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コラム「研究員のココロ」

人事考課権の濫用として違法とされる場合とその効果について

2005年10月24日 加子栄一


 成果主義人事制度において人事考課に関するトラブルから訴訟につながるケースが顕著に増えています。
 人事考課が法的に公正であるためには、一次的には制度・手続が公正であること、二次的には実際の考課が公正に行われていることが必要です。そこで、制度・手続面及び運用面においてどのような場合に違法となるかを、具体的な裁判事例及び実務事例を踏まえて考察すると、次に示す5つの類型に分類することができます。


(1)強行法規違反

 第一に、人事考課が強行法規に違反してはいけません。特に、均等待遇原則(労基法3条)、配置・昇進・教育訓練に関する男女平等規制(雇用機会均等法6条)、不当労働行為の禁止(労粗法7条)は重要であり、人事考課がこれら差別禁止規定に違反すれば違法となります。裁判例では、組合員らに関する人事考課につき、人事考課の制度運用上の問題点(恣意的運用の可能性)を認定した上、組合活動を弱体化させることを企図して行われた恣意的判断として不当労働行為の成立を認めた例があります(中労委・朝日火災海上保険事件・東京地判平13.8.30)。また、人事考課に際して、不当労働行為に該当する事情の下で労働者を劣位に遇することは、当該労働者の期待権を侵害するものとして不法行為にあたるとした判断もあります(ヤマト運輸事件・静岡地判平9.6.20)。


(2)成果主義人事の趣旨からの制約違背

 第二に、人事考課が直接、強行法的差別禁止規定に違反しない場合でも、成果主義人事の趣旨によって制約されることがあります。すなわち、成果主義人事において人事考課は基本的なツールであるため、職務遂行能力以外のステレオタイプな属性を理由に低い査定を行うことは、人事考課の本旨に反し、人事権の濫用として不法行為となります。裁判例でも、使用者が婚姻の有無という要素によって女性を一律に低査定したことにつき、個々の労働者の業績・能力に基づき査定を行うとした人事考課制度に反すると述べ、人事権の逸脱による不法行為の成立を認めた例があります(住友生命事件・大阪地判平13.6.2)。成果主義人事が雇用平等の理念に適合的な制度であることを示す判断といえます。


(3)制度の趣旨・手続きに反した不適切な運用

 第三に、人事考課は制度・手続に従って適正に運用されなければなりません。人事考課制度がいかに整っていても、実際の人事考課が制度に違反・逸脱して行われておれば、不公正な考課となります。上司や調整者の考課が客観的基準を無視した恣意的・感情的考課である場合、考課項目・考課基準の適用を誤ったり、事実誤認によって不当に低く考課した場合、考課手続が実際には遵守されず、形骸化している場合(多面考課のはずが、実際には一次考課者の判断のみで決められているとか、フィードバック制度が遵守されていない)など、多様なケースが考えられます。人事考課の公正さが問われるケースとしては典型的な類型です。もっとも、従来の裁判例の多くは、人事権尊重の見地から、この類型の考課の不公正さを認めることに消極的でした(ダイエー事件・横浜地判平2.5.29)。しかし、最近では、人事考課制度の不十分さに加え、考課そのものも反組合的動機に影響された恣意的なものであったとして不当労働行為を認める裁判例が登場しており(前掲・中労委・朝日火災海上事件)、裁判例の姿勢は変化しつつあります。他方、考課項目の抽象性や、考課のフィードバックの不十分さを認定しながら、多面考課によって相当程度客観性が保持され、特に恣意的査定が行われた形跡もないとして考課の適正さを認めた裁判例もあります(セガエンタープライゼス事件・東京地判平11.10.15)。しかし、この判断も、人事考課が一定程度適正に運用されてきたことを前提とする判断であることに注意を要します。


(4)目標管理の不適切運用、能力開発制度の不備等

 第四に、目標管理制度・能力開発制度の整備、職務選択の自由の保障等の実行もポイントとなります。期初の目標設定が高すぎたり、十分な能力開発を行わないまま低い考課を行っても公正な考課とは認められません。労働者に高い職務遂行能力の発揮(成果)を求めるのであれば、労働者がその能力を蓄積・充実できるための機会(能力開発の機会)を保障しなければ不公平であり、それを保障しないまま人事考課を実施することは公正な考課の重要な要素を欠く結果となります。また、労働者の職務選択の保障も重要です。労働者に成果・業績を問う以上、その仕事は、本人が選択し、その適性やキャリアに適合するものであることが望ましいといえます。その点を全く考慮しないまま配置・配転を行ったり、社内公募制・社内FA制を設けながら、それらを機能させないまま低い考課を行った場合は、公正な考課とは認め難く、人事考課権の濫用が成立しうるといえます。


(5)人事考課結果と著しく均衡を失する賃金・昇格等の決定

 第五に、人事考課に基づく賃金・昇格、等の決定は、人事考課結果に即して実施されなければなりません。従って、人事考課自体は公正に行われたとしても、それに基づく賃金等の決定が著しく均衡を失する場合は、人事考課権の濫用となります(賃金・賞与の減額幅が大きすぎる場合、降格の程度が大きすぎる場合、昇格据え置き措置が不当に長期にわたる場合などです。賃金減額の下限は、成果の考課が特に重視される賞与や年俸制で問題となりますが、実定法上の規制は最低賃金法を除けば存在しません。しかし労働法の学説では、出来高払いその他の請負制の場合の保障給を定めた労基法27条を類推適用し、極端な賃金減額は、同上の趣旨に反するものとして人事権の濫用となりうる、としています。

 人事考課が人事権の濫用と判断され、賃金等が不当に低く決定されたために労働者に経済的損害が生じた時は、不法行為が成立し、使用者は損壊賠償責任を負うことになります(民法709条)。又、人事考課に基づく低処遇が各種の強行的差別禁止規定に違反する場合も同様と解されます。
 損害額の算定については、人事考課が賃金額の決定(昇給・賞与等)に連動している場合は、差額賃金相当額が損害額となります。この場合、定期昇給・昇格制度が整備されておれば、あるべき人事等級等に対応する賃金との差額賃金相当額となりますが(社会保険診療報酬支払基金事件・東京地判平2.7.4) 、当該諸制度が未整備である場合は、このような機械的算定は難しいといえます。通常は、標準的な考課を受けた労働者の賃金との差額分が損害額となっています。
 裁判例も、標準者との差額賃金相当額を損害と解する例が多いといえます。例えば、原告が会社における平均昇給率との差額を損害と主張した事案につき、平均昇給率が人事考課により従業員ごとに異なる指数を基に算出される以上、平均昇給率のとおり昇給する権利を認めることは困難として退けつつ、従業員の平均的考課であるCランクの人事考課を受けていたものとして、それとの差額分を認容した事例があります(マナック事件・広島高判平13.5.23)。

 又、人事考課を経由した昇格昇給差別を不当労働行為としつつ、人事考課規程における中間考課であるCとして再査定して昇給させ、既支払額との差額の支払を命じた労働委員会命令を適法とした事例もあります(前掲・中労委・朝日火災海上保険事件)。
 なお、不当に低い評価を受けたことを理由とする慰謝料請求は、経済的損害の回復によって精神的苦痛も慰謝されることから原則として否定されますが、人事考課が違法な差別に該当する場合や、故意・悪意による低査定がされた場合は是認されています(前掲住友生命保険事件は、既婚者であることを理由とする一律低査定につき、100万円~300万円の慰謝料請求を認容しています)。

 なお、人事考課結果の低さを理由とする配転・降格については、人事考課権の濫用とは別に、配転・降格命令権の濫用が成立します。同様に、人事考課の低さを理由とする解雇
は、解雇権濫用法理によって規制されます(前掲・セガエンタープライゼス事件)。

(注意)解雇権濫用法理
解雇権濫用法理とは、判例上認められた法理で、使用者の解雇権の行使は、「それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合は、権利の濫用となる」(日本食塩製造事件・最高裁第二小法廷・判昭50.4.25)とするものです。
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