数字を操作するだけでは実現できない、強いスキルが必要である。それは思いであり、理念であり、昨今ではミッションやビジョンとして定義されるものである、などの見解は強い。また、事業の現場を知らずして事業の成長を生み出すことはできない、というご意見もある。
『事業の成功』のためには、まったく正しい見解である。
しかし、純粋持株会社の事業を『投資行動』であるとした場合、この見解はまったく正しくない。
成功している、あるいは成功しそうな事業に投資し、そうでない事業を売却すればよいからである。これを徹底的に実践している企業が、かの有名なGEである。
純粋持株会社、という形態を選択している企業が、はたしてそのようなところまで踏み込んだ意思決定を行っているかどうかは、外部者には知る由がない。
しかし、多くのグループでは、純粋持株会社の下で事業ポートフォリオを適性に構築し、企業価値を維持しようとすることを考えているように見受けられる場合が多いのではないだろうか。
純粋持株会社のメリットはそうではない。
メリットの一つ目と二つ目に記した内容を再度読み返していただきたい。
どこにも既存事業の収益性を向上させる、というメリットは記されていないことをご理解いただけるであろうか。純粋持株会社、という法人形態を採用した時点で、既存事業収益性向上は事業機能に含まれないのである。
- ある特定の部門利益にとらわれない戦略的本社が構築できる。
- 新規事業の立ち上げや他企業の買収、グループ化(M&A)がしやすい。
- 傘下の各社への権限委譲がしやすい。
- 柔軟な人事制度の導入がしやすい。
ではそのような純粋持株会社がその『投資行動』の効率を高めるためには、どのような手段が考えられるだろう。
前提条件は、前章で示したように、純粋持株会社は『投資行動』を専業として、『NPVを判断基準』として業務をすすめる、ということである。これを言い換えると、事業会社で判断するさまざまな指標=顧客獲得数や商品回転率、従業員教育度などなどについて、純粋持株会社は過度に踏み込んだ意識を持たないし、持ってはいけないということである。事業内容までを純粋持株会社が常に意識するのであれば、それは純粋持株会社としての適切な投資判断を阻害する可能性があるとともに、事業会社側の経営層に対しての圧力になってしまう。権限委譲が完全に形骸化してしまうだろう。
例えば、PEF(Private Equity Fund)という事業がある。
この事業は、エクイティ(株式や転換社債、ワラント債など)による資金をベンチャーなどの成長が見込まれる企業に供給し、キャピタルゲインを獲得しようとするものである。これは実は純粋持株会社の機能によく似た性質を持つ。
そしてPEFを行う企業では、ほとんどの場合経営者派遣を含めた多面的コンサルティングを実施する。
これを純粋持株会社に置き換えてみると、純粋持株会社の幹部社員が子会社の社長、あるいは役員を兼ねる場合に近しい。しかしPEFと純粋持株会社を同一視することは危険である。PEFでは投資回収のための判断基準と、派遣されるコンサルタントや経営者の意識が一致しているのに対し、事業会社が設立した純粋持株会社では、これが一致していない、あるいは一致を目指しているが徹底されていないためである。
4.『経営専門職』としての事業育成
純粋持株会社の事業を投資行動として考えるならば、ある事業に対して過度に干渉することは、他の投資機会を逃すことになる。もちろん、一旦投資した事業の採算が悪化したためにてこ入れをするという判断はありえるだろう。しかしそれでもなお、オプションとしての判断から他に有望な投資先があれば、損切りをしてでも他の投資先に資金を投入することが、全体最適の観点からは有効である。そのような考え方をできる純粋持株会社はどれだけあるだろう。
この問題を解消するためには、純粋持株会社にもうひとつの機能を加えることが有効である。
それは、『経営専門職の育成と活用』である。
財務的な視点での検討はすべて純粋持株会社で行う。
そして、その純粋持株会社から派遣される形式で、事業の成長を実現する人材たちを育成し活用するという意味での『経営専門職』である。
事業会社が純粋持株会社を設立した場合、ある事業で得たキャッシュで、より効率のよい投資先を発掘、あるいは新規に創出することが目的となる。そのために必要なことは、市場において広くアンテナを張り、他社に先んじて投資機会を確保することである。
しかし、経営専門職を自社内に持ち、これにより事業の収益性や成長性を高めるオプションを純粋持株会社が持つのであれば、選択範囲は飛躍的に広くなる。
経営専門職とは、株主に対する説明責任を果たすことを使命として、事業においてキャッシュを残す、あるいは成長性を確保するためのさまざまな手段を企画し、推進し、結果を出せる人材のことである。
経営専門職に必要と思われるスキルは、成功している経営者の行動特性から読み取ることができる。例えば項目だけを以下にあげてみると、16種類くらいが考えられる。(先進企業経営者ベンチマーク:平康実施:に基づく。詳細な定義とステージ区分は今回割愛させていただく。)
事業理解
他事業理解
財務会計知識
事業推進能力
情報収集能力
原理原則理解
負けん気
心理的強さ
心理的先進性
企業家精神・意識
インターナショナル
対人関係構築能力
部下育成
リーダーシップ
顧客意識
自己啓発
日本において昨今、本来の資本主義が根付きつつあるといわれている。そこで純粋持株会社という選択肢は、その本質を十分に理解して活用していただきたい。そうすることによって、多くの企業グループは今まで以上に成長し続けることが可能になるだろう。
なお、私どもではこのような考え方に基づき、まずNPVを構成する財務要素をさらに分解し、業務機能や組織人事の領域にまで広げた手法をNPVマネジメントシステムと名づけ、コンサルティングを実施している。その中には例えば、グループ事業を担当する各社の取締役、執行役員を経営職として定義し、彼らを育成し処遇する仕組みの構築なども含まれるが、紙幅の関係からその紹介は割愛させていただく。